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【ルポ・毒親介護】気力、体力、財力が充実した「ハイブリッド老婆」に苦しめられる長女 『毒親介護』高齢化した「毒親」が奪う子どもの人生――ケース2 - 石川 結貴

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【ルポ・毒親介護】要介護状態になった「毒親」を捨てたい──50歳の息子の葛藤 から続く

「恨みがあっても逃げれらない!」高齢の「毒親」に介護が必要になったとき、かつて虐待を受けた子どもはどうすればいいのか? 毒親との関係に悩む人たちの生々しい声を紹介し、その実態や心の内に迫った『毒親介護』が発売されました。文春オンラインで大反響を呼んだ「ルポ・毒親介護」を再掲載します。

 午後1時、ダイニングテーブルで昼食をとっていた森下早智子さん(仮名・53歳)は、「これ、いいわねぇ」とつぶやく母の声に顔を上げた。すでに食事を終え、テーブル脇のリクライニングチェアに陣取ったその視線が、大型テレビに注がれている。

「80歳からでも入れる保険! 持病があっても大丈夫!」――高齢者向け医療保険のCMにうんうんと頷きながら弾んで言う。「これなら私にピッタリじゃない。保険料も一生変わらないんだって」

 母はちょうど80歳、1年前に軽い脳梗塞になった。後遺症はないが定期的に通院し、毎日数種類の薬を服用している。なるほど「ピッタリ」には違いないが、早智子さんの背筋を思わず冷たいものが走った。

 この人は、まだまだ生きる気力満々なんだ。あと10年、いやもしかしたら20年、こんな生活がつづくのかもしれない。そう思った途端、真綿で首を絞められるような苦しさに包まれた。(#1「要介護状態になった「毒親」を捨てたい──50歳の息子の葛藤」から続く)

◆◆◆

「母が毒親かって聞かれたら、すごく答えがむずかしい……」

 早智子さんは言葉を探すように、困惑した笑みを浮かべた。ブルーのサマーニットに淡水パールのネックレス姿、50代女性らしい落ち着きを漂わせる。

「資金援助をするから広い家を買おう」

 4年前まで小学生向けの学習塾でパート講師をしていたが、更年期障害で不調がつづき、やむなく退職することになった。そのタイミングを見計らったかのように、母から同居話を持ち掛けられた。

「父の死後、母は都内の実家で一人暮らしをしていました。昔ながらの小さな庭付き戸建てですが、築40年で老朽化が進み、思い切って手放したいと言ってきたんです」

 当時、早智子さんは一家4人でさいたま市郊外に住んでいた。夫は都内の会社に勤めるサラリーマン、2人の娘は大学生と高校生だった。3LDKの自宅マンションは何かと手狭の上、最寄駅からバス利用と交通の便も悪い。

 住み替えができたら……。早智子さんの気持ちを見透かしたのか、母はおもむろに「お金」の話を持ち出した。自分が資金援助をするから広くて便利な家を買おう、というのだ。

「母は専業主婦でしたが、長年の貯金と父の遺産でかなりの財産を持っていました。加えて実家を売れば『億の単位よ』と言うんです。それに比べて我が家は、ローンや教育費で出費がかさむ。夫の給料は上がらず、私は仕事を辞めて家計は赤字寸前でした。いやらしい話ですが、正直母のお金に釣られたんです」

©iStock.com

あのときの母の言葉は「悪魔のささやきだった」

 さらに早智子さんを揺さぶったのが、「あっちの世話にはなりたくない」という母の言葉だった。「あっち」とは兵庫県に住む兄一家を指す。もともと母は兄を溺愛し、結婚後もかなりの援助をしていたらしい。反面、兄嫁との折り合いは悪く、兄自身も母を遠ざけていた。早智子さんは以前から、恩知らずな兄一家への不満を募らせていたが、ここにきて母が見切りをつけるという。兄に勝てたような優越感、母には私しかいないという責任感、そんな思いが後押しした。

 今にして思えば、あのときの母の言葉は「悪魔のささやきだった気がする」、そう早智子さんは嘆息した。一緒に暮らす、その選択の過ちに気づけずに明るい展望さえ描いていた。

 2015年3月、早智子さん家族と母は東京都豊島区内のマンションで同居をはじめた。「日当たりがいいわねぇ」、母は自分用の居室でにこやかに言い、一新した家具やベッドに囲まれてご満悦だ。新居購入費の3分の1は母の援助、代わりに今後の生活費全般を早智子さん夫婦が負担するという条件で、あらたな暮らしは順調にスタートしたかに思えた。

 だが、亀裂はほどなく訪れる。家事の進め方や日々の生活ぶりに母が干渉するのだ。たとえば料理にしても、「手際が悪いよ」「味が濃いね」「盛り付けがヘタ」と次々口を挟んでくる。

「マイルール」で一家を仕切り始めた母

「じゃあ自分でやれば?」、早智子さんがつい切り口上で返すと、「せっかく教えてあげようと思ったのに……」。ひどく傷ついた顔をして涙ぐむ。善意の押し売りは厄介だが、その上被害者ぶられてはますますやりにくい。

 母が繰り出す「マイルール」にも閉口した。「日光を浴びて脳を活性化させる」となれば、早朝からベランダに出て陽に当たり、歌まで口ずさむ。おちおち寝ていられないだけでなく、家族みんなにしつこく勧めるからたまらない。やんわり断ると、今度は別のルールを持ち出して一家を仕切ろうとする。

「私は夫にも子どもに恵まれた」と勝ち誇る

「一番嫌なのが娘たちを批判されること。長女は社会人、次女は大学生になりましたが、2人とも今どきの若い子特有の苦労をしている。長時間働いたり、就活に必死だったり、私から見るとすごくがんばっているんです。でも母は、『たいした仕事でもないくせに』とか、『彼氏もいないなんて情けない』とか悪く言う。そういう時代じゃないのよ、といくら説明しても通じないし、結局私の育て方がダメなんだとくるんです」

 そうして自分のこれまでを引き合いに出す。好きだったデパート巡り、趣味の生け花や観劇、夫婦で出かけた国内外の旅の思い出、ひとしきり過去の栄光を語っては「私は夫にも子どもにも恵まれた」、いかにも勝ち誇って言うのだ。

 そんな母と過ごすうち、早智子さんは心の奥の留め金がはずれ、子ども時代のもやもやした記憶が蘇った。テストで好成績を取っても、母は「この程度で喜ぶなんて甘いよ」とにべもない。仲良くなった女友達のことを話せば、「あの子は早智子と合わないでしょ」と遠回しに拒絶する。

 中学生のころ、はじめてもらったラブレターを無断で開封された。「年頃だから心配するのはあたりまえよ。それとも親に隠したい、おかしなことでもやってるの?」──あのときの母は汚いものでも見るような目で言い放った。翌月、早智子さんの生理がいつもより少し遅れると、「産婦人科に連れていく」と息巻いた。

 あれが本性とは思いたくない。それでも長いときを経て、早智子さんは母が隠し持つ毒針をようやく知った気がした。

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