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警官隊の大学キャンパス突入に募る怒り 5ヶ月目に入った香港デモ - ふるまいよしこ

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◆「プライベートエリア」にも強行突入する警察

山間にその地形を利用して立っていることから緑豊かで、香港随一の美しさを誇る香港中文大学のキャンパスに、催涙弾が次々と着弾し、フル武装の機動隊がいつもは学生がサッカーを楽しんでいるグラウンドを横切っていく…ネットで流れたあまりにもシュールな光景に多くの香港市民は言葉を失った。いったいなんのために?

この前日の11月11日には、警官隊が市街地にあるいくつかの大学にも突入しており、やはり催涙弾やゴム弾をまるでそこがいつも警察が管理している路上かのごとく遠慮なく打ち込み、激しい非難を受けた。

AP

逃亡犯条例改定案をきっかけにしたデモが始まって5ヶ月。改定案自体は先月の立法会議会で撤回宣言が行われたが、事態はすでにそう簡単には振り出しに戻らない、いや引き戻せないところまで来てしまった。

6月から市民が叫び続けている五大要求(改定案の撤回/「暴動」定義の撤回/デモ関連逮捕者の起訴取り下げ/独立調査委員会の設立/民主的選挙の実施)のうち残りの4つの実現を求め、抗議者側は徹底的に抗戦を続ける一方で、警察の行動の激しさはますますエスカレートしている。警察はデモが行われる路上や公的機関での取り締まり以外に、ショッピングモールやマンション、店舗など特定の管理責任者が存在する「プライベートエリア」にも強行突入するようになっており、それを拒もうとした警備員や管理者などが公務執行妨害で逮捕されるという事態がほぼ日常化してしまっている。

一般的にはこうしたプライベートエリアでは、管理者が管理権を持っており、警察はその要請の下において、あるいは裁判所が発行する捜査令状を手にして初めて踏み込むことができる。だが今では具体的な誰を標的にしたわけでもなく、ドアを壊さんばかりに叩き、相手が怯んだすきに取り押さえ、仲間たちがずかずかと入り込み、そこに居合わせた人たちを怒鳴り上げ、次々と組み伏せている。

◆若い男性を中心に警官の標的に?

街ではすでに黒いファッションで歩いているだけで呼び止められて囲まれ、ちょっとでも抵抗や反抗を見せると、暴力的に抑え込まれる。特に20代前後の男性は警官と目を合わせると標的にされる。ちょっとでも反抗が激しければ激しく殴打され、呼び止められて血だらけになるといった事態も珍しくない。さらにネットには明らかに妊婦と思われる女性が、警官に不満を述べただけで地面に引き倒されて押さえつけられる様子が動画になって流れていた。あの女性とお腹の子どもはどうなったのだろうか(たぶん、その後が流れてこないところを見ると、その場にいた市民たちが激しく非難していたので釈放されたのだろう。お腹に影響がないといいのだが)。

公道ですらそんな状態なのだから、自宅マンションやオフィスであっても「突入されたところに居合わせたら…」という不安を抱えながら市民は日々を過ごしているのである。

共同通信社

警察側は「正当な理由がある」「プライベートエリアだからといって犯罪者の巣窟にしてはならない」と法的正当性を主張するものの、まるで戒厳令下に置かれた如くの警察権力の無制限な拡大に市民はまったく納得していない。

そして起こった、冒頭のまるで映画のようなキャンパスでの抗戦活動は、人々の心に衝撃を与え、凍りつかせた。

◆香港市民の日常になった「異様さ」

今回の大学突入に至った直接のきっかけは、一人の大学生の死だった。彼は4日未明に自宅付近のマンションの2階駐車場通路の床に激突した状態で倒れているところを発見され、病院に収容されたが脳死状態のまま8日早朝に亡くなった。

この駐車場は上階も駐車場になっているが3階には通路がなく、2階通路が吹き抜けになっている。彼はそこから転落死したと見られるが、なぜ彼が3階の手すりを越えて落下するに至ったのか、具体的なことはわからないままだ。スマホの記録をたどった結果、直前まで友人とマンションのすぐ前で起こっていたデモや警官隊の写真や、相手の安否を気遣うメッセージをやりとりしており、自殺の可能性はなかった。事故の可能性が高いとされるが、ならばなぜ3階の手すりを乗り越えたのか? 

ある分析では、デモが警察によって蹴散らされた後、警官隊が付近のマンションでしらみつぶしのデモ参加者の捜索を行っており、亡くなった大学生は駐車場内に入ってきたその姿を目にして本能的に手すりを越えて身を隠そうとしたのではないかという。もちろん、まだ確証はないのだが、今の街なかの緊張状態では客観的にみてもありえないことではない。だが、この学生はこの日のデモには参加していなかった。

そこから、彼は直接の衝突で亡くなったわけではないものの、それでも広い意味でデモに関わっていたことで、この5ヶ月で初めてのデモ絡みの死者となった。学生の回復を祈り続けた市民たちは彼の死亡が伝えられた日、市内のあちこちで追悼集会を開催。警官たちがそれらを取り囲み、一部会場では一部参加者との小競り合いがいつものように衝突へと発展した。

こう書くと異様に思うかもしれないだろうが、そこまではある意味、ここ数ヶ月間の香港では「いつもの光景」だった。逆に言えば、市民はどこかでまた衝突が起こることを予想しながら、それでもその学生の追悼集会に参加した。こうした「異様さ」はすでに香港市民の日常のあちこちに存在しており、それを避けて通れないことを皆が意識して暮らしているのだ。

◆警察による無差別の敵視に怒りが爆発

だがこの日、追悼集会を取り囲んだ警官の中から「ゴキブリども、できるならかかってこい」「今日はシャンパンを開いてお祝いだ」という声が飛び出し「いつもの光景」が一変した。「ゴキブリ」とは、デモ隊が揃って黒い服を身に着けていることから警官がデモ隊を呼ぶときに使っていることはすでに知られていたが、「お祝い」「シャンパン」という言葉はさすがに追悼に来ていた人たちを刺激した。というのも前述したとおり、学生の死と警察の関係はまだ明らかではない。その日の午後には政府や警察トップも彼の死に哀悼の意を表明している。なのに、前線警官が堂々とその言葉を吐いたのである。いかに警官が大学生を、そしてその年齢層の若者を無差別に敵視しているかがわかるだろう。そこに市民の怒りが爆発した。

そして翌週月曜日の11日にストライキが呼びかけられ、デモ隊はその日早朝から交通をストップさせるため、各地の主要道上にレンガなどを積み上げるというゲリラ活動を展開した。同日朝、香港島東部の西湾河(さいわんほー)で取り締まりにあたっていた警官が、参加していた若者たちに向けて発砲、1人は腎臓を摘出する事態となった。さらに、九龍半島にある葵芳(くわいふぉん)では路上に集まったデモ隊に向けて白バイが2度3度と突っ込み、けが人が出ている。

AP

またその一方で、新界の馬鞍山(まーおんさん)ではデモ隊と言い争いになった男性が、デモ隊側にいた人物から可燃性の液体をひっかけられた直後に火をつけられて火だるまになるという事件も起きている。この男性は病院に収容されたが、皮膚の4割をやけどして重体となっている。また同じ週にはデモ隊が投げたレンガを頭に受けた70歳の老人が亡くなり、デモ2人目の死者が出るという最悪の週になった。

◆「暴力がエスカレートした責任は警察」と考える人が半数以上

警官の常軌を逸した、無差別な「暴力」に対するメディアの激しい追及を受けて、白バイ警官は現在休職扱いで調査を受けていることを警察の報道官が記者会見で明らかにした。それでもその警官の行為の不当さ、あるいは警官たちの精神状況についての質問には言葉を濁した。林鄭月娥行政長官も「すでに政府や行政長官は警察をコントロールできなくなっているのではないか」と記者会見で詰問され、「個人的には不適当な発言だったと思う。だが、こうした個別の発言に対してはきちんとした調査を待たねばならず、そこからそのまま警察が制御不能という判断に発展するのは間違っている」ときびしい口調で述べ、相変わらずの警察に対する全面支持の姿勢を見せた。

だが、政府の全面的庇護を受けて拡大を続ける警察権力は市民の憎悪の的になっている。10月中旬に香港紙「明報」が行ったアンケート調査で警察に対する信頼感を0から10のポイントを選ぶ形で求めたところ、「0」と答えた人の数が51.5%とデモ始まって以来初めて過半数を突破。そこに「1〜4」をつけた回答者を加えると、現状で警察に不満を持っている人たちは全体の7割を超えている。

また、学者ら有志が運営する「香港民意研究所」が今月7日から14日にかけて行ったアンケート調査の結果では、「暴力がエスカレートした責任」に対して、73%の回答者が「香港政府が非常に大きな責任を負っている」と答え、また「警察の責任」が58%、「デモ隊の責任」とした人は25%と、大きな開きがある。「それなりに責任がある」とした人をそれぞれに加えると、政府の責任は84%、警察が74%、そしてデモ隊は41%と、非難の矛先は具体的な行動を起こすデモ隊よりも、圧倒的に市民側を押さえつけようとする政府や警察に向けられている。

これらの結果は、日本のメディアの報道を見て受けるイメージと大きくかけて離れている。それはまず、日本メディアの報道の焦点が現地にいる記者自身が目にした「異様さ」に当てられ、「なぜそこに至ったのか」についての深層報道はあまりなされていないこと。また、取材を受け付けない警察に対してどうしても取材の矛先はデモ隊に向けられ、日本の平和な日常に暮らす視聴者には「デモ隊の異様さ」しか伝わらず、それが直接「悪」として視聴者に印象付けられやすい。

AP

しかし、24時間その中で暮らしている香港市民は「異様さ」はデモ隊だけにあるのではないことを日々体感している。住み慣れた街にペッパースプレーや催涙ガスの匂いが充満するのは、それらを乱発する警察のせいだと考えている。実際に、1990年代をまるまる香港に暮らした筆者の30年来のノンポリ(だったはずの)友人たちも、今回の大学キャンパスでの激しい攻防戦の最中に次々と、「今日の生活がどんなに不都合を強いられようとも、我われは抗議者の側に立つ。彼らは我われの未来のために戦っている。抗議者を誇りに思い、また彼らへの支援を止めない」といった「宣言」をフェイスブック上でシェアし続けているのである。

「異様な日常」を強いられた市民のこうした支持や支援こそ、激しいデモが5ヶ月経っても続く最大の理由となっている。

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