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核抑止力の否定、中国大好き――ローマ教皇の危なっかしい発言に驚く - 榊原智

最近来日したローマ教皇フランシスコの核兵器をめぐる発言は、現実の政策に適用するには極めて危なっかしいものであった。

教皇の言動は注目を集めた。キリスト教の最大教派、ローマ・カトリック教会の最高指導者として、13億人の信徒を束ねている方だから当然のことだろう。

メディアで最も大きく取り上げられたのは、教皇の核兵器廃絶への願いだった。ただ、現実的な方法論を伴わないまま核抑止力を全て否定する演説をしたことには驚かされた。

教皇の演説に影響されて日本国民の大勢が核抑止力を否定し、日本政府の政策に反映すれば、日本国民自身の安全が大きく損なわれてしまうからだ。

教皇は、核兵器の使用や保有は「倫理に反する」と語った。「核兵器は安全保障への脅威から私たちを守るものではない」と指摘し、「真の平和は非武装以外にあり得ない」と述べた。

宗教家の立場から理想を語ったのであれば、わかる。だが、教皇の影響力の大きさを考えれば、理想と現実を区別して話してほしかった。

人類の今の科学技術の水準では、弾道ミサイルなどによる核攻撃を完全に防ぐことはできない。核の脅威には核を含めた戦力で抑止する態勢が欠かせない。

東西冷戦期に、西側の米英仏の3カ国が核兵器は倫理に反するとして保有を見送っていれば、第三次世界大戦は十分あり得た。東西冷戦または熱戦が共産主義ソ連の勝利に終わっていたかもしれない。教皇が元首であるバチカン市国は中立国だが、世界またはヨーロッパが共産化すればローマ・カトリック教会の存続さえ危ぶまれたであろう。少なくとも今のような信徒13億人はあり得まい。これまでのローマ教皇が核兵器の完全否定まで踏み込まなかったのは、カトリック教会といえども世俗の世界から完全には切り離されていないことを踏まえていたからではなかったか。

今の教皇フランシスコは、東西冷戦に果たした核抑止力の役割をどのようにとらえているのだろうか。

核抑止力は、現代でも欠かせない。これは良い、悪いの話ではない。

産経新聞は11月28日付の主張(社説)「核抑止力 『悲劇』を防ぐには必要だ」で次のように指摘した。

「残念ながら、教皇の言葉通りに日本や主要国の政府が一方的に核抑止力を否定、放棄すれば、残る核保有国が圧倒的優位になる。軍事バランスが崩れ、人々は核の脅威にこれまで以上にさらされてしまう。全ての核保有国が放棄すると合意しても、核兵器を隠したり、ひそかに製造したりする国や勢力が現れれば万事休すだ」

「核兵器を持たない日本が、北朝鮮や中国、ロシアの核の脅威にさらされていることを忘れてはならない」

教皇は核兵器禁止条約を高く評価した。

だが、そもそも核兵器禁止条約が核廃絶に結びくとは思えない。あり得ない話だが、現核保有国の全てが加わったとしても、「核兵器を隠したり、ひそかに製造したりする国や勢力が現れれば万事休すだ」という懸念は解消されない。これを見越しているから核保有国が加わることはないのである。

北朝鮮や中国だけが核兵器を持つ世界がどうなるかを想像すれば、こちら側も核抑止力を持たざるを得ないことが分かるはずだ。だから日本は米国の核の傘に頼り、核兵器禁止条約には加わらない方針だ。

演説で教皇は、核兵器とともにその他の大量破壊兵器の廃絶も訴えた。その他の大量破壊兵器とは生物兵器と化学兵器を指す。核抑止力が存在するため、生物兵器と化学兵器の禁止条約が曲がりなりにも機能していることも忘れてはいけない。

最も大切なのは、日本国民や世界の人々が核の惨禍に見舞われないようにすることだ。核兵器がこの世から消え失せればいいが、一足飛びにはできないため、窮余の策として核抑止力を用いて核兵器の使用を防いでいるのである。

菅義偉官房長官は記者会見で「日米安保体制の下で、核抑止力を含めた米国の抑止力を維持、強化していくことはわが国の防衛にとって現実的で適切な考え方だ」「現実にある安全保障上の脅威に適切に対処しながら、地道に、現実的に核軍縮を前進させる道筋を追求していく必要がある」と語った。

教皇の演説よりも菅長官の説く政策のほうが、日本の平和と国民の安全につながることを認めないわけにはいかない。

教皇はローマへの帰途の機中で記者団から中国訪問について問われ、「北京に行きたい。中国が大好きだ」と語った。香港情勢について語ることはなかった。その教皇が将来訪中して、北京で核兵器を放棄せよと迫るだろうか。

ローマ教皇庁と中国政府は昨年9月、司教任命問題で和解し、長年の対立を解消した。中国政府から弾圧され、地下教会で信仰を守ってきた1,000万人を超える中国人信徒を見捨てるのか、という批判は消えていない。

教皇は宗教家として立派な方なのだろう。バチカン市国の国家元首でもある。とはいえ、核や中国など俗世に関わる話は割り引いて聞いたほうがいいように思われる。

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榊原智(産経新聞 論説副委員長)

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