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「あ、準備しなきゃな」市原悦子さんが75歳のちょっと前から断捨離を始めた理由 市原悦子が残した25の言葉 - 沢部 ひとみ

 ドラマ「家政婦は見た!」の主演やアニメ「まんが日本昔ばなし」の声優を長年にわたり務めたことでも知られた市原悦子さん。今年1月12日に惜しまれつつも亡くなった市原さんが生前に遺していた「ことば」をまとめた書籍『いいことだけ考える』が発売されました。生前から片づけが大好きだったという市原流“断捨離術”を公開します。

【写真】市原さんのご自宅の様子。普段から「片づけ」好きだった。

◆◆◆

10ヵ月ぶりに病院から自宅へ戻り、自宅療養が始まった

 2017年8月21日、自己免疫性脊髄炎で入院していた市原さんは、約10ヵ月ぶりに病院から自宅へ戻り、自宅療養を始めた。

訪問医、看護師、理学療法士、介護ヘルパーなどが、毎日のように訪ねてくる。長い間、『家政婦は見た!』の主役を演じてきた市原さんは、初めて住み込みの家政婦さんを雇うことになった。

 市原さんの2人の妹さんや亡き夫の姪御さんで作る「チーム市原」に、この年の一月からわたしも加わり、週2回、彼女のもとを訪ねて話し相手となり、色々なお手伝いをした。

 新しい生活に慣れると、市原さんはベッドの上で、7月に出版された『白髪のうた』(春秋社)に毛筆でサインを始めた。わたしはサインに朱印を押したり、手紙の代筆をしたりする。

 そんなとき、「お習字の道具はどこですか?」とか「住所録はどこにありますか?」と聞くと、市原さんはすぐに答えてくれた。その答え方は「引き出しの○番目」とか、「押し入れの上から2番目の棚の右の方」といった具合で、家のどこに、何をしまっているかを、驚くほど正確に覚えていた。

 都内の自宅マンションは、まだ俳優座の舞台女優であったころ、「清水の舞台から飛び降りる」思いで購入したものだ。内装の材料に木と紙だけを使ったこの家に、市原さんは夫の塩見哲さんと50年近く暮らした。その間に同じマンションの一階上の部屋が売りに出て、購入した。


麻雀が好きだった市原さん ©文藝春秋

ハンカチを、手縫いで何枚も丁寧につなげて作ったキッチンの暖簾

 仕事の打ち合わせや麻雀でお邪魔したとき、わたしが通されたのはこの上の階の部屋だった。完全にプライベートな空間である下の階に対し、こちらは応接間兼塩見さんの書斎兼稽古場になっていた。右手の壁面は塩見さんの蔵書で埋まり、左手は全面両開きの棚で、十分な収納力がある。

 雑誌記者から「暇なときは何をされてるんですか」と聞かれると、いつも市原さんは「お片づけ」と答えていた。妹さんたちも「姉はお片づけが大好きでした!」と声をそろえる。キッチンの暖簾(のれん)も、刺繍がほどこされた小ぶりな木綿のハンカチを、手縫いで何枚も丁寧につなげて手づくりしていた。

『あ、準備しなきゃな』と思い、断捨離を始めた

 市原さんが断捨離を始めたのは、自身の病気がきっかけである。

「69歳で肺がんの手術をしたでしょ。ごく初期だから何の症状もなかったけど、先生が『手術しろ』って言うし、セカンドオピニオンも同じだったから。それをきっかけに体調も崩れてきたのね。

 その時から、『あ、準備しなきゃな』と思い始めて、75歳のちょっと前から断捨離を始めたんです。まず大きいものを全部手放しました」

 最初に処分したのは、バブルの頃に買った伊豆の土地である。稽古場を建てたいと夢をふくらませて、何度も設計図を引いたが、結局は二束三文で手放すことになった。

 次に整理したのは大京町の事務所だ。

「耐震性に問題があったんだけど、住人が年寄りばっかりで、建て直すのかって言ったらお金は出さないし、じゃあ修理するかとも決まらない。管理組合ももめてもめて全然埒(らち)があかなくて。『ああもう売っちゃえ!』って。病気になると、もさもさしたのがイヤになるの」

 こういう時、市原さんの決断はすばやい。

 本格的な断捨離が始まったのは2011年、東日本大震災の前である。山田洋次監督の『東京家族』の母親役に抜擢されたが、震災による撮影延期のため時間ができた。翌年2月には、S状結腸腫瘍で映画を降板。

「写真をビリビリ破いて捨てたの」

 雑誌『ゆうゆう』2011年3月号で、最近、段ボール箱3つにぎっしり詰まっていた写真を整理したことを話している。

「ものを持っていると縛られてしまいますから、常に常に、ものを減らすということをここ数年、心がけているんです。でも、写真の整理は本当に大変でした。延べ20日間くらいかかりました」

 これまでの膨大な写真を上階の床に全部広げて、プライベート、親族、友人、舞台関係、映画関係、テレビ関係、歌のステージ、バラエティに分類した。

「一つの出来事につき、数枚しか残さないと決めて、写真を選びました。記録として残しておきたいもの、写真としておもしろいものを選びます。10枚から2枚選んだら、あとの8枚はビリビリ破いて捨てました。破らないと、また拾ったりするかもしれないから」

そのとき気づいたことをこう語っている。

「どなたの場合も、カメラを見てニッコリの写真はおもしろくない。写真の中の光と影にぞくぞくして、空気や風や心の動きが感じられる写真がいいですね。うまくできなかった舞台の私は、写真でもつまらない顔をしているということもわかりました。写真の山と格闘して、そんな発見もして、大変だったけどおもしろかったです」

天然繊維の、すてきな生地に包まれていたい

 写真の後は、台本や、雑誌、新聞記事を整理した。それから洋服も片づけた。いくらデザインや柄が好きでも、生地の良さを優先し、人工素材のものは思い切って捨てた。

「天然繊維にこだわる私は、織り、染め、色の良さにひかれるようになりました。そして生地の暖かさ、涼しさ、肌ざわりも気になってね。まあ、すてきな生地に包まれていたいです」

 2013年の9月には2年がかりで完成した『やまんば 女優市原悦子43人と語る』を春秋社から出版し、役者人生の総まとめをしている。

 翌年4月に夫の塩見さんを見送ると、1年近く「自分の人生も終わった」と魂が抜けたような状態になっていたが、遺品や衣類を整理し、樹木葬にすると決め、追悼集を編集するうちに、気持ちも整理されたのだろう。少しずつ元気を回復した。

独り身になると、シンプルに生きていくようになる

 塩見さんはおしゃれな人だった。

「あなたのコートやシャツ。カッコよくて、豊かな天然繊維でつくられた、それらを着ると、守られている安心感にホッとします。暖かく包まれます。

 あなたがいつも言っていた『着てごらん、着られるよ』って。毎日、着ています。ほんとに着心地がいいの、ありがとう!」

 2016年の春に自費出版した『月に憑かれたかたつむり 塩見哲へのレクイエム』に添えたことばである。その秋口にはこんなことも言っていた。

「身辺を片づけてきちっとしておこうというのも、誰かいれば、やってくれるって思う。1人になると、それが使命になるのね。たった2人の家族なのに、私は塩見に頼りきっていた。誰でも独り身になると、シンプルに生きていくようになってるのね。ごちゃごちゃ物を持ったり、買い込んだりしないで。甘さがなくなって強くなるのよね」

「食器は、ご飯茶碗とお椀とお皿と小鉢があれば」

 この2ヵ月後、市原さんは自己免疫性脊髄炎で倒れる。

「モノを減らして、お部屋も小さくして、髪も短くして、リヤカーひとつで引っ越しができるような暮らしが理想です。

 食器は、ご飯茶碗とお椀とお皿と小鉢があればそれだけでいい。

 着る物は、あいもの4枚、冬物2枚、カシミヤのコート1枚、それでけっこう。

 洋服ダンスに全部掛けても、すき間がたっぷりで空気が通り抜けるようにする─できたらね。(笑)」(『婦人公論』2018年7月10日号)

 18年の春には、NHKの深夜番組『おやすみ日本 眠いいね!』の一コーナー「日本眠いい昔ばなし」の朗読に復帰した。

 5月14日には車椅子で収録した後、ライターや友人、マネージャーに囲まれ、とても楽しそうに話していた。たった1年前の話だ。

(沢部 ひとみ)

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