記事

書評「ディープフェイクと闘う『スロージャーナリズム』の時代」 フェイクニュース対抗策の最前線を追う

2/2

両論併記の罠

 既存メディアが抱える問題点の1つとして、ファリス氏は「両論併記」に関連する問題を挙げた。ある意見とそれと対立する意見を同時に出す手法である。

 松本氏はここで、映画「否定と肯定」を想起する。

 米国の歴史学者デボラ・E・リップシュタット氏は、1993年、「ホロコーストの真実 大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ」を出版したが、本の中でその論を否定された英歴史著述家デービッド・アーヴィング氏がリップシュタット氏を名誉棄損で訴えた。映画は両者の法廷での争いをドラマ化した作品だ。

 松本氏は、「ホロコーストはなかった」という主張は「荒唐無稽のデマ」だが、もし「メディアが否定論者の意見にも同等のスペースを割いて歴史的事実と併記して紹介するとすれば、『否定論もまともに扱われるのに値する』との誤解と錯覚を読者や視聴者に与えてしまう」危険性を指摘する。

 この論争自体は極端な例ではあるとしても、「悪意や政治的意図を秘めた人々が、歴史に対して巧妙なやり方で異議申し立てを企ててきた場合に起こる恐ろしさを、私たちは何度でも認識し直しておく必要があるだろう」。情報を少しずつ変えたり、わざと間違って引用するなどして情報を「大胆に」書き換え、「結論を都合のよい方向にもっていく」歴史修正主義者的な言説は「今や日本でもごく当たり前にみられるといえるからだ」。

ファクトを積みあげた沖縄の作品を制作した、映画監督

 松本氏は米国で研究者のインタビューを重ねながら、その一方で日本でジャーナリズムに日々関わる人々や学者にも話を聞いた。

 例えば、メディアアクティビストの津田大介氏、社会学者見田宗介氏、スマートニュースのフェローである藤村厚夫氏、スマートニュースメディア研究所の瀬尾傑所長などの所見がおさめられている。

 ここでは、ドキュメンタリー映画の監督、大矢英代氏のジャーナリズム観を紹介してみたい。

 大矢氏は琉球朝日放送勤務後、カリフォルニア大学バークレー校のジャーナリズム大学院で調査報道を学んだ。現在、カリフォルニア在住。「『国家と暴力』という重いテーマに正面から向き合う気鋭のジャーナリスト」で、昨年、初監督作品の「沖縄スパイ戦史」が第92回キネマ旬報文化映画第1位を含む、数々の賞を受賞した。

 沖縄で取材を行ってきた大矢氏は、このように述べている。「沖縄を見つめるほどに、日本という国の姿が鏡ように見えてきました」。それは「主権なき国、米国の属国としての沖縄の姿」だった。

 日米のジャーナリズムの違いについて、大矢氏はあくまで「主観」であるという前置きをしながら、「ジャーナリストたちの意識の違い」を挙げた。米国のジャーナリストは「会社のためではなく、言論の自由、人権、市民の命を守るためにペンやカメラを持つ」。

 言論の自由を保障する合衆国憲法修正第1条を基盤として、「『報道は権力を監視するのが使命だ』という理念をジャーナリストたちが認識し、共有している」という。背景には「権利と自由を勝ち取ってきた長く、苦しい、市民の闘い」があり、「そういう意味では、日本にはまだ『市民のためのジャーナリズム』は確立されていないのではないでしょうか」と問いかける。

 日本国内で唯一、言論の自由を勝ち取った経験を持っているのが、「地上戦と米国施政政権下を経験した沖縄だと思います」。

調査報道は組織でなくても、できる

 本書の最終章は、スロージャーナリズムを取り上げた。

 スロージャーナリズムの1つとして位置付けられる、調査報道。松本氏によると、必ずしも大人数のチームが必要というわけではない。「問題意識とその問題に迫る力量のある記者やデスク(報道最前線の司令塔)がそこ(現場)にいるかどうか」がすべての出発点だからだ。

 松本氏自身に、スロージャーナリズム・調査報道の統括経験がある。

 2001年9月11日、米国大規模テロが発生し、大量の情報があふれ出た。その中から「事件の本質につながるデータとファクトを洗い出し、時間をかけて徹底的に検証する『スロージャーナリズム=検証ジャーナリズム』」が、報道の本筋になるべきと考えた松本氏は、米国各地で取材を行い、「米国にとって正義とは何か」を問い続けた。

 その1つの帰結が、2010年、イラク戦争の影響や課題を検証するためにイラク、米国、英国、ドイツ、フランスに出かけて取材した後にまとめた「55人が語るイラク戦争 9・11後の世界を生きる」(岩波書店)だ。

 2007年から08年にかけては、朝日新聞での長期連載「新聞と戦争」企画で統括デスクとして、メディアの責任を徹底検証した。「この連載は歴史をフィールドにした調査報道だ」と取材班に伝えたという。

 事実を積み上げて、「今」を綴る。本書はフェイクニュースについての本であると同時に、ジャーナリズムについての本でもある。

 トランプ大統領のフェイクニュース発言、米国の右派メディアの拡大、日本のフェイクニュースや調査報道の行方について考えてみたい方に格好の書である。

あわせて読みたい

「フェイクニュース」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    中等症めぐり政府の揚げ足を取る毎日新聞 いい加減な記事を出すのは許されるのか

    中村ゆきつぐ

    08月04日 08:26

  2. 2

    患者対応をめぐる行政と開業医の役割分担 国会議員がルール化する必要性を橋下氏指摘

    橋下徹

    08月04日 12:14

  3. 3

    強行放送!緊急事態宣言下の24時間テレビは「ジャニーズ祭り」

    渡邉裕二

    08月04日 08:04

  4. 4

    環境省がエアコンのサブスクを検討 背景に熱中症死亡者の8割超える高齢者

    BLOGOS しらべる部

    08月04日 18:05

  5. 5

    東京都心に住むコストをケチってはいけない

    内藤忍

    08月04日 11:37

  6. 6

    「スゴイ日本!」ばかりのテレビ五輪放送。在留外国人は東京五輪を楽しめるか

    Dr-Seton

    08月05日 08:29

  7. 7

    オリ・パラ後の新国立は誰のためのスタジアム? - 上林功 (追手門学院大学准教授)

    WEDGE Infinity

    08月04日 09:49

  8. 8

    菅政権の自宅療養方針に与党議員が批判?? 無責任な姿勢は最低なパフォーマンス

    猪野 亨

    08月04日 14:17

  9. 9

    有害な言論はどこまで警戒すべきか?

    元官庁エコノミスト

    08月04日 15:07

  10. 10

    五輪マラソンで札幌は再び医療崩壊の危機

    田中龍作

    08月04日 19:18

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。