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白鵬の張り手、かち上げは禁じ手にできるか - 赤坂英一 (スポーツライター)

「こうなったら、張り手、かち上げを規則で禁じ手にするしかないんじゃないか」

好角家のタレントや文化人の間からはとうとうそんな声も上がり始めた。今年最後の本場所、九州場所で43回目の優勝を果たした大横綱・白鵬の立ち合いについて、「あまりにも乱暴」「また悪い癖が出た」「しかも以前よりひどい」と非難が集中しているのだ。

(c11yg/gettyimages)

白鵬は九州場所15日間の取組のうち、実に10日で張り手、かち上げを多用。とりわけ12日目の遠藤戦が凄まじく、議論を再燃させる火種となった。

この一戦、白鵬が立ち合いでまず左から頬を張ると、間髪入れず右のかち上げ、というより肘打ちを食らわせ、遠藤が鼻から出血。白鵬はさらにダメ押しするように左右の張り手で頬をひっぱたき、最後には遠藤をはたき込んで完勝である。

総合格闘技まがいの過激な打撃技の連発に、NHK解説者の舞の海秀平氏は、「過去の横綱はこういう立ち合いはしなかった。このかち上げは見ていて後味が悪い」と不快感を示している。

当然、場所後の横審(横綱審議委員会)でも白鵬がやり玉に挙がった。九州場所の千秋楽から一夜明けた11月25日、両国国技館で開かれた横審の定例会合では、通常の二倍に当たる約30分もの時間を費やし、白鵬の相撲について論議。矢野弘典・横審委員長(産業雇用安定センター会長)はこう苦言を呈した。

「張り手、かち上げをやり過ぎではないか、横綱の振る舞いとして見苦しいのではないかと、ほとんど全員(の委員=9人)から意見が出た。しっかり指導してほしいと相撲協会に要望した」

振り返れば、2年前の2017年の九州場所でも、白鵬は15日中10日の取組で立ち合いに張り手、かち上げを連発。当時の北村正任・横審委員長(毎日新聞社名誉顧問)に「横綱相撲とは到底言えない。美しくない、見たくない」と厳しく批判された。

このときも横審から相撲協会に対し、白鵬に立ち合いを改めさせるよう「工夫、努力をしてほしい」との要望が出されている。そうした〝外圧〟を受け、白鵬も今年の序盤までは張り手、かち上げを自粛していた。それが、徐々にまた以前のような荒々しい取り口が目立ち始め、出稽古で相手を〝KO〟することも珍しくなくなった。

7月の名古屋場所前には、5月の夏場所で初優勝したばかりだった朝乃山と三番稽古を行い、右の張り手一発で土俵に這わせている。このときは朝乃山が脳震盪を起こしたために稽古は打ち切り。9月の九州場所前にも進境著しい友風を三番稽古の相手に指名すると、パワー十分の張り手でたたきのめした。

そんな白鵬の張り手、かち上げについて、「年齢による力の衰えをカバーし、なりふり構わず勝ちにいくための手段」と指摘する声をよく聞く。確かに、そんな苦し紛れの一面があることは否定できない。が、もっと若かったころの白鵬を取材した私は、あの取り口の背景には別の要因があると考えている。

それは、一口に言えば白鵬独自の相撲観だ。横審、親方衆、日本の大勢のファンには「見苦しい」「美しくない」と映る張り手、かち上げも、白鵬にとっては勝つためには当然の手段なのである。

現に、また取り口が問題視されている最近も「前からやっていること。勝たないと生き残っていけないでしょう」とコメント。これを開き直り発言のように捉えている人もいるが、白鵬はもっと若いころから同じセリフを繰り返していた。

私が初めてインタビューした10年前の2009年、白鵬は24歳だった。いまのように張り手やかち上げを使わずとも、相手の相撲を全身で受け止め、土俵際まで押し込まれてからも十分余裕を見せて勝つことができた。にもかかわらず、ときには張り手やかち上げを使っている。なぜかと聞くと、「相撲の技のひとつだからね」と答えて平然としていたものだ。

白鵬の育ての親、宮城野親方(取材当時は熊ヶ谷親方)によると、張り手は横綱になる前も多用していたという。横綱になってからはなるべく慎むようにと、再三に渡って注意したそうだ。しかし、この相手には勝ちたい、勝って苦手意識を植え付けたい、と強く意識すると、修業時代から身体に染みついた張り手やかち上げが出てしまうらしい。

こう書くと、白鵬が日本国籍を取得したとはいえ、もともとはモンゴル出身。やはり、日本出身力士とは根本的な相撲観が違うのではないかと思われるかもしれない。

旭道山の張り手

しかし、約四半世紀前の角界には、いまの白鵬よりもっと過激な打撃技を使う日本出身力士がいた。若貴兄弟(若乃花、貴乃花)が人気を博し、曙や武蔵丸ら外国人横綱が隆盛を誇った平成年間初期に活躍した旭道山(最高位・西小結)である。182㎝、107㎏と細身にもかかわらず、張り手一発で上位力士を本場所の土俵で失神させたこともあった。

旭道山の取組で有名なのは平成4年(1992年)9月、秋場所2日目の武蔵丸戦だろう。武蔵丸に立ち合いから突き押しで攻められると、旭道山は顔面に張り手一発。カウンターでこれを食らった武蔵丸は一瞬、失神状態になり、膝から土俵へ崩れ落ちた。まさにボクシングのKOシーンそのものだった。

恐らく、旭道山の掌底が武蔵丸の鼻かその下の小中に決まったものと思われる。決まり手は引き落としとされたが、あれほど鮮やかな〝ノックアウト〟は、白鵬の勝ち相撲でも見たことがない。武蔵丸はこのとき、奥歯を1本折られたという。

当時はこの武蔵丸をはじめ貴闘力、小城ノ鼻、大善、久島海、栃乃和歌(現春日野親方)がよく旭道山の張り手を食らっていた。栃乃和歌は眼球内出血を起こし、「あいつはどういうつもりだ! おかしいんじゃないか!」と支度部屋で激怒したという。そうした〝KOシーン〟の数々は、いまでもYouTubeなどの動画投稿サイトで見ることができる。

そんな旭道山が張り手を自粛するきっかけになったのが平成5年(1993年)3月、大阪場所13日目の久島海戦。立ち合いで強烈な右の張り手を見舞うと、国技館に響き渡るほどの音がして久島海はうつ伏せにダウン。すぐには自力で立ち上がれず、口から大量の鮮血を吐いた。倒れた際に両膝の靱帯を損傷したことが久島海の三役昇進を阻み、力士生命を縮めたとも言われている。

この直後、出羽海理事長は旭道山に直接、「敢闘精神は認めるが品格に欠ける」として張り手を自粛するよう通告。部屋の大島親方が相撲協会に呼び出されて注意される事態に至り、旭道山は打撃技を自ら封印。引退するまで禁を破ることはなかった。

もし横審が白鵬の張り手、かち上げの自粛を望むなら、いまの八角理事長が当時の出羽海理事長と同じくらい断固とした姿勢を示すことが必要だ。ただし、最高位・西小結の旭道山と違い、白鵬は「優勝50回を目指す」と公言している大横綱。旭道山が久島海、栃乃和歌に負わせた、力士生命に影響するほどのケガをさせたわけでもない。従って、「当面は静観するしかない」というのが協会と親方衆の一致した見解である。

ちなみに、旭道山の所属していた大島部屋は、初めてモンゴル人力士を入門させた部屋でもある。当時、モンゴル人力士第1号の旭鷲山をはじめ、6人を弟弟子として預かったのが旭道山。彼の指導のあまりの厳しさに、一時は6人中5人が脱走し、モンゴル大使館へ逃げ込んでいる。それほど徹底していた旭道山の教育が、現在のモンゴル人力士の隆盛の礎になったとも言えよう。

☆参考資料

サンケイスポーツ『白鵬、張り手一発!朝乃山を脳振とうKO「新三役も来いよ」』(2019年7月2日配信)

日刊スポーツ『白鵬「血管年齢は25歳」北勝富士と友風を圧倒』(同年11月5日配信)

日刊ゲンダイDIGITAL『あの人は今こうしている 焼肉店経営の旭道山和泰 モンゴル横綱誕生の立役者だった』(2014年7月20日配信)

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