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山中伸弥さんのiPS細胞研究所の一部事業助成打ち切り報道について

 週末は時間をやりくりして、会場のとある平和財団に足を向けておりました。愛すべき巣鴨プリズンも懐が広いですね。

 で、某有識者会合でちょっと不思議な報告内容があって首をひねる一方、関係先から山中伸弥さんの話がたくさん出てきました。それもあって、産経新聞には山中伸弥さんのiPS細胞研究所の備蓄事業打ち切り通告の話を書きまして、文春でも触れようかなあと思っているんですけれども、私個人としては、山中さん個人の問題や、再生医療における日本の取り組み(と残念な途中経過)とは別に、助成されている金額そのものが不足していて、科研費の使い方の柔軟性が失われ、また受け皿となる日本の大学や研究所の体制が研究者にとって不安定すぎて、山中さんのような著名で実績のある人物でも研究環境を安定させられないのか、という問題に直結すると思うんですよ。

【新聞に喝!】投資家・山本一郎 iPS備蓄「打ち切り」 研究現場の困窮に目を
https://www.sankei.com/column/news/191208/clm1912080006-n1.html

 NewsPicksで書かれていた冒頭の話が回覧されたんですが、コップの中にわずかに残ったコーヒーが冷めててマズいという話よりも、そもそもコップに熱々のコーヒーを淹れる議論をしなければならないよね、ということで、一応は偉い人たちも合意があるとのことですが。

 また、中辻憲夫先生の議論もみな周知でした。そういうもんですか。中辻先生のお話は正論としつつ、iPS細胞に対する研究に日本の再生医療回りが偏重である事実は認めてなお「ES細胞の研究に資する研究者の発掘が追い付かない」とかいう謎の議論が。そして、最後はトップが萩生田光一さんである限り、大幅な状況の改善には結びつかないだろうというトップ無能説で終わるあたりが日本の政策議論の悲しいところなのかなあと思います。

 ちょうど夏以降、この手の話をする機会が沢山増えまして、座談会をやってメルマガで放流したりもしました。我が国の教育から研究まで、智を扱う分野の劣化と立て直しの遅れは由々しい問題だよね、という雰囲気にはなっています。

【号外】PISA2019「日本の15歳、読解力が15位に急落」報道だヨ全員集合(前編)
http://yakan-hiko.com/BN9286

 整理をすると:

・欧米の再生医療研究の水準まで日本を引き上げるには、いまの科学研究予算の5倍ぐらいの国費を突っ込む必要がある。

・その国費に見合う民間の製薬会社の研究助成や、大学の科学研究の制度改革もしなければならない。

・ところが、某柴山プランもはじめとして、なぜかeポートフォリオや大学入試改革、民間英語試験の導入といった、全体的に評判の悪い施策が先に手がけられ、文科行政全体が疲弊してしまった。

・大学の研究体制の立て直しは急務で、論文数の改善や、海外との共同研究体制、研究者(ポスドク、准教授あたり)の待遇改善はどげんかせんといかんのに、なぜか後回しに。

・とはいえ勝てる要素のある研究分野の洗い出しをして「選択と集中」をしようというアベちゃん周辺の判断もあるので「そうですか」と戦艦大和に一点豪華主義に発展。

・結果としてiPS細胞も含めた「勝てそうな」プロジェクトにチップ山張り。逆に、薄く広くができないので、海外で研究が先行しているES細胞研究は民間に丸投げされ無事死滅。

・首切り役を特定の内閣官房の役人に押し付けられ、いついつまでに全切りしろとプレッシャーが来たのでノーベル賞受賞者に恫喝に打って出る。そして流れるようにリークされて苦しい立場に。

・一方で、電子カルテなど次世代医療基盤の整備が予算つかずで遅れたので、その隙をついて問題企業が唐草模様の風呂敷広げて颯爽と登場し、現場がレジスタンス状態になる。

 だいたいこんなところかと思うんですよ。もちろん聞き書きなので、現場に詳しい人が一つひとつ見れば「それは違うよ」というのはあるかもしれませんが、現場に近い人ほど「上の無策はどうしようもなく嘆くしかない」話と「山中伸弥さんはあれだけの人なのに被害者ポジションに追いやられて可哀想」話とが交錯する感じでした。

 開発や研究の現場や、初等中等教育の問題も、みんな「ですよねー」と言って、分かってはいるんです。ただ、諸外国と同等に日本が単体で張り合おうとすると予算がどう考えても足りないし、教員の充足率も考えると環境がブラック化するし、ポスドク周辺は待遇改善したくても無理。なんかこう、補給や兵站がなくて前線で戦う人たちが戦死ではなく餓死で倒れていく、かの太平洋戦争と同じ構図がここにもあるんじゃないかと思うんですよね。

 私も榎木英介さんの記事を持ってって「こういうの、どうにかしましょうよ」というと、大本営の人たちはみんな口をそろえて「問題ですよね。分かってるんですが…」と回答をしてくださる。重要な項目の、優先順位が完全に間違った結果、英語教育で現役高校生が右往左往し、家庭での躾や地域の役割も押し付けられた学校がブラック環境になって教師が辛い思いをし、変な人間が科研費を握ってまともな研究者が資金不足で立ち往生し、学問の世界で貢献することを夢見て大学院に残り博士にあっても不安定な環境で暮らしすら安定しない有望な人たちがたくさん使い捨てられている、というのが我が国の現状じゃないかと。

 「いまからでもすぐにするべきこと」は手がけたうえで、将来の日本の教育や研究をこうしましょうという議論を早々にやって、日本の科学はこれを目指すのだ、そのためにはこういう予算がいるのだ、と設定しないとみんな死ぬんじゃないですかね。

 でも、偉い人たちと話をしていると、最近特に「我が国はいったん死んで、焼け野原にならないと方針を変えられないんじゃないか」って悲観的に言う人が多いんですよ。いやー、死ぬ側の気持ちにもなってくださいよ。偉い人が敗戦志向って、いま前線で頑張ってる人たちにとっては最悪じゃないですか。ねえ。ちょっと。



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