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えらてんさんとの対談本の「まえがき」

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 ほんとうに新しいものは「新しいけど、懐かしい」という印象をもたらします。

 ただ「新しい」だけでは時代を刷新するような力を持ちません。「新しく」てかつ「懐かしい」という二つの条件を同時にクリアーしないと時代を変えることはできない。

 1956年にエルヴィス・プレスリーはカントリー、R&B、ポップスの3チャートで1位になるという驚くべき記録を作りました。人種や性別を超えて、宗教や生活文化の差を超えて、多くのアメリカ人がこれは「自分のための音楽」だと感じた。自分の身体の深層にエルヴィスの歌声にはげしく共鳴するものを感じた。それが「新しくて、懐かしい」という経験の一例です。

 それと同じようなことがいずれ日本でも起こると僕は感じています。何か「新しいけれど、懐かしいもの」が思いがけないところから登場してくる。それを見て、僕たちは、日本人がまったく創造性を失ったわけではないし、才能が枯渇したわけでもないと知って、ほっとする。

 きっとそういうことがこれから起きる。もうすぐ起きる。それが「どこ」から始まるのかは予想できないけれど、もうすぐ起きる。そういう予感が僕にはします。

 えらてんさんとの出会いは僕にとってそのような徴候の一つでした。

 えらてんさんがどういう人なのか、僕はこの対談でお会いするまでよく知りませんでした。中田考先生経由でお名前を知って、ツイッターをフォローしたり、YouTubeの動画見たりはしていましたが、どういう経歴で、どういう仕事をしていて、どういう考え方をしている人なのか、詳しいことは知りませんでした。

 ですから、この対談は、彼がどういう家庭で生まれて、育ったのかという『デヴィッド・コパフィールド』的な語りから始まっています。そして、元東大全共闘だった両親の下で、共産制のコミューンで育ったという驚嘆すべきライフ・ヒストリーをうかがい、朝起きられないので定職に就かず、「しょぼい起業」をしたり、ユーチューバーとして収入を得ているという話を聴いて、「ほんとうに新しい世代」の人なのだと思い知りました。

 一番驚いたのは、彼は僕たちの世代が口角泡を飛ばしてその理非を論じ、身銭を切って学習したり、あるいは批判してきた知見を(マルクス主義やポストモダニズムやフェミニズムや新自由主義を)、「生まれたときからそこにあったもの」としてやすやすと、手になじんだ道具のように扱うことができる、そういう世代の人だということでした。

 ピエール・ブルデューは『ディスタンクシオン』で、「後天的に努力して文化資本を学習しなければならない階層」と「生まれつき文化資本を身につけた階層」の乗り越えがたい差異のうちに階層再生産の力学が働いていることを明らかにしました。

「飲んだことのワイン」について、セパージュがどうたら、テロワールがどうたら、マリアージュがどうたらとあれこれ蘊蓄を傾けられるのが「後天的文化貴族」。一方で、ワインの銘柄も産地も価格も知らないけれど、それを口にしたとき鼻腔に広がった香りや、グラスの舌触りや、かかっていた音楽や、窓から見えた風景をありありと思い出して、その愉悦について語ることができるのが「先天的文化貴族」です。文化資本をどこかから集めて来た「情報」として所有しているのか、固有名での「経験」として所有しているのか、その違いと言ってもいい。

 えらてんさんは僕たちの時代の歴史的経験を、一般的な情報としてではなく、「固有名での経験」として生きている。そういう印象を受けました。説明のしかたが下手ですみません。でも、そういう印象を受けたんです。

 例えば、60年代末の「全共闘運動」がどのような思想や心情にドライブされていたものかかということを、彼は史料を経由してではなく、親子関係を通じて身にしみて知っていた。そういう人と出会ったのは、僕ははじめてでした。

 僕らの世代にとって、全共闘運動は非日常的な高揚感やあるいは救いのない失意を含んだ一個の「物語」でした。だから、僕たちはそれを語るときについ「遠い目」をしてしまう。でも、えらてんさんにとって、それは「物語」でもなんでもなく、ほとんど凡庸な「日常的現実」だった。

 そういう人に僕ははじめて会いました。そして、そういう経験をした人の目から、世の中はどう見えるのだろうかということにつよく興味を惹かれました。

 ですから、この対談でも、彼の話を聴いているとき、僕はだいたい口を半開きにして「はあ~」と呆然としておりました。

 でも、読むと分かりますけれど、この対談の中では、僕の方が彼よりたくさんしゃべっています。ただし、それは僕の方に彼に「教えたいこと」があったからということではありません。そうではなくて、僕の方に「生きているうちに伝えておきたいこと」があったからです。先生が生徒に向かって教壇から教えているというのではなく、息も絶え絶えになった古老が、若者の手を取って、「これは先祖から伝えられた教えじゃ。わしはもうあといくばくもない。だから、ここでお前に伝えておくよ」というような感じです。えらてんさんは僕のそういう「感じ」をきちんと受け止めてくれたと思います。

 彼が僕の「口伝」をこれからどういうふうに生かすのか、しまい込むのか、捨てちゃうのか、それは彼が決めることです。僕としては彼もいずれまた一族の古老として死期を迎えて、若者の手をとって「これは先祖から・・・」をやるときが来た時に、そこに僕からの「口伝」の断片がいくつか含まれていたら、それだけで十分に満足です。

 最後になりましたが、大きな世代の隔絶をはさんだこの対談を企画し、対話をたくみに導いてくださった中田考先生と、つねに変わらぬ忍耐と雅量で仕事を進めてくださった晶文社の安藤聡さんに心から感謝申し上げます。ありがとうございました。とても面白い本ができました。

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