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批評家・佐々木敦が語るあいトリ問題「本質は“正しさ”による他人の否定」

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アイロニカルで複雑なことができるのが芸術

―今回は、展示に反対する人からは「公共施設で開催しているのに」「公的な資金をもらってるのに」という主張も見られました。

むしろ日本やアメリカなんかが異例なんだけど、先進国においては文化にかかわる公的な予算は大多数の人が納得するような思想的背景を持つものに使わないといけない、という考え自体がすごく珍しいものだと思う。あえて芸術的な価値の話をすれば、どんな芸術であっても存在すること自体はありだというのは、どれだけマイナーだったり特殊だったりする表現であっても基本的に認められて然るべしじゃないか。文化行政としては、たくさんの人が喜ぶものを大切にするよりも、きちんと守らないと絶滅危惧種になってしまう表現を守ることも重要な役割だと思う。でも、日本ではそのようになっていない。

お金の話でクレームが入る背景には、まず90年代後半以降に出てきた自己責任論があって、それからずっと景気が悪いから余裕がなくなって自分に廻ってこないお金の使い道が気になるということがあると思う。芸術以外でも、福祉とか老人介護とか、いろんな領域で「そういうことにお金を出すな」「自分たちの税金を使うな」とか言う人がいるけど、それと同じこと。だけど、大多数の人がわからないからと言って「税金を使うとは何事だ」と言うのは本当に野蛮な主張であって、そんなことすら大手を振って言えるようになってしまったのが今の日本なんだよね。でも、素朴にわからないのは、「そんなことにお金を使うな」と怒る人は、もっとひどいいろんなことにもっと多くのお金が使われてることはどう思ってるんだろう。なんでそっちは言わないんだろう、って思う。

―言えない相手には言えない分、言える時は強く主張してしまう。

それから、日本人の良くないこととして、多数決を重視しすぎることの問題があると思う。10人の人が見て8人がわからなかったら全くダメなのか、ということ。日本では多数決の原理がすごく絶対的な選別として機能している。そして多数決で負けた側のことは考慮されない。そうなると人数が多い方についた方が得だから、そのように行動する人たちが増えていって、余計にアンバランスが極まっていく。多数決はひとつのシステムでしかないんだけど、そういう思考を強く持っている人が多いよね。

芸術とされている作品が、わかりやすい政治的なメッセージに還元されて、観た人の反応がイエスかノーかで二つに分かれるのって、どうかと思う。芸術はもっとひねくれたことができる。例えば、今回のあいトリにも出品していた小泉明郎というアーティストがいるけど、彼の少し前の作品で「夢の儀礼─帝国は今日も歌う」という映像作品がある。これは反天皇制運動のデモを捉えた映像作品なんだけど、何がすごいかというと、作者の立場がよくわからないことなんだよね。もしかして右翼の人なのかなとも思うし、右翼だとしても単なる右翼じゃない、左翼だとしても単なる左翼じゃないな、という。そこがすごくアイロニカルに出来ている。

観る人が極端な思想を持っていると受け取り方が180度変わっちゃうかもしれないし、観る者の考えを照らし出すように巧妙に作られている。本当にクレバーな作品で、芸術にはああいうことができるのだと感心させられる。1か0か、勝ちか負けか、敵か味方か、ではなく、世界の複雑さを表現できるのが芸術なのだと思う。多様性を認められない人は物事を二項対立に持って行きやすいし、わかりやすい分、それに引っ張られる人も多いけど、だからこそ小泉さんのようなやり方が意味を持つんだと思う。自分が信じているものの“あやふやさ”を再帰的に突きつけられるような作品のあり方。だからもっと複雑にならないといけない。アートだけではなく、人間の振る舞いでもそうだと思うし、僕自身は希望はまだ捨てていない。

BLOGOS編集部

「芸術って役に立つんですか?」への応答

―アイロニカルな複雑さが理解されにくくなっている状況がある一方で、わかりやすいものや役に立つものが評価される面もあると思います。「芸術は何のためになるのか」「どんな風に役立つのか」と聞かれたら、なんと答えますか?

少し前にTwitterで「芸術というのは、何かを考えはじめるためのもの、思考を起動するもの」とかって言ったんだけど、これはジル・ドゥルーズが哲学に関して言ってたことを言い換えただけなんだよね。哲学と芸術って僕にとってはほとんど同じもので、考えてもみなかったことを考えるためのきっかけになる。もちろん、そうして考えてしまったことに意味があると思えるかどうかはまた別のハードルがあるのだけど。

「芸術なんて何の役に立つんだ」といった物言いに対する答え方は二つあって、まずは有用性とか利用価値しか考えていなかったらむしろ人間は滅ぶよ、ということ。またそれ以前に、みんなとにかく役に立つかどうかを気にし過ぎじゃないかな。経験ってそういうものじゃないでしょう。後から思えば、あのことが役に立った、あの作品が自分をじわじわと変えていった、などというのが経験なのであって、なのにタイムマシンのように自分がやろうとしていることの有用性ばかり先回りして考えてしまう。それは結果として自分の可能性を縮減していることだと思う。

もう一つの答え方としては「本当にそれって役に立ってないですか?」ということ。役には立たないと思うかもしれないけど、ただ単に面白いって思えただけでも「役に立った」ってカウントしていいんだと僕は思っている。

―面白いだけで、それは何かではありますね。

どう役立つのかを先に知りたがるって話だけど、やっぱり余裕がないんだと思う。結局、身も蓋もないけれど、やっぱり日本の景気が90年代終わりからほとんど改善してないことが全ての土台になっているんだよね。精神的な意味でも物質的な意味でも、余裕がない。余裕がないからお金の使い道が気になるし、他人のことも考えられなくなる。そして自分にすぐ役に立つかどうかを重視する。それはある意味では仕方ないことかもしれない。でもそこを変えないと余計に未来はない。

芸術が役に立つかどうかは人それぞれかもしれない。でも何のために生まれてきたのかって言ったら、働いてお金を稼いで生活を維持して死ぬまで生きるためだけじゃないよね。物質的な喜びだけじゃなく、もっと単純に嬉しいとか、気持ちが上がるとか、生まれてきて良かった、と思えるような喜びがあっていいわけで。でも、そうではなく、単に実用的なことや功利主義的なことばかり何かによって考えさせられているのが現状。でも、それはまやかしであって、むしろ人にそう思わせることで利を貪っている何ものかがあるのだと僕は思う。他人をねたんだり羨んだりするよりも、そういう見えない仕組みに対して疑問を抱いてほしいと思う。そして、そういうことに気づかせてくれるのも芸術や文化の重要な効用の一つだと僕は思っている。

―そうですね。ところで佐々木さんのような批評家が、このように実際に起きていることについて語ると、意外に思う人もいそうです。

個人的なことで言うと、僕はおおよそ「役に立たない」と思われるようなことについて書いたり教えたりしてきたんですよ。それに、少なくともある時期までは、アクチュアルなことや時局に即した発言をあまり表明しないようにしていた。自分はそれぞれの作品や作家を論じるのであって、それを含むジャンルやシーンを云々することさえ自分に対して禁欲していた。

ただ、そこは時代の変化や自分自身が年齢を重ねてきたことで、だんだん変わってきたとも思う。人にはそれぞれ役割や能力がある。僕にできること、やってきたことは、芸術文化について考えたことを書くこと、喋ること、それを教える、伝えること。そうしたなかで、たぶん自分がいちばん重要だと考えてきたのは「理解」だと思う。人間にとってもっとも大切なのは「理解」。

理解に比べたら共感なんて簡単だ。でも共感はたやすく反感に変わる。好き嫌いも同じ。それよりはるかに重要で、だから難しいのが理解。何かを理解することと、理解したことに賛同するのは別問題だから、自分と全然違う考えだって、理解したうえではじめて「ここは同じだけどここは違う」などと言うことが可能になる。理解への努力をするということは、芸術文化の作品や表現においてもきわめて重要なことだと思う。

―なるほど。

だから自分は「理解」のためにいろいろしてきたんだと思っている。批評家ってのは単に名乗ってきただけで、というか僕にとって「批評」とは「理解」ということなんだよね。しかも自分は常に、いろんなジャンルの批評家の「もう一人」だと思ってきた。もしかしたらいてもいなくてもいいのかもしれないけど、たまたま自分という存在がいることによって何らかの可能性を示すことができる、というような。だから多数決では絶対負けるし、存在価値がないと言われても仕方ないし、ディストピアになったら真っ先に粛清されるんじゃないかと思う。でも、そういう人間だってそれなりに生きて来て、何かしらのことがやってこれたという事実、「いろんな人がいたうえでの、もう一人」がいられたということが、日本社会の過去数十年の豊かさだったのだと思う。今後、そういう豊かさが更に失われていってしまったら、僕のような「多数決で負ける」人間には日本に居場所がなくなるだろう。僕自身はもうトシだからなんとでもなるけれど、暗澹たる気持ちになることばかりなのも確か。そういうことを今回のあいトリの件でも考えさせられたし、それはどうにかしなければ、と思っている。実際には、目の前の一つ一つを相手にしていくしかないわけですが。

プロフィール

佐々木敦
1964年生まれ。批評家。音楽レーベルHEADZ主宰。文学、音楽、演劇、芸術ほかジャンルを越境した批評活動を行う。『批評時空間』『シチュエーションズ』『新しい小説のために』『アートートロジー』『ニッポンの思想』など著書多数。近刊に『この映画を視ているのは誰か?』『私は小説である』など。

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