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この本がスゴい!2019

1/5

人生は短く、読む本は多い。

毎年この時期、自分のリストを振り返るのだが、読みたい本が尽きることはない。読むほどに、知るほどに、知識と理解と表現の不足を痛感する。

それでも読むし、ここに書く。読むことで豊かになり、書くことで確かになるというのは本当で、読んでいるときに何を知りどう考えていたかは、書くことでハッキリする。

つまり、自分で分かるために書いているのだ。フランシス・ベーコンは、話すことで機敏になるとも言ったが、わたしの場合、話すことで世界が変わった。[スゴ本オフ]や読書会、[冬木さんとのSF対談]や、読書猿さんとの知をめぐる対談[1][2][3]で、世界の見え方が変わった。

読書会や対談は今後もしていくが、そこで紹介された本や、2019年に出会った本の中から、わたしにとってのベストを選んだ。これが、あなたにとってのスゴ本となれば嬉しい。そして、このリストを目にしたあなたが、「それがスゴいなら、これは?」とお薦めしてくれるともっと嬉しい。

フィクション

『僕の心のヤバイやつ』桜井のりお(少年チャンピオン・コミックス)

今年いちばんニヤニヤした。

「厨ニ病こじらせ男子 × ぽんこつ美少女」のラブコメ。もうね、ずーーーっとニヤニヤしっぱなしなの。痛勤電車で心が折れてもこれ見るだけで接骨するの。

終始男子の目線で進むのだが、この男子、深夜にグロ動画を見たり、クラスの女子のリョナ絵を描くような陰キャ。「僕の心のヤバイやつ」とは、彼女に対する敵意だ。脳内では「美しいものを壊したい・汚したい」という欲望が渦巻いており、リョナ絵にしたり妄想するわけ。その、ネガティブな妄想の声が面白い。

彼女はスタイルの良い陽キャで、雑誌のモデルもやっている。クラスでも人気があり、スクールカースト上層だ(でも本人は天然なので無自覚)。で、「僕」は自分が最下層という自覚があるから、ひっそりと敵意だけは募らせている。

「ヤバイ」のは、最初は敵意のはずなのだが、だんだん変わってくるところ。彼女のことがキライなはずなのに、好意のようなものを抱き始める。

「好意のようなもの」と言ったのは、彼が気づいていないから。読み手からすると「どう見ても好きになっているじゃん」と見えるのだが、彼は「それ」が何であるか分からない。彼は「それ」を持て余し、困惑する。

そして、あるきっかけで、彼は気づいてしまう。彼女を好きだということに。めっちゃ痛々しい最中なのだが、このシーンはすごく美しく悶々とさせられる。

いっぽう、彼女のほうは自分の「それ」を分かっていたように思う。彼との距離を詰めようとするのだが、不器用で経験不足が故に「それ」は伝わらない。逆に彼のほうに不思議がられてしまう。背が低くてカースト下層の「僕」が、彼女と言葉を交わすだけでも結構けっこうなのに、なんでそんな態度を? と考えてしまう。

この絶妙な距離感・もやもや感がいい。細切れの twitter で見ているのとは違い、Kindle で通してみると気づく。二人の距離は、ほんとーにゆっくりと、徐々に(物理的に)近づいているのが分かる。まるで、野良猫に毎日声をかけてだんだん慣れていくように。

そのゆーっくりとした変化が、あるきっかけで気づいてしまう。自分が抱えていた「それ」が、いったい何であったか、「それ」を人は何と呼んでいたのかが、恋という言葉を使わずに、表情だけで伝える(雨の日のレインコートの話とか、溶けたチョコレートとか)。

恋なんて遠い日のエゴのシーソーゲームだったおじさんにとっては、心臓がキュンするぐらい初々しい。二人には絶対に幸せになってほしいし、この恋の行く末を見届けるまでは死ぬわけにゆかぬ、第3巻はまだか! という作品。

お試しは[僕ヤバ]からどうぞ。読んで悶えろ、ニヤれ、溶けろ。


『零號琴』飛浩隆(早川書房)

読むというより、体験する一冊。

これは、エヴァとゴレンジャーとプリキュアのパロディであり、ナウシカとシンゴジとシンフォギアのリスペクトであり、どれみとどろろとまどマギの同人であり、火の鳥と寄生獣と日本沈没のオマージュである。

好きな人ならいくらでも幻視できる怪物のようなSFで、どこを読んでも、何を切り取っても、どこかで観た・読んだ過去の作品とつながり、思い出し、いま目の前で進行する美麗で壮大で禍々しくもバカバカしい物語にオーバーラップする。

どっぷり漬かりながら、ふと気づく。これ、小説でARを実現した人類最初の作品ではないかと。AR、つまり拡張現実(Augmented Reality)をテーマにしたというのではなく、この怪作を読むという行為そのものが現実を拡張していることになるのでは……

つまりこうだ。物語のフレームは、曰くありげな音楽家とその助手が、とある惑星で開催される假面劇の演奏を任されるのだが、とんでもない目に遭う……という昔ながらの設定であるものの、そこで展開されるネタや物語構造、舞台設定、セリフの端々、視線の動き(カメラのパン)、見得ポーズ、小道具と大道具、そして上演される劇そのものが、未来なのに懐かしい。

物語で進行する劇は既に伝説となっていて、假面をつけた観客が、現実にオーバーレイされた演出で鑑賞すると同時に、劇の登場人物の一人となる。観る者と演る者が重なり合い、劇そのものを改変し、校正し、編纂する。同様に、わたしの中のエヴァやマギカやナウシカの経験に、この物語がオーバーレイされる。物語に登場するキャラやモチーフに、わたしの記憶が重ね書きされるのだ。

この小説を読むことは、スマホをかざして見るときだけに現れる光景を眺めるようなもの。『零號琴』を通して記憶をたぐるときだけに現れる、(わたしが経験した)虚構に重ね書きされた現実を味わうことになる。

いうなれば、『零號琴』は、拡張現実(AR)というよりも、むしろ拡張虚構(Augmented Fiction)であり、スマホでありHoloLensのようなデバイスなのである。本書を顔の前にかざし、その世界に没入することで、自分が経験してきた虚構が、鏡のように映し出され、多層化され、レイヤー結合された後、上書き保存される。

もちろん、知らないネタがあっても大丈夫。もう一度読めばいいのだ。これ、二回目を読むと、「一周目を読んだときの経験」が今度は地の虚構現実となり、そいつに二回目の虚構が拡張現実と化す。ネタバレを知っている自分をネタとして読める。

物語に重ね書きされた「現実」を味わうべし。

『うたえ! エーリンナ』 佐藤二葉(星海社COMICS)

命短し、うたえよ乙女。

古代ギリシアの女学校を舞台に、女の子の友情と成長を描いた百合マンガ―――という噂で手にしたが、控え目に言って最高だった。こんなに面白いのに、なぜか1巻完結なので、不思議に思って調べたら、涙が止まらなくなった。

詩人になることを夢みるエーリンナと、親友のバウキス。当代一の女詩人サッポーの女学校に入ることになる。乙女のたしなみや花嫁修業そっちのけで、歌や竪琴に夢中になる。

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女性の自由が制限されていた時代で、それでも歌への熱い情熱を胸に、元気いっぱいのエーリンナに思わず微笑む。さらにツンデレ気味のバウキスとの友情が尊い。当時の結婚適齢期は15才、それまで女学校にいるわずかな時間のことを、自由時間(スコレー)と呼んでいる(後の「スクール」である)。エーリンナは13~4才くらいだから、本当に短く濃密な物語になっている。

劇中での同性愛は甘やかというよりも友情に近く、後に「サッフィスム(レズビアニズム)」と呼ばれる女性同士の愛情はあまり前面に出てこない(一方で、少年愛はしっかり演出されている。この濃淡は何だろう?)

古代ギリシャ人の同性愛は、男性同士のものであれば寛容だが、女性同士となるとほとんど言及されていない。ただし、サッフォーの作品だけが例外的に扱われている。その結果、サッフォーがその出身地であるレスボス島に因んでレズビアニズムの代名詞のようになっているのだ。

短く濃密な自由時間は、『うたえ! エーリンナ』で読むことができる。その一年後を描いたおまけが付いて、1巻ものとなっているのだが、完璧に終わってしまっている。続きも読みたいという声がAmazonレビューにもあるし、わたしもそう思う。 

なぜ1巻で終わるのだろう?

疑問に思って、『ピエリアの薔薇』(沓掛良彦、平凡社)を手にする。ギリシア詞華集選で、大詩人の作品から無名の俗歌まで、さまざまな歌が収録されている。ホメロスやサッポーのような大詩人になるのを夢見て、あれほど努力してきたのだから、ひょっとすると、エーリンナの歌が残っているのではないか?

わたしの仮説は正しくて、エーリンナの歌は残っていた。そのタイトルを見た瞬間、涙で何も見えなくなった。実は『うたえ! エーリンナ』は全話無料で[ツイ4:うたえ! エーリンナ]から読める(有料版のオマケがまた泣かされるが……)。これ読んでから、その理由を知ってほしい[続きはこちら]

『20世紀ラテンアメリカ短篇選』 ガルシア=マルケスなど(岩波文庫)

ボルヘス、アレナス、カサ―レスに釣られて手を出したら、全部あたりのアンソロジー。岩波の短篇集はハズレなしというジンクスを再確認する。

マジック・リアリズムは、「見えないもの」をどう扱うかが、ポイントになる。人でない存在、見えるはずもないものを「見る」となると、普通の幻想小説と、マジック・リアリズムは大きく異なってくるのだ。普通の幻想小説の場合、この「見えるはずもないもの」、すなわち不可視の「存在」を特定し、名付けようとする。幽霊や妖精的な「なにか」を設定しようとする。さらには、物語に「なにか」を組み込もうとする。

ところが、マジック・リアリズムのばあい、「なにか」という存在を必ずしも必要としない。もちろん精霊的な「なにか」をモチーフにする場合もあるが、必要条件ではないのだ。最初は会話交じりでシーンを描写しているため、主人公だろうと思っていたら、いつの間にか、窓の外へ漂い出る「なにか」の目線になっている。地の文が、いつの間にやらシームレスに「なにか」になっている。

主客の逆転、喰い合い、異なる時空の主体との重なりが、さらっと書かれており、気づかずに読み流した場合、一種サブリミナル効果のように働く。読み手は通り過ぎながら、言葉にできない違和感を抱き続ける。

他にも、ドアの前を通る一瞬で、部屋の中を詳細に見て、あるものを「二十七」と数え上げるシーンも出てくるが、主体はキャラクターの一人なのに、そこには名付けようのない「なにか」が入り込んでいる(そして「なにか」は特別視も言及もされないし、彼は特別な能力を持っているわけでもない)。

つまり、後にカメラが主体を捉えたとき、ぜんぜん違った場所に置いてかれて愕然とするような、欧米ならそれだけで小説になる驚くべき現象が、ごく自然に受け入れられてしまう。このズレが、人工的な眩暈を引き起こすのだ。

さらに、あとで振り返ると異常なのに、それが淡々と描かれる。何の説明も無く(しかし確信をもって)酷い最期に至る話が続々とある。出来事の異常さそのものよりも、異常の何気なさのほうに不気味になる。この、何気ない異常の感覚こそ、マジック・リアリズムの本質だ。よく読むと明らかにおかしい。だが、登場人物や作者はおかしいと感じていないように描かれるのだ。

よくある「日常と非日常の境界が曖昧になる」というよりも、むしろ、もともと境界はないのだ。だから、小説に落とし込むときに生ずる、「異様の扱いが異常とされていない」ズレが、一種の人工的な眩暈を引き起こす。

異常の何気なさと、人工的な眩暈を、お愉しみあれ。

『沙耶の唄』大槻涼樹、虚淵玄(星海社FICTIONS)

見るものすべてが汚辱にまみれ、腐臭をただよわせ、耳障りな音を立てている。そんな世界で「正常」なフリを強要され、できるだけ早く・なるべく楽に死ぬ方法を考えているとき、美しい少女に出会った―――グロゲーに見せかけた純愛に、何度胸を潰されたことか。

そして今年ノベライズされたことで、さらに古傷を抉られることになる。

手塚治虫『火の鳥』に、交通事故で脳に障害を負った男の話がある。絶望視されていたものの、大手術により普通の生活ができるようになる。しかし、それは見た目だけで、男は認識能力に重大な問題を抱えていた。男の目には、人が石ころのような無機物に、機械のロボットが美女に見えるように見える。だから男は、人ではなくロボットに恋をしてしまう。男はどうするか?

『沙耶の唄』は、そのクトゥルフ版になる。主人公の目には、世界が当たり前に見えない。人は腐った汁を滴らせる肉塊であり、壁や床はミミズと豚の内臓に埋め尽くされている。会話は成り立たず、キィキィ喚く音から類推するほかない。

グロ描写は『インスマウスの影』を彷彿とさせるが、異形の者を「異形」と片付けられないのが辛い。彼の目にどう見えていようとも、この世界で「正常」なのは彼らの方であり、異常なのは自分の方なのだから。

そんな壊れた世界で出会った、たった一人の存在が、沙耶だ。彼にとって、どれだけの救いとなっただろう。透きとおる肌と、しなやかな肢体を白いワンピースに包み、深夜の病院を徘徊する。聞けば、お父さんを探しているという。

彼は、藁にもすがる思いで、手を握らせてくれと懇願する。「変な人。そんなこと言い出したの、あなたが初めて」と言いながら差し出す白い手に、壊れ物を扱うように、そうっと、やさしく手を重ねる。

こうして始まる、淫猥で残酷で哀しい関係を描いたのが、『沙耶の唄』だ。彼は、おぞましい世界で、彼女を守り抜こうとする。『火の鳥』と似ているのは入口だけで、後は全く違う方向へ転がり出す。そのエロとエグさは虚淵玄ならではの一級品。

ゲームの雰囲気は以下から。スクリプトの部分は小説とほぼ同じなので、"試し読み”にもなる。ただし、かなりSAN値が削られるので、耐性なき方は行かないように。

君と僕の壊れた世界でどう生きるか? 覚悟完了の上でどうぞ。

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