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幼保無償化の「便乗値上げ」に怒るのは筋違いだ

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「便乗値上げ」という違和感の正体

つまり、保育は、「無償化」されようがされまいが、公金が注入されてきた「公的事業」なのである。それを維持しているのは、他ならぬ私たち納税者としての国民である。自らが納税者として維持している公的事業が、どれだけのカネを、どのような目的に使い、その結果、どれだけの社会的利益・効果を生み出したのか。知りたいし、知らされるべきであるというのが、財政民主主義の主体としての国民のまっとうな感覚であろう。

「便乗値上げではないのか」という保護者の違和感は、公金の投入先である保育施設が、自らの事業の計画とその結果、つまり、「値上げ」された分だけ、保育の「質」が高まるのかについて、十分に説明責任を果たしえていない、という不信感の表れと言えるのではないか。現状は、確かにその「不信感」は、子育てに関する当事者意識を持つ「保護者」において局地的に見られるにすぎないが、これが今後も局地的現象にとどまり続けるとは考えにくい。

教育への公的資金の投入が少ない日本

OECD(経済協力開発機構)などの国際機関は、日本の教育費用が主に家庭によって担われてきたこと、教育への公的資金の投入が極めて少ないことを指摘し続けてきた。2011年の日本の就学前教育段階における公財政教育支出の対GDP比は、OECD加盟国中、最下位であった。日本においては、教育は、各「家庭」において行われる「私的」な行為であり、「公的介入」の必要性は低い、それゆえ公金を投入する必要はないと考えられてきたのである。つまり、教育は「政治」ではない、と考えられてきたのだ。

今回の「無償化」は、就学前教育の費用負担における国・地方自治体の責任と役割を明確化したという点で、「子育ては、親(だけ)がするものである」という日本人の子育て常識を、「子育てと、子育てへの支援は、国民が共同して運営・維持するべき公的事業である」とする共通認識へと転換させるターニングポイントを画する。

OECDは、2000年代に入り、教育のうち特に就学前教育、つまり乳幼児期の教育への投資が、数十年後の社会的便益を生み出すというコストパフォーマンスの良さを強調している。手厚い就学前教育、つまり「質」の高い保育への投資が、それを受けた子どもに、数十年にわたって、社会政策という観点から見ればポジティブな影響を与え続けることが、長期的な「ランダム化比較試験」に基づくエビデンスと共に、OECDの報告書で示されている。

「手厚い保育」の効果は数十年続く

アメリカの経済学者ジェームズ・ヘックマンがしばしば言及し、日本でもさかんに紹介される就学前教育の効果の追跡調査のエビデンスとして、「ペリー就学前プロジェクト」や「アベセダリアンプロジェクト」がある。質の高い就学前教育を受けた子どもたちと、受けなかった子どもたちのその後を調査したものである。これらの「質」の高い就学前教育の子どもに対するプラスの効果は、その後数十年にわたって持続しているという。その就学前教育を受けた子どもの群は、受けなかった子どもの群と比較して、学歴が高く、持ち家率が高く、生活保護受給率が低く、逮捕率が低かったという。

そして、そのようなエビデンスが、各国の保育政策を、就学前教育、保育の「質」の充実に注力させる説得性の強い材料となっている。就学前の子どもへの手厚い保育は、その子どもが自らのライフコースを切り開いていくにあたって有益な「社会情動的スキル」、つまり多様な他者と良好な関係を構築し協同的な仕事ができるスキル(日本で「コミュニケーション力」と言われているものに相当する)や、自分自身の状態を客観的に認識し、感情をコントロールし、意欲を維持できるスキルなどを獲得するのに有益だとする知見が示されている。

「子育ては、子どもの親だけが責任を持ってすればよいし、するべきである」というのは、育児を私的行為・私事なのだとする認識だ。これを乗り越え、子育てと子育て支援は、多額の公金を投入し、納税者が共同的に支え、その実施と結果に関心を持ち続ける事業であるという、「育児=公的事業」観への転換の起爆剤になりうるのが、今回の「無償化」である。

「質の高い保育」で社会全体が得をする

育児を私的行為、私事であるとしている限り、保育は家庭で行われている育児の延長にすぎず、保育士は単なる親替わりにほかならないと見なされつづける。しかし、「質」の高い保育は、高度な知識・技能を有するプロフェッショナルである「質」の高い保育士・教師によって、そして「質」の高い施設環境でこそ可能なのである。そのような保育は、親による子育てとは別の意味を持つ、高度に専門化されたプロジェクトであり、それを運営・維持するためには、公金による下支えが不可欠である。家計負担だけに頼るわけにはいかないのである。

家計負担だけに依存すれば、豊かな家庭に生まれた子どもは「質」の高い保育を受けられるが、貧しい家庭に生まれた子どもは「質」の低い保育を受けざるをえなくなるか、あるいは保育そのものから排除されるか、のいずれかになる。一部の子どもを、「質」の高い保育から排除したことのコストは、社会全体が負わなければならないことは、「ペリー就学前プロジェクト」の追跡結果が何より雄弁に物語っていよう。

誰もが「育児や保育の当事者」

「公的事業としての子育て」を支える主権者として、私たち国民にはまず、保育に投入される公金のゆくえを追い、それが子どもたちにどのように還元されていくのか、その還元のされ方は適切なのか、つまり保育の「質」を高めるために資するのか、関心を向けていくことが求められる。子育てをしていようが、いまいが、である。

「無償化への便乗値上げ」問題の裏側には、事業者側に安易な「値上げ」を許す制度上の不備があり、その不備が、保育サービスの享受者、当事者としての保護者の怒りと不信を買った。ただ、ここまで述べてきたように、「質」の高い保育がもたらす便益を享受するのも、「質」の低い保育や保育からの排除がもたらすコストを負担するのも、日本社会の構成者としての国民全体である。

「便乗値上げ」について、保護者だけが怒っている、というのが現状である。しかし、「育児や保育は、社会共同の公的事業である」ということへの国民の認識が熟していけば、その「怒り」は決して保護者という当事者だけには留まらないだろう。私たち国民全てが、育児や保育の当事者であるし、未来もそうあり続けるはずだからである。ただ、そのことへの国民の意識は、いまだ十分に喚起されているとは言いがたい。私たち日本国民は、良い保育を喜び、そうでない保育に怒る、そういう成熟を遂げる画期を迎えている。

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吉田 直哉(よしだ・なおや)
大阪府立大学大学院准教授
1985年静岡県生まれ。東京大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程、神戸松蔭女子学院大学専任講師等を経て、2018年4月から現職。博士(教育学)。保育士。専攻は教育人間学、保育学。

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(大阪府立大学大学院准教授 吉田 直哉)

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