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池上彰氏が解説 英EU離脱の争点「北アイルランド」の現実

ジョンソン首相率いる保守党が勝利。EU離脱へ加速か(AFP=時事)

北アイルランドを訪れたという池上彰氏

「EU離脱」が主な争点となったイギリスの総選挙は与党・保守党が圧勝し、同党が公約とした早期離脱へ向けて動く見通しとなった。ブレグジットについてここまで長く膠着状態が続いていた理由の一つに、北アイルランドをめぐる問題がある。ジャーナリストの池上彰氏が解説する。

【写真】EU離脱問題について解説する池上彰氏

 * * *

 ブレグジット(イギリスのEU離脱)に際してイギリスとEUとの離脱交渉でいちばんの争点となったのが、アイルランドとの国境問題です。日本人にはわかりにくい問題かもしれません。

 イギリスというと、グレートブリテン島ばかり思い浮かべがちですが、アイルランド島の北部の北アイルランドもイギリスです。1949年のアイルランド独立以降、北アイルランドではカトリック教徒とプロテスタント教徒が対立し、テロや激しい衝突が繰り返されてきました。アイルランドと一体になりたいカトリック側のIRA(アイルランド共和軍)とイギリスの一部でありたいプロテスタント側のアルスター義勇軍の争いは泥沼化し、北アイルランド紛争に発展。30年に及ぶ紛争は1998年のベルファスト合意によってようやく収束しました。

 以来20年間、この地域が落ち着いていられたのには、イギリスとアイルランドがEUに加盟していたからです。国境がなく、人とものの行き来が自由であることで平和が保たれていました。ところが、イギリスがEUから離脱することになり、再び国境付近に検問所が置かれ警備や取り締まりが始まるようなことになると、紛争の火種となるのではないかという懸念が膨らんでいったのです。このアイルランドとの国境問題を解決する方策がまとまらないため、離脱交渉は混迷をきわめ離脱期限を3回延長する事態となりました。

 私は先日、離脱問題の焦点となっている北アイルランドを訪れ、現地の今を取材してきました。日本にいてはわからない住民感情を知ることにもなりました。

 北アイルランドの街でカトリックの人に「Are you a British or an Irish?(あなたはイギリス人? それともアイルランド人?)」 と聞いたら「One hundred percent Irish!(100パーセント、アイルランド人だ!)」と返ってきました。その言葉からは「私は他国に支配されているアイルランドに生まれた」という気持ちが読み取れます。

 また、IRAから飛び出したという過激な組織のメンバーにもインタビューしました。髪の毛を丸刈りにし迫力のある雰囲気を漂わせたメンバーから「アイルランドとの統一を図るためには、あらゆる手段を取る」と言われたときには、背筋に冷たいものを感じました。

 彼らは「パレスチナと連帯する」とも言っています。一見、関係なさそうに思えるパレスチナと北アイルランドにどんなつながりがあるのかというと、「自分たちの土地が不法に占領され、そこと武力で戦っているという点において同じである」ということなのですね。すでにアイルランドの旗とパレスチナの旗を組み合わせたものが置かれていました。

 その一方で、プロテスタント側に行ってみると、今度は「イスラエルと連帯しよう」というスローガンが掲げられている。この場合のプロテスタントは福音派なのでしょう。福音派は、イスラエルという国があってこそ、イエスが再臨できると考えています。イギリスには福音派というイメージはありませんでしたが、こういったことも、実際に現地へ行ってみないとわからないことでした。

 ベルファスト合意から20年が経ち、日本の若い人たちには北アイルランド紛争のことをよく知らないという人も多いことでしょう。IRAのテロを題材にした映画『デビル』を見ても、なぜ主人公がニューヨークの警官を訪ねてきたのかもわからないかもしれません。ニューヨークの警察官や消防士にはアイルランド系が多いのです。これにもアイルランドの悲しい歴史が関わっています。

 そもそもなぜこの地域でこのような紛争が起こってしまったのでしょう? それには16世紀のイングランド王ヘンリー8世の離婚問題がからんでいるということをご存知でしたか? さらに、この王様の離婚問題が現代のタックスヘイブンの問題にもつながっています。

 私が世界の国と地域を解説するシリーズ『池上彰の世界の見方』の9巻目「イギリスとEU」では、イギリスのEU離脱をとりまく問題を歴史から紐解く試みをしています。ニューヨークの警官や消防士になぜアイルランド人が多いのか、ヘンリー8世がイギリスのEU離脱にどう関わっているのかなどを解説しています。

 総選挙で与党・保守党が勝利したことにより、いよいよイギリスはEU離脱へ向けた動きを加速させていくでしょう。引き続きイギリスの動向には注目していきたいと思います。

【プロフィール】いけがみ・あきら/1950年長野生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、1973年にNHK入局。報道局社会部記者などを経て、1994年4月から11年間にわたり『週刊こどもニュース』のお父さん役を務め、わかりやすい解説で人気を集める。2005年にNHKを退職し、フリージャーナリストに。名城大学教授、東京工業大学特命教授。愛知学院大学、立教大学、信州大学、日本大学、順天堂大学、東京大学、関西学院大学などでも講義する。主な著書に『そうだったのか!現代史』『伝える力』『知らないと恥をかく世界の大問題』など。近著に『池上彰の世界の見方 イギリスとEU』がある。

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