「ヤフトピはヤフーやスポンサーにとって悪いニュースこそを載せる」。読売新聞からヤフーに移りヤフトピを創設した奥村倫弘(現東京都市大学教授)が当時のニュース部門の責任者・宮坂学(現東京都副知事)に言った言葉だ。このヤフー・ニュースの「公共性」は、ラインとの統合によってどうなるか。『2050年のメディア』(文藝春秋)でヤフー・読売・日経のこの20年の攻防史を初めて明らかにした下山進が分析する——。

96年の誕生時から「ヤフー」の海外展開はできなかった
私は『2050年のメディア』を次のように終えている。
デジタル化とグローバル化の潮流に抗して企業は生き残れない。
ヤフー・ジャパンが、創業時の進取の気性をもって、ソフトバンクグループとともにグローバル化に挑むとすれば、それはそれで、また新たな心躍る物語の誕生ということになるだろう。
11月18日、ヤフーとラインの統合が正式発表され、川邊健太郎ヤフー社長と、出澤剛ライン社長の記者会見が行われた。ヤフーとラインの統合については、13日夜からニュースが流れ始め、14日の各紙朝刊はこぞってこれを書いた。
多くの記事は、ペイペイとラインペイの統合シナジーなどに目を向けていた。が、私は、このニュースを最初に聞いた時に、ああ、いよいよ、日本のヤフーがグローバル化に挑もうとしているのだな、と思ったのだった。
というのは、ネットというボーダーレスの空間で興隆してきた企業でありながら、ヤフー・ジャパンは、96年の誕生時から米国ヤフーとの契約によって、ヤフーの商標をつかった海外展開ができなかったからだ。
「コンテンツをつくりたい」という社内の声を抑えてきた
米国のヤフーは、記者やプロデューサーを雇い、自らコンテンツをつくってメディア企業になろうとした。一方、日本のヤフーは、月間224億PV(2004年当時)というガリバーになっても、「自分たちでコンテンツをつくりたい」という社内の声を抑えて、あくまでもプラットフォーマーに徹した。

その結果、米国ヤフーは、さまざまな経営者に変わったあと、事業体としてその寿命を終え、通信会社のベライゾンに売却された。ヤフー・ジャパンの株をもっていた後継会社のアルタバが、ヤフー・ジャパンの全ての株を売却したのは2018年の9月。
このとき、ソフトバンクの孫正義は、初めて米国からの縛りから逃れ、ヤフーを完全に自由にできることになったのだった。そして、最初の一手として、ヤフーの株を買収、ソフトバンクが45パーセントの株を持つ親会社になった。これが、2019年6月27日。
その次の手が、子会社となったヤフーと日本のラインの経営統合だった。
目的は、GAFA、BATHに対抗する「第三極」になること
今年6月の株主総会でヤフーの会長を退任し、完全にヤフーから離れた宮坂学と飲んでいた時、ヤフーの国際化の話になったことがある。
宮坂は「今、世界の人々は、GAFA陣営かBATH陣営のどちらの経済圏に入るかということになりつつある。しかし、その中でアジアの国々でそれなりのプレゼンスをもって出ていっているのがラインだ」と語っていた。
そのことがあったので、私はすぐに、この統合の本当の狙いは、ヤフーのグローバル化にある、と踏んだのだった。
実際、11月18日の記者会見で、川邊健太郎ヤフー社長と出澤剛ライン社長の二人は、はっきりと今回の統合の目的を、「日本・アジアから世界をリードするAIテックカンパニー」になることとした。
ラインがすでに進出し優勢となっているアジアのタイや台湾、マレーシアのような国々を足掛かりに、米国勢のGAFA(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル)、中国勢のBATH(バイドゥー、アリババ、テンセント、ファーウェイ)に対抗する第三極としてのグローバル展開が目的と言明したのだった。
学生全員は「ニュースはラインで見ている」と答えた
川邊社長は、今回の統合は弱いところをお互いに補う、シナジーの効果が高いとも言った。
確かに、SNSを出発点にコマースや決済サービスに広がってきたラインは若年層に強く、パソコン時代からのヤフーは中高齢層に強い。
だが、その中で気になるのは、両社のシナジーが効かず、ほぼ同じ事業を行っている分野だ。
そのひとつにニュースがある。
ヤフー・ニュースは後発のライン・ニュースを常に気にかけていた。私は、慶應SFCで調査型の講座「2050年のメディア」を持っているが、その中でヤフー・ニュースの幹部の取材に立ち会ったことがあった。そのとき、幹部は学生たちに、「ニュースはどのアプリで得ているのか?」と聞いたが、全員が「ライン」と答えた。
「まずラインでメッセージをチェックしてそのまま画面の下にいって、右に指を動かしニュースをタップ、ニュースをチェックする。そう手がもう覚えてしまっている」
こう学生が答えたとき、その幹部は明らかにショックをうけていたように見えた。