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上海で「かぐや姫」に溺れた海自1等海曹の末路

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■「かぐや姫」の女性に入れ込んだ1等海曹

「かぐや姫」に通っていたのは、この領事だけではなかった。

上対馬警備所(長崎県)に勤務していた40代の1等海曹が2006年8月、無断で海外旅行を繰り返していたとして停職10日の懲戒処分を受けた。海上自衛隊によると、1年2カ月の間に8回にわたって計71日間、上海に渡航していた。親しくなった「かぐや姫」の女性に会うためだったという。この海曹はこの年の2月、持ち出し禁止の内部情報を基地内の隊舎に保管していたことが発覚し、口頭注意の処分も受けている。海上自衛隊は、「渡航と持ち出しは無関係。内部資料を海外に持ち出したり情報を漏洩したりした事実はない」とする調査結果を公表している。

だが、警察当局によると、海曹は現金約350万円を女性に送金するなど「資金援助」もしており、2人の親密ぶりがうかがえる(※2)。さきの領事のケースを考えると、中国の情報機関が、この女性を通じて海曹に接触していた可能性は否定できない。

(※2)「上海カラオケ店の謎 スパイ拠点? 警察強い関心 海自1曹無断渡航」(朝日新聞2006年8月5日朝刊)

プロのエージェントだけではなく、留学生や研究者からホステスまでを使い、きわめて幅広く情報を集めている中国の手口が浮かび上がってくる。

あらかじめ狙いをつけた対象者からピンポイントで情報をとるのではなく、広く網をかけてすくい上げる。こうして収集した膨大な情報から有用な情報を抜き出すやり方だ。

中国の情報活動に詳しい日本政府関係者はこう認める。

「中国による人を使ったスパイ活動は、質量ともに世界最大規模と言える。だが、あまりにも多すぎて、全体像すらつかみ切れていないのが実情だ」

では、いったいどのような女性がどのようなきっかけでスパイ活動に手を染めるようになるのだろうか。

実際にスパイ活動に携わっていたという中国人女性から話を聞くことができた。

■いとこに「軍関係のいい仕事」と紹介され…

目の前に現れた女性は、身長170センチ、モデルのような体形だった。

北京市内の民間企業の受付で働く23歳。色白で、口尻にえくぼの出る微笑が印象的だ。

内陸部の農村出身。17歳のとき、軍で働くいとこから、「北京で軍関係の良い仕事があるから来ないか」と誘われた。アパートも手配してくれて、報酬も同年代の友人の倍以上もらえるという。二つ返事で受け入れた。

北京に着くとすぐに、いとこと一緒に「局長」と呼ばれる軍幹部と会った。

「局長」はある欧米人男性の写真を見せながらこう命じた。

「あなたには特務をしてもらう。この男性に接触して身辺情報を集めてくるように。あと、任務のことは一切、他言してはならない」

対象男性の職業や名前は教えてもらえなかった。ただ、北京市中心部の繁華街、三里屯にあるバーの店名と住所だけを告げられた。カナダやオーストラリア、ドイツの各大使館の近くにある。対象男性の行きつけだと説明された。

女性は翌日の晩、指定されたバーに向かった。ダンスホールでは、外国人客が大音量の音楽に合わせて踊っていた。地元の農村では外国人を見たことがなく気後れしたが、見よう見まねで体を揺らしていると、男性客から次々と声をかけられた。

そのうちの一人に対象男性がいた。

写真で見た通りだった。流暢(りゅうちょう)な中国語で「一緒に飲もう」と声をかけられた。話している内容から、大使館で働いていることがわかった。誘われるまま、バー近くにある男性のマンションに向かった。

■「マッサージ師」として潜入を命じられた

翌日、女性が「局長」に成果を報告するとほめられた。報酬として数千元(1元=約16円)をもらった。そして「交際」を続けるよう言われた。男性の出張予定のほか、同僚の名前や行動についても聞き出し、毎月1回のペースで報告するように指示された。

この女性はサウナ店への潜入を命じられたこともあったという。中国のサウナ店にはマッサージが併設されていることが多い。中国では売春は違法だが、裏で性的サービスを提供することもある。

峯村健司『潜入中国 厳戒現場に迫った特派員の2000日』(朝日新書)

「局長」から指示されたのは、北京市内で大使館や外国企業が集まる地域にある高級サウナ店だった。そこで「マッサージ師」として1カ月ほど働いた。タンクトップにミニスカート姿で、対象男性らに「治療」にあたった。マッサージをしながら売春をするように誘惑した。自身は売春はせず、別の性的サービスをする女性と入れ替わった。その後、対象男性がどうなったのかはわからないという。

女性は2年ほど働いてこの仕事から足を洗った。

「いとこから『愛国のために協力してほしい』と言われたので始めたのですが、将来性がなく、苦労のわりに稼ぎが良くないのでやめました。やはり人をだますことには罪悪感がありました」

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峯村 健司(みねむら・けんじ)
朝日新聞国際報道部記者
1997年入社。中国総局員(北京勤務)、 ハーバード大学フェアバンクセンター中国研究所客員研究員などを経て、アメリカ総局員(ワシントン勤務)。優れた報道で国際理解 に貢献したジャーナリストに贈られるボーン・上田記念国際記者賞受賞(2010年度)。著書に『十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争』(改題した文庫『宿命 習近平闘争秘史』)など。
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(朝日新聞国際報道部記者 峯村 健司)

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