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現代人には「疑う勇気」が必要だ 『嫌われる勇気』著者に聞く、SNS時代を生き抜くための処方箋

アドラー心理学を多くの人に伝え、大ベストセラーとなった『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)。悩み多き青年が、哲人と問答を繰り返しながら心理学者・アドラーの教えを学んでいく異色の一冊だ。同書は今年、初版から6年を迎え、発行部数は国内で200万部を突破した。今回は本書のふたりの著者、哲学者・岸見一郎氏とライター・古賀史健氏に、現代社会をサバイブするために必要な「勇気」とはなにか、話を聞いた。

——『嫌われる勇気』発売から6年が経ちました。本が出た前後で変わったことはありましたか

古賀史健(以下、古賀):『嫌われる勇気』が出版される前は、日本ではアドラーという人物の存在はほとんど知られていませんでした。しかし、この本をきっかけにして、その名前が多くの人に知られるようになった。そしてアドラーの思想についても一定の理解が得られるようになった。それが一番大きな変化ではないでしょうか。

岸見一郎(以下、岸見):たしかにそうですね。以前は講演でも、「アルフレッド・アドラーはどういう人なのか」という説明から始める必要がありました。でも最近は、そのあたりの説明をしなくてもよくなりました。そのくらい、アドラーの思想は受け入れられてきていると思います。

—— なぜ、日本ではアドラーという心理学者についてあまり知られていなかったのでしょうか

岸見:アカデミズムの場で教えられていなかったからだと思います。アドラー心理学が専門ではない他の分野のアドラー心理学について、講義の中で言及することはありましたが。

—— そういう状況にあったのに、なぜ古賀さんはアドラーに関心を持ったのでしょうか

古賀:岸見先生の『アドラー心理学入門』を、たまたま本屋さんで手にとったのがきっかけです。僕もそれまでアドラーを全然知らなかったんですよ。その後、『嫌われる勇気』を書くためにいろんな文献を読んだんですが、「心理学の歴史」のような本でアドラーに触れられることはあっても、有名なフロイトやユングのように、それ以外の文脈で語られたものはほとんど日本にはなかった。

岸見一郎氏 撮影:弘田充

—— いわば、アドラーはマイナーな存在だったんですね。この本を通じて読者にそのアドラーが受け入れられたのはなぜだと思いますか

古賀:『嫌われる勇気』の中では、青年が哲人に自分のコンプレックスなど、たくさんの悩みをぶつけていきます。そして哲人はアドラーの教えをもとにそれに答えていく。この対話を読んだとき、読者は「自分もまったく同じ悩みを抱えていた」と青年と自分を重ね合わせる。それによって、心からの共感が生まれたんだと思います。

岸見:私が最初にアドラーの本を読んだときは、自分の生き方が揺さぶられるような強い衝撃を覚えました。読者も、ここに書かれていることが、たしかに自分の生き方を変えうると感じたのではないでしょうか。

承認欲求にあふれた時代に「自分の人生」をどう生きるか

—— 本書の中に、「承認欲求」についての対話が出てきます。アドラー心理学では「承認欲求の否定」が求められますが、現代社会を見る限り、SNSなどを通じて、人々はむしろ、承認欲求に絡め取られているように思います。この現状をおふたりはどう見ていますか

古賀:承認欲求について最近思ったことがあって。去年、僕はネパールに行ったんですけど、ネパールで農業をして、ヤギのミルクを絞って、ミルクが出なくなったヤギをつぶして、その肉を食べて…という暮らしを送っている方々には、この本の青年が抱えるような承認欲求はほとんどないように見えました。それは、承認欲求よりも大切な、生理的な欲求のなかで暮らしているからでしょう。だから、承認欲求に悩んでいるというのは、先進国特有の贅沢な悩みなのかもしれないと思っています。

現代は、SNSに代表されるような人と人とのネットワークが重視される時代です。今後、シェアリングエコノミー的な概念が一般化していくと、ただでさえ下がっている"モノ"に対する欲求はどんどん減っていくでしょう。その結果、最後に残された欲求は承認欲求だったということもあり得ますよね。

古賀史健氏 撮影:弘田充

岸見:アドラーは、人間の精神生活の中で、「認められようとする努力が優勢となるや否や、精神生活の緊張が高まる。行動の自由は、そのことによって、著しく妨げられることになる」と言っています。今の時代には、他人の目を気にするあまり、Twitterでも他のSNSでも、本当に自分が書きたいことではなく、どういうことを書けば他人に承認されるかばかり考えている人が多い。このようなことをしていると、自分の人生ではなく、他人の人生を生きることになります。

—— 「自分の人生を生きる」ことの大事さは、本書の中でも繰り返し語られていますね

古賀:承認欲求というのは、結局自分の居場所がほしいとか、ここにいていいんだと思いたいという、共同体への所属、もしくは帰属の欲求に近いのだと思います。そうした欲求を一概に否定するのはどうかと思いますが、所属の欲求を満たすために、自分自身であることをやめてはいけない。ときには嫌われることも受け入れ、孤独も受け入れなければならない。まずは、アドラーがこの本の中でも言っているように、「そのままのあなた」に価値があることをちゃんと理解してほしいです。

帰属意識が薄れる現代、どのような共同体をつくっていくか

—— 居場所や帰属意識に関連して、アドラーは「共同体感覚」を持つことも大事だと言っていますね。現代における共同体について、どのように考えていますか

古賀:今って、会社員でスーツに社章をつけている人をほとんど見なくなりましたよね。昔は、「自分はここに所属している」という誇りだったり、そのアイコンとして、けっこうな人たちがつけていました。社章の文化がなくなったのは、会社に対する帰属意識や忠誠心がなくなってきたからだと思います。地域社会に対する帰属意識も、そう。時代が変わって、SNSのような、いわば新しい共同体ができましたが、じゃあその共同体がどれくらいの居場所たりえているのか、まだ誰もわかっていないと思うんですね。

自分はどこに所属していて、自分の居場所はどこにあるのかが、本当にわかりにくい時代になってきている。国籍や国境という概念もおそらく今後ゆるやかなものにいって、そこに帰属意識を求める考え方も廃れていく。その先にどういう共同体を自分でつくっていくのかは、一人ひとりが自分で考えるしかない。

撮影:弘田充

岸見:生まれてから死ぬまでのあいだに関わる人が100人くらいしかいなかった時代なら、伝統的な価値観でよかったかもしれませんが、これからの時代は難しいと思います。

—— 求められる共同体感覚は時代や環境によっても変わってくると

古賀:人間は主観から逃れられない生きものですから、自分を中心点に置いて、そこから同心円状に広がる世界だけを見てしまうところがあります。ちょうど世界地図の真ん中に日本があって、そこに自分がいる感覚ですね。でも、『嫌われる勇気』の哲人は、世界を地球儀のように考えよう、と説いています。球体で、しかも回転する地球儀には、中心点がありません。自分を世界の中心だと考えることもできるけど、少し視点をずらすだけで自分は世界の端っこに行ってしまう。このように、地球儀的な目を持つだけで、世界の見え方は大きく変わるような気がしますね。

岸見:もちろん、自分が自分の人生の主人公であるのは間違いありません。人からどう思われるかを気にするあまり、自分の人生を生きられない人には「自分の人生を生きよう」と話をしますが、そのことと自分が世界の中心であるというのは別のことです。あくまで、共同体の一部ではあるけれども、中心にいるわけではない。

—— たしかに、そのバランスは難しい気がします

古賀:アドラーは、自らの語る共同体の範囲を「宇宙全体」だと規定しています。これはさすがにわかりにくいですよね。でも、たとえば家庭や学校や会社の中で悩んでいるときには、その外部に「より大きな共同体」があることを意識してほしいんです。そして、正解はいつも「より大きな共同体」のほうにある。自分の所属している小さな共同体の中で正解を出そうとしたり、何かジャッジを下すのではなくて、そのもうひとつ外側の世界から見た正解というものを考える目線を持ってみる。

撮影:弘田充

岸見:自分が所属している共同体が唯一絶対なものではないから、そこから逃げてもいいということを若い人にはいつも言っています。たとえば、学校でいじめられている人には、「逃げてもいい」と誰かが言わないといけない。

なんでも鵜呑みにしない「疑う勇気」を持とう

——最後に、もし今、アドラーの教えを伝えるための本をつくるとしたら、足してみたい項目はありますか

古賀:本の中で繰り返しやっていることではありますが、やっぱり、「疑う」ということを、もっともっとできるようにならないとダメだろうと思っています。何かを「知っている」レベルと、何かについて「わかっている」ことは全然違う。たとえば『嫌われる勇気』を読んで、「アドラーはこういうことを言っているんだ、わかったわかった」と納得したとしても、それが本当にわかったと言えるのか。僕は正直、かなり微妙なところがあると思います。たぶん、僕らが「わかった」と思っていることの9割以上って、ただ「知っているだけ」なんですよね。新しい情報に出会って、それをインプットする際、なんでも鵜呑みにするのではなく、まずは疑う。何度でも問い返して、周辺を調べて、自分の頭で考える。そういう作業を繰り返して自分なりの答えを導きだしたとき、ようやく「わかった」と言えるんだと思うんです。だから、この2冊に加えるとしたら、世間で常識とされていることを疑って、自分なりの答えを出す力でしょうか。たしかに、答えが出ない状態って苦しいんです。でも、なんでも鵜呑みにしない「疑う勇気」は必要だと思います。

岸見:鵜呑みにしないというのは大事なことです。哲学では、自動販売機にコインを入れたら飲み物がガチャッと出てくるような安直な形で答えは出ない。ずっと問い続けないといけないし、答えも出ないかもしれませんが、答えを求めるプロセスそのものが大事だということをこの本を通じて、もっともっと強調しないといけないと思います。


嫌われる勇気+幸せになる勇気 「勇気二部作」特装版BOXセット

プロフィール
岸見一郎 (きしみ・いちろう)
哲学者。1956年京都生まれ、京都在住。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学。専門の哲学(西洋古代哲学、特にプラトン哲学)と並行して、1989年からアドラー心理学を研究。日本アドラー心理学会認定カウンセラー・顧問。世界各国でベストセラーとなり、アドラー心理学の新しい古典となった『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』執筆後は、アドラーが生前そうであったように、世界をより善いところとするため、国内外で多くの“青年”に対して精力的に講演・カウンセリング活動を行う。訳書にアドラーの『人生の意味の心理学』『個人心理学講義』、著書に『アドラー心理学入門』『幸福の哲学』などがある。

古賀史健(こが・ふみたけ)
ライター/編集者。1973年福岡生まれ。1998年出版社勤務を経てフリーに。現在、株式会社バトンズ代表。これまでに80冊以上の書籍で構成・ライティングを担当し、数多くのベストセラーを手掛ける。臨場感とリズム感あふれるインタビュー原稿にも定評があり、インタビュー集『16歳の教科書』シリーズは累計70万部を突破。20代の終わりに『アドラー心理学入門』(岸見一郎著)に大きな感銘を受け、10年越しで『嫌われる勇気』および『幸せになる勇気』の「勇気の二部作」を岸見氏と共著で刊行。単著に『20歳の自分に受けさせたい文章講義』がある。

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