- 2019年12月13日 07:14
桶川ストーカー事件から20年 埼玉県警の怠慢と一人の女子大学生の犠牲
3/3謝罪は一転 調査報告書を否定し保身に走る埼玉県警
ところが、話はここで終わらない。2000年、ご両親が埼玉県(警察)を訴えて国家賠償訴訟を起こすと、あの調査報告書などなかったかのような攻勢に出たのである。
曰く、「被害者家族には危機感がなかった。元々それがあれば、娘を友人宅や親戚宅に預けるはずだが、それも行なっていない」と。被害者(原告)側への非難はそこにとどまらなかった。事件後に捜査協力のため提出した証拠品を利用して、亡き詩織さんへの人格攻撃を繰り広げた。2003年に出された判決は、「警察の捜査怠慢については認めるが、捜査怠慢と殺害に因果関係はない」というものだった。
憲一さんは言う。
「判決は信じられない内容でしたね。虚偽有印公文書作成罪などで上尾署の署員に有罪判決が出ているのに、その調査報告書を平然と否定したのには驚きました。判決が出る少し前に、西村本部長は警察署協議会代表会議で、あの調査報告書は警察庁が書けと言ったから不確かなことを書いたという発言をしています。相変わらずの自己保身で、また警察への信頼は裏切られたと痛切に感じました」
なくならぬストーカー事件 詩織さんの姿を社会で共有すべき
国家賠償訴訟の裁判傍聴を続けた私は、『虚誕 警察につくられた桶川ストーカー殺人事件』(鳥越俊太郎氏と共著、岩波書店刊)を書いた。法廷ではいくつかの新事実が明らかになったが、そのひとつに、「もうひとつの告訴改ざん」がある。詩織さんが7月末に提出した告訴状と供述調書には、上尾署が「告訴」という文字を縦の二重線で消し、「届出」と書き直した部分が2箇所ある。
ところが、うち1箇所は、その「届出」にさらに二重線が引かれ、「告訴」に改ざんされていた。殺害事件後の12月末、事件の捜査を担当する刑事一課長の指示で、捜査員が書き戻したものだった。課長は言ったという。「告訴出ているんだから、ここ、やっぱり届出じゃまずいよ。告訴に直してよ」
詩織さんが殺害されてなお、告訴状を自在に改ざんしていたとは、その変わらない保身ぶりと辻褄合わせには驚かされるばかりだ。憲一さんの言葉を借りれば、3回殺された詩織さんは、その戦いの証までを警察に踏みにじられた。ストーカー規制法が成立する前夜、警察内部でまかり通っていた告訴軽視の実態を見る思いがしたものだ。
あれから20年。憲一さんは各方面からの講演依頼に応え、ストーカー事件の再発防止を訴えている。ストーカー規制法検討委員会の委員も務めた。京子さんは、全国犯罪被害者の会(昨年解散)で活動を続け、犯罪被害者等基本法の制定などに尽力した。いっぽう、警察にはストーカー対策専門の部署ができて取り組みは進み、ストーカー規制法は改正を重ねたが、現実にはストーカーによる凶悪事件はなくなっていない。被害者と遺族に対するメディアスクラムもまた…。

今年11月24日、ストーカー規制法は施行から19年を迎えた。もうすぐ2020年となる、この年末に思う。市民の目の届かない警察組織は腐敗する。いっぽう、警察への相談は被害者にとっての生命を繋ぐ綱であり、魂からの叫びだ。ストーカー規制法が改正を重ねるなか、ストーカー心理は生命を狙うまでエスカレートするという桶川事件の教訓を、私たちはいま改めて共有するべきではないだろうか。そして、警察とメディアを含めた、ストーカーの加害を抑制する社会のありようが求められている。
詩織さんが警察を信じて必死に訴えた姿を思うとき、そのまっすぐな決意がいつか報われ、ひまわりが大輪の花を咲かせることを祈らずにいられない。これを、桶川事件から20年目の「あとがき」としたい。
小林ゆうこ:北海道出身。雑誌の契約記者を経て、フリーライター。芸能、社会文化、女性問題など幅広く執筆。著書に『「小さい人」を救えない国ニッポン』(ポプラ社)など。



