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厚労省のブラックな働き方は、官僚たちから弱者への共感を失わせてしまう -「賢人論。」第105回(後編)武内和久氏


2019年8月、厚生労働省に衝撃が走った。「生きながら人生の墓場に入った」「家族を犠牲にすれば、仕事はできる」「毎日いつ辞めようかと考えている。毎日終電を超えていた日は、毎日死にたいと思った」など、現場職員の赤裸々な声を集めた、厚生労働省の働き方を変えるための提言書が、厚労省若手チームによって公表されたからだ。この提言書はたちまち各種メディアに取り上げられ、各界に大きな波紋を呼んだ。元厚労省キャリア官僚の武内氏は、この“提言書騒動”をどうとらえているのか。本音で語っていただこう。

取材・文/盛田栄一 撮影/公家勇人

厚生労働省は宿命的に他のどの省庁よりも忙しい

みんなの介護 厚生労働省の改革若手チームが公表した『厚生労働省の業務・組織改革のための緊急提言』と、その概要版『厚生労働省を変えるために、すべての職員で実現させること。』は、社会に大きな衝撃を与えました。働き方改革の本丸であるはずの厚労省で、こんなブラックな働き方が強制されていたとは……。今さらですが、厚労省OBの武内さんは、あの提言をどう受け止めましたか。

武内 あの内容は誇張でもなんでもなく、事実ですよね。20代30代の頃、私も平均して午前2時くらいまで働いていました。国会対応のときは午前4時とか。若い頃、夜に出かけないから、繁華街のネオンは見たことがありませんでした。入省2年目のときの上司の係長は、年中座りっぱなしのため、尻に褥瘡ができたくらいです。

みんなの介護 なぜ、そんなに忙しいのでしょうか。

武内 仕事量に対して、圧倒的に人員が足りないからです。

国家公務員の数の上限が決められたのは、「行財政改革」の旗印のもと、1981年に発足した第二次臨調(第二次臨時行政調査会)において。ところが、それ以降、厚労省(当時は厚生省と労働省)の仕事量は激増します。

国民の高齢化率は当時の9%から27%まで3倍に上昇し、社会保障給付の金額も総額25兆円から140兆円へと5.6倍に。こんなにも仕事量が増えたのは、厚労省だけ。にもかかわらず、職員数は削減していかなければならない。その分、職員一人当たりの仕事量は激増し、早晩パンクするのは誰の目にも明らかでした。

また、所管業務が国民生活に直結しているという質の問題があります。答弁に少しでも齟齬(そご)や不用意さがあると、四方八方から矢が飛んできます。不用意に揚げ足を取られないためには、国会答弁に完全武装で臨まざるを得ず、準備と詰めに恐ろしく時間がかかります。

加えて、利害調整が至難の業。厚生労働行政においては、医療福祉の事業者はもとより、企業経営者、労働組合、富裕層、貧困層の利害は相反関係にあります。利害と価値観の「相克」があるのです。しかも高度成長期と違って、日本経済という「パイ」は小さくなる一方ですから、結局は「損」の押しつけ合いになります。利用者負担なのか、国庫負担なのか、報酬を下げるのか…。

ほぼすべての政策で与野党が対立するため、医師会などの利益団体や、マスコミ対応を含め、いつでも周到な根回しが必要。厚労省は宿命的に、扱うべき仕事量が多すぎるのです。

厚労省の職員は忙しすぎる。弱者や困窮者に共感できなくなるのが最も怖い

みんなの介護 厚労省がそれほどまで忙しいのは、やはり好ましいことではありませんね。

武内 もちろんです。忙しすぎるのは、次の3つの点で大きなマイナスになりますから。

1つ目は、業務上の負荷がかかりすぎるため、生産性の負のスパイラルに陥ってしまうこと。業務上の一定の負荷であれば、負荷がかかるほうが生産性は上がります。火事場の馬鹿力のようにアドレナリンが分泌されて、集中力と判断力が高まるからです。

しかし、負荷が一定水準を超えると、疲労のため作業効率は一気に下がり、生産性が落ちると、やり残した仕事が増えて負荷が大きくなり、さらに疲弊して……と、悪循環に陥ります。

2つ目は、忙しすぎて外部との交流がなくなること。職員にとっては、情報量も人脈も乏しくなり、視野が狭くなって世の中の動きから乖離してしまいます。一方、外部の人にとっては、厚労省職員はきちんと話を聞いてくれないと感じ、敷居が高く感じられるため、新たな案件が論じられる機会も減っていきます。

3つ目は、職員が独善的になること。「自分たちはこんなに頑張っているんだから」という思いが強すぎると、「こんなに頑張っている自分たちが間違うはずはない」「こんなに働いてない人にとやかく言われたくない」と、思い込むようになってしまいます。そうなると、弱者や困窮者に対する共感力まで失われてしまう。これが一番怖いですね。

みんなの介護 厚労省若手チームの人たちも、そういった危機感から、今回提言を公表したんでしょうね。

武内 後輩たちは勇気を振り絞って、よく公表したと思います。 超高齢化が急速に進行しているわが国は、これからどうなっていくのか。「日本の未来」のかなり大きな部分が、厚労省の双肩にかかっています。後輩たちには、日々の忙しさに押しつぶされることなく、自分たちの信じる道を歩み続けていってほしいと期待しています。私も色んな形で応援していきます。


みんなの介護 最後に、介護業界に向けてのメッセージがあるそうですね。

武内 はい。私は厚労省の官僚時代、日本医師会や日本看護協会など、関連する業界の職能団体とさまざまなコンタクトを取り、ある意味さまざまなプレッシャーも受け、強い緊張感の中で働き、政策をつくってきました。

そんな中、いつも物足りなく感じたのは、介護関連の人たちがそうした対話の力、ときに集団としての政治的な力をうまく使えていないことです。介護業界にも、日本介護福祉士会という職能団体があるにはあるのですが、介護福祉士の加入率(組織率)はわずか4%ほどで、業界団体としての機能をほとんど果たせていない。

元官僚の私が言うのも変な話ですが、自分たちの業界を発展させるため、社会における自分たちのビジョンや権利を実現しようと考えるならば、小異を捨てて大同団結し、もっと声高に自己主張すべきです。介護現場で働く人は、すでに180万人を超えているのですから。日本の主要産業といっていいのです。

介護現場で深刻な人材不足が続いているのは、介護スタッフの待遇改善や社会的な地位向上がうまくいっていないから。課題は分かっています。介護現場を本当に良くしたいと考えるならば、一致団結して、自分たちの主張を社会にきちんと伝え、巻き込み、実現していくプロセスが必要です。“厚労省待ち”ではだめです。たとえば、「2025年までに〇〇したい」「2030年を目処に〇〇を目指す」など、まずは業界全体の目標を高く掲げてみましょう。

業界として明確な目標を掲げることができれば、介護スタッフの皆さんも一人ひとり、自己の目標やキャリアパスが見えてくるはずです。本当に現場の皆さんは素晴らしい努力と熱い思いを持っている。だからこそ、何とか、日本の誇るサービス分野、いや「文化」として介護を築き上げていきたいのです。

みんなの介護 なるほど、介護スタッフ一人ひとりのゴールが見えづらくなっている時代だからこそ、業界としてゴールを提示するわけですね。

武内 介護現場の労働環境がより良く改善されなければ、日本の超高齢社会にも明るい未来はありません。先ほど、私は厚労省の後輩たちにエールを送りましたが、この場をお借りして、介護スタッフ・事業者の皆さんにも心からのエールを送ります。一人ひとりの目標に向かって、どうか、がんばってください。わが国の未来をつくっていくのは、あなたたちです。一緒に進んでいきましょう。

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