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なぜ京アニ作品には「実在感」が宿るのか? 歴代ヒット作から読み解く“3つの秘密” 『AIR』『ハルヒ』『氷菓』『聲の形』…… - 藤津 亮太

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背景や人物が、実際に存在しているかのような映像表現を目指してきた京都アニメーション。このような緻密で劇的な作品を世に送り続けることがなぜ可能だったのか。アニメ評論の第一人者、藤津亮太氏がその秘密に迫る。

◆◆◆

 日本を代表するアニメーション制作スタジオのひとつ、京都アニメーション。同社の作品は、美しく緻密な映像と劇的な物語で知られ、国内だけでなく国外にも多数のファンがいる。ここでは京都アニメーションの歩みをたどりながら、その作品の魅力の秘密を探っていこう。

 同社は1981年に創業し、1985年に法人化を果たした。もともとは仕上(セル画に色を塗る工程)を専門とする会社だったが、やがて作画部門を設け、1990年代半ばから「グロス請け」を手掛けるようになる。「グロス請け」とは、TVアニメの1話分の制作をまるごと引き受けるというアニメ業界の下請けの形態のひとつだ。90年代の京都アニメーションは、丁寧な仕事をする「グロス請け」の会社として業界内での評判を高めていった。

「グロス請け」に対し、出資者から直接発注を受ける制作会社は「元請け」と呼ばれる。2000年代に入って京都アニメーションは元請けに進出し、様々なヒット作を送り出すことで“京アニ”の名前も多くのファンに知られていくようになった。


『AIR』販売元:ポニーキャニオン

 2005年、『タッチ』『銀河鉄道の夜』で知られる杉井ギサブロー監督が、アニメ雑誌「アニメージュ」掲載のコラムで京都アニメーションを取り上げて、その実力を高く評価している。

 杉井は当時放送中の、美少女ゲームをアニメ化した『AIR』(石原立也監督)を見て、女の子たちの性格の違いがちゃんと動きで表現されているところに注目。普通であれば、どのキャラクターも決まりきった動きのパターンで処理してしまうところを、ちゃんと演技を意識して、キャラクターごとに動きを変えるのはなかなかできることではない、と語っている。

「この作品の制作が京都アニメーションだと聞いて、とても納得しました。ここは、以前からアニメ関係者の間では非常に有名なプロダクションです。大きな制作会社の下請け受注をしているのですが、大変しっかりとした仕事をしてくれると定評があり、どこの現場も発注したがるんです。(略)アニメが量産・大量消費の方向に進んでいるなか、業界に打ち込まれた“楔”のようなプロダクションといえるんじゃないかな」(アニメージュ2005年2月号「ギサブローのアニメでお茶を」)

 そして翌2006年に放送された『涼宮ハルヒの憂鬱』(石原立也監督)の大ヒットで、京都アニメーションの評価は一気に確定する。同作は谷川流の同名小説が原作。物語は、高校入学そうそう突飛な自己紹介で周囲を驚かせた少女・涼宮ハルヒが、「宇宙人や未来人や超能力者を探し出して一緒に遊ぶこと」を目的とした新クラブ「SOS団」を設立するところから始まる。ところがSOS団に参加したメンバーは、皆、正体を隠した宇宙人や未来人や超能力者だったのだ。かくして、本作の語り手・キョンは否応なしに奇妙な事件に次から次へと巻き込まれていくことになる。

 驚くことに、アニメはこの物語を時系列通りに放送するのではなく、話数の順番をシャッフルする形式で放送したのだ。しかも第1話として放送された「朝比奈ミクルの冒険 Episode00」は、ハルヒたちが制作した自主映画そのままで、本編のストーリーとは直接は関係ない内容だった。こうしたしかけはあっという間に話題になった。

『ハルヒ』が話題になったのはそれだけではない。SOS団のメンバーが踊るエンディングテーマは、その丁寧な“ハルヒダンス”としてまたたく間に話題になった。動画共有サイトには「踊ってみた」と題してハルヒダンスを再現した動画が多数アップされることになり、ブームを加速させる役割を果たした。また、アニメ表現的には、第12話「ライブ・アライブ」で描かれたバンド演奏シーンの影響も大きかった。精密に描かれた楽器、実際の演奏と同じように動く指や体。非常に難度の高い内容がきっちりと描かれており、本作以降、アニメにおける楽器演奏シーンは大きな見せ場のひとつとなって、各制作会社も力を入れるようになっていく。

正規雇用がクオリティを支えた

 どうして京都アニメーションでは、楽器演奏のような手間のかかる難しいシーンを巧みに表現できるのか。それは京都アニメーションという会社の体制と深い関係がある。

 そもそもアニメーション産業は労働集約型産業だ。アニメーションの制作費の大半は人件費ともいわれるように、大勢の人間が大量の絵を描くことでアニメーション産業は成立している。

 にも関わらず日本のアニメ業界は、歴史的経緯もあって、フリーランスを中心とした産業として成立している。そのため作品ごとにスタッフを集め、終わったら解散するという作り方が基本になっている。このスタイルは会社の経営リスクが低い、スタッフはやりたい作品を選んで働くことができる、といったメリットがある。

 一方でいくつかのデメリットもある。まず第一に、新人育成が手薄になりがちである。入社したばかりの新人に費用や時間をかけて教育を施しても、フリーになられてしまえば会社の損になってしまう。こうして新人教育に力を入れるインセンティブが弱くなる。またフリーアニメーターは基本的に「原画1カット」「動画1枚」を基準にした単価で仕事をしている。この単価は、描くものの複雑さによってそれほど変わらない、だから手間のかかるカットになると、ギャランティと見合わないということで引き受ける人がいなくなってしまうのだ。だから普通は最初から、カット内容が難しくなりすぎないように演出家が考えることが多い。

 京都アニメーションは業界の大勢とは逆に、スタッフを正規雇用する道を選んだ。フリーが多い東京と違い、地方にはフリーのアニメーターはそれほど存在しない。だから作品を安定的に制作したければ、自力でアニメーターを確保する必要があったのだ。そして、社員であれば新人育成もしやすいし、月給制だからこそ、出来高制では割に合わない仕事も労をいとわず担当できる。これが同社のクオリティを支えることになった。

 フリーランスのクリエイターが周囲にいないという地方のスタジオのデメリットを、社員化というハイリスクな手段でプラスに転化したのが同社ということができる。

 この時、新人育成で大きな役割を果たしたのがアニメーター・演出の木上益治である。1980年代から実力派アニメーターとして知られ『AKIRA』などに参加していた木上はその後、京都アニメーションに参加し、技術的支柱として同社を支えることになる。1992年に木上が監督した『呪いのワンピース』(原作:内田春菊)は、技術的水準が高く、京都アニメーションの初期の傑作として名前を挙げる人も多い。こうして木上の薫陶を受け、少しずつアニメーターの層が厚くなっていき、それが2000年代に花開くことになる。

 京都アニメーションがこのように実力をつけていく過程は、時代的に見てもとてもよいタイミングだった。アニメ業界は、1990年代末からTVアニメのハイクオリティ化が始まっており、それまでのTVアニメではできなかった凝った表現がどんどん挑戦されるようになっていた。これは深夜にアニメ枠が開拓されて、「DVDなどパッケージソフトを買ってもらうためのアニメ」がたくさん放送されるようになったこととも深い関係がある。そして京都アニメーションはその状況に見事に対応し、むしろそれをリードしていった。

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