記事

特集:歴史に学ぶ「大統領弾劾!」の行方

1/2
本誌の過去20年間において、米国大統領やその選挙のことを何度取り上げたかわかりません。ところが、「米大統領の弾劾」を正面から取り上げたことは1度もなかったことに気がつきました。これではいけません。11月の度重なる下院公聴会の結果、トランプ大統領の弾劾訴追はもはや避けられない情勢と言っていいでしょう。

「下院での弾劾訴追は確実だが、上院で罷免になる確率はゼロ」というのが衆目の一致するところです。しかし、大統領弾劾に関する過去の歴史を少し掘り下げるだけで、興味深い事実が数多く見つかります。何しろ現在は、1998年から99年のクリントン弾劾とほぼ同じ日程で進んでいる。それではこの先はどうなるのか。トランプ攻撃は、民主党にとっての「ブーメラン」になるのではないか、と思えてなりません。

●あまりにも天真爛漫な職権乱用

「ロシアゲート」によるトランプ大統領弾劾の可能性がささやかれ、モラー特別検察官の捜査に注目が集まっていたのはそれほど古いことではない。

今年3月24日に公表されたモラー報告書が、「ロシアとの共謀を示す動かぬ証拠はない」「意図的な司法妨害を完全には証明できず」と結論したところ、トランプ大統領は早速、人気ドラマ”Game of Thrones”のパロディをツィートし、”No Collusion, No Obstruction”(共謀はナシ、司法妨害もナシ!)とはしゃいだものだ(次ページ参照)。もっとも報告書は、大統領周辺に違法行為が蔓延していたことも指摘している。モラー氏の真意は、「司法省には大統領を罪に問うことはできない。責任追及は議会の責任で」であった。

ところが7月になったら、大統領は自らの手で新たな疑惑を作り上げてしまった。それが「ウクライナ疑惑」である。ロシアゲートからウクライナゲートへ。つくづく懲りない大統領ともいえるが、お得意の「プロレス」を仕掛けているような気もする。


ウクライナのゼレンスキー大統領に対し、トランプ大統領はジョー・バイデン元副大統領の次男、ハンター・バイデン氏に関する汚職問題の捜査を直接、要求した。そのためには軍事援助を差し止める(ウクライナはロシアと交戦中なのに!)という脅しまで使った。言うまでもなく、バイデン氏は来年の大統領選におけるフロントランナーだ。外交を利用して私的な政治目的を追求しており、明々白々なる大統領職権の乱用である。

この問題に対し、下院民主党は公開・非公開併せて公聴会を何度も実施したところ、対ウクライナ外交に関与した外交官、安全保障や情報の専門家などから、「見返り要求はあった」「ジュリアーニ元NY市長などによる非公式外交チャネルがあった」との証言が得られた。彼らは国益をわきまえないボスに辟易しており、証言の信憑性は高そうである。

しかもこの間、トランプ大統領は証人になったヨヴァノヴィッチ前ウクライナ大使を脅すツィートを連発している。これも立派な「証人脅迫罪」を構成し得る。わざわざ敵に攻撃材料を与えているようなもので、「弾劾してください」と言わんばかりである。

それではこの間に政権支持率が大きく低下したかというと、そうでもない。いつものラスムッセンのデータを確認すると、支持率に多少のデコボコができているとはいえ、大きく崩れるという感じではない。11月18日には、「ラスムッセンで支持率50%」という毎度おなじみのツィートが飛び出したほどである。トランプ大統領がこの手のツィートをするのは、筆者が気づいただけでも10回程度になるだろうか。

あらためて、ウクライナで具体的にどんな悪事が行われたかと考えてみると、たいした実害はないのである。ウクライナ政府は別にバイデン親子の捜査をしたわけではない(その代わり、ハンター氏に関する疑惑は一躍有名になってしまった)。軍事援助も差し止めになったわけではない。あいかわらず無茶な外交をやっているのだが、コアなトランプ支持者には、「また大統領への不当な攻撃が行われている」と映っていることだろう。

こうしてみると、「大統領弾劾」はトランプ氏にむしろ追い風を送っているようなものではないか。民主党はまんまとプロレスに乗せられているように感じるのである。

●「大統領弾劾」という制度はなぜできたか

それではこの弾劾という制度はどのような規定なのか。合衆国憲法1を読み返してみると、この制度は立法、行政、司法という三権が相互に牽制するために埋め込まれた仕組みであることが窺える。大統領以下の行政府高官は立法府のチェックを受けるが、それは司法の例外と位置付けられている。その成否を決めるのは、上院における弾劾裁判である。

合衆国建国の父たちは、権力の暴走を食い止めるための重要な防波堤として、「弾劾」という制度を位置付けたのであろう。

第1章 立法府

第2条 下院

[第5項]下院は、議長その他の役員を選任する。弾劾の訴追権限は下院に専属する

第3条 上院

[第6項]すべての弾劾を裁判する権限は、上院に専属する。この目的のために集会するときには、議員は、宣誓または宣誓に代る確約をしなければならない。合衆国大統領が弾劾裁判を受ける場合には、最高裁判所長官が裁判長となる。何人も、出席議員の3分の2の同意がなければ、有罪の判決を受けることはない

[第7項]弾劾事件の判決は、職務からの罷免、および名誉、信任または報酬を伴う合衆国の官職に就任し在職する資格の剥奪以上に及んではならない。但し、弾劾につき有罪判決を受けた者が、法にもとづいて、起訴、公判、判決、または処罰の対象となることを妨げない。

第2章 行政府

第4条[弾劾] 大統領、副大統領および合衆国のすべての文官は、反逆罪、収賄罪その他の重大な罪または軽罪につき弾劾の訴追を受け、有罪の判決を受けたときは、その職を解かれる。

第3章 司法

第2条[連邦裁判所の管轄事項]

[第3項] 弾劾事件を除き、すべての犯罪の裁判は、陪審によって行われなければならない。
ところがよく知られている通り、大統領の弾劾は過去に2回しか行われていない。1度目は1868年(明治維新の年!)のアンドリュー・ジョンソン大統領(第17代)である。リンカーン大統領の暗殺に伴う副大統領からの昇格で、もともと南部出身者であったこともあり、議会における信認は低かった。たぶんに政治的な色彩の濃い「弾劾」が行われたが、上院での裁判の票数は必要な「3分の2」に1票届かず、無罪とされている。

その次がリチャード・ニクソン大統領(第37代)である。この時は、下院司法委員会が弾劾を勧告した時点でニクソン大統領は辞任してしまう。ウォーターゲート事件という「大統領の犯罪」に当時の世論は沸騰し、弾劾訴追から成立は避けられないところであっただろう。お陰でニクソンは、米国史で唯一、辞任した大統領として名を残している。

そしてもうひとつの弾劾は、ビル・クリントン大統領(第42代)である。「大統領のセックススキャンダル」というセンセーショナルな事件であったが、あれからもう21年が経過している。さて、あのときはどんなことが起きたのか。

●クリントン弾劾のケースを振り返る

往時を振り返る際に、役に立つのが阿川尚之著『憲法で読むアメリカ現代史』(NTT出版)である2。法律家の手によるだけあって、事実関係が正確かつ明晰に描かれている。

これを読んで驚いたのは、現在のトランプ弾劾が21年前とほぼ同じ日程で進行中なことである。

<1998年>
11月19日、下院が弾劾に関する公聴会を開始
12月8-9日、大統領側の証言
12月11-12日、下院司法委員会が弾劾を勧告(弾劾状を作成)
12月18-19日、下院本会議が13時間半の審議。①偽証罪、②司法妨害で弾劾訴追を可決

<1999年>
1月7日、最高裁長官の下で弾劾裁判始まる(裁判長役)
1月14-16日、下院議員による冒頭陳述。証拠提出(検察役)
1月19-21日、大統領代理人による反対弁論(弁護役)
1月22-23日、上院議員による質問(陪審員役)
1月27日、審議打ち切りの動議提出→56対44で否決
2月6日、モニカ・ルインスキーの証言ビデオを放映
2月8日、最終弁論(双方3時間ずつ)
2月12日、結審→①は45対55、②は50対50で2/3に達せず→クリントン大統領は無罪に!

11月下旬に下院で公聴会が行われ、最終週は「感謝祭」で議会はお休みとなる。そして12月から弾劾手続きが始まり、司法委員会が「弾劾状」を作成して大統領の罪状を絞り込んだ。長時間にわたる審議の結果、12月19日に下院は、①大陪審への偽証を228対206で、②司法手続きの妨害を221対212という僅差で可決する。

年明けから舞台は上院に移る。弾劾裁判は実際の裁判とほぼ同じ形で行われる。連邦最高裁長官が裁判長になり、下院議員数名が検察役となり、大統領にはもちろん弁護人がつき(と言っても、大統領は出廷しない)、上院議員100人が陪審員となる。最後は最高裁長官が上院議員全員に問いかけ、ひとりずつが「有罪」あるいは「無罪」と答える。結局、1月7日に始まった弾劾裁判は2月12日に結審となり、クリントン大統領の無罪が決まった。1か月と少々の時間が必要だったことになる。

現在のトランプ大統領弾劾も、これとほぼ同じ日程となるだろう。12月20日が暫定予算の期限なので、おそらくはこの日まで議会は延長となる。そして最終日に暫定予算の再延長を決めた上で、同日に下院が弾劾訴追を審議する。民主党が過半数を有しているので、成立はほぼ間違いない。翌日から議会はクリスマス休会ということになる。

クリントン弾劾は、何しろ131年前ぶりの事態であった。ときの多数党であった共和党院内総務のトレント・ロットは、「なるべく先例通りに」と事務方に指示した。歴史に造詣の深いレンキスト最高裁長官も、細かな点も含めて先例の再現に努力した。

例えば100人の上院議員は、ずっと自席に居なければならない。普段の米議会では、議員は「出入り自由」で、ときには議員の発言を誰も聞いておらず、書記官だけが黙々とメモしている、なんてことだってある。しかし、いやしくも大統領の裁判をやっているのだから、その期間中はちゃんと席に居ろ、ということであろう。

もし21年前のクリントン弾劾が先例となると、この点は重要な分かれ道となる。2020年の場合は、2月に予備選挙が始まってしまうのだ。

あわせて読みたい

「ドナルド・トランプ」の記事一覧へ

トピックス

議論新型コロナウイルスに向き合う

ランキング

  1. 1

    ナイキCMを100%褒め称える危うさ

    倉本圭造

  2. 2

    凋落の新聞社 報道の行く末とは

    ヒロ

  3. 3

    10代死亡はミス? 厚労省の大誤報

    青山まさゆき

  4. 4

    引退後も悪夢 アスリートの苦悩

    山本ぽてと

  5. 5

    コロナ報道の正確性に医師が疑問

    名月論

  6. 6

    渡部建の目論みに冷ややかな声

    女性自身

  7. 7

    堀江氏「医療崩壊の原因は差別」

    ABEMA TIMES

  8. 8

    NHK捏造か 軍艦島の疑惑説明せよ

    和田政宗

  9. 9

    海外は大麻OK 伊勢谷被告の驕り

    渡邉裕二

  10. 10

    細野氏「国会機能が明確に低下」

    細野豪志

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。