記事

「趣味の歴史修正主義」を憂う - 大木毅 / 現代史家

1/2

拙著『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(岩波新書)を上梓してから、およそ3 か月になる。幸い、ドイツ史やロシア・ソ連史の専門家、また一般の読書人からも、独ソ戦について知ろうとするとき、まずひもとくべき書であるという過分の評価をいただき、非常に嬉しく思っている。それこそ、まさに『独ソ戦』執筆の目的とし、努力したところであるからだ。

残念ながら、日本では、ヨーロッパにおける第二次世界大戦の展開について、30 年、場合によっては半世紀近く前の認識がまかり通ってきた。日本のアカデミズムが軍事や戦史を扱わず、学問的なアプローチによる研究が進まなかったこと、また、この間の翻訳出版をめぐる状況の悪化から、外国のしかるべき文献の刊行が困難となったことなどが、こうしたタイムラグにつながったと考えられる。もし拙著が、そのような現状に一石を投じることができたのなら、喜ばしいかぎりである。

元ナチとネオナチが形成した第二次大戦像

筆者が、欧米の第二次世界大戦史理解と日本のそれとの溝を埋めようと試みたのは、『独ソ戦』が初めてのことではない。10 年ほど前から、各種の雑誌で新しい知見を紹介し、単行本にまとめて出版する、あるいは、欧米の重要な文献を訳出する作業を繰り返してきた。そのあいだに、いわゆる戦史・軍事史マニア、サバイバルゲームや軍装マニアの愛好家と接する機会を得るようになった。そのうち、複数の人物から聞かされた話がある。彼らの趣味の世界では、古参に属する世代、年齢的には五十代後半以上の人々から、新しい第二次世界大戦像など受け入れる必要はない、自分たちの理解に従っていればよいと強要されるというのだ。

そのような古参のいう「自分たちの理解」とは、おおむねディヴィッド・アーヴィング(David Irving)やパウル・カレル(Paul Carell)の著作によって形成されたものである。アーヴィングに関しては、映画『否定と肯定』(原題 はDenial。2016 年公開)で、日本でもその実体がよく知られたことと思う。ホロコースト否定論者にして、ネオナチのイデオローグである著述家だ。しかし、ヒトラーはユダヤ人絶滅を命じていないと主張した『ヒトラーの戦争』や、ロンメル将軍を総統に忠実な軍人で、1944 年 7 月 20 日の暗殺計画も知らなかったものとして描き出した『狐の足跡』が1980 年代に翻訳出版されたためか、日本では、いまだにアーヴィングを「歴史家」とみなす向きが少なくない。

パウル・カレルは、1950 年代末から60 年代にかけて、『砂漠のキツネ』や『バルバロッサ作戦』など、当時の西ドイツで100 万部単位のベストセラーとなり、数か国語に訳された作品をものした戦記作家である。それらは日本においても出版され、かつてはヨーロッパの第二次世界大戦に関するスタンダードとされていた。筆者も十代のころには、夢中になって読んだものであった。

が、長じて欧米の欧米の戦史に関する専門書に接するようになると、あきらかに史実の歪曲であると思われる部分が眼につくようになった。それもそのはず、彼の正体は、ナチ時代に若きエリートとして外務省報道局長を務め、親衛隊の将校でもあったパウル・シュミット(Paul Schmidt)だったのだ。パウル・カレルとは、戦前戦中の経歴を隠して文筆活動を行うためのペンネームであった。当然、その記述は、ナチス・ドイツ弁護論ともいうべき政治的な意図にもとづき、史実を歪曲、あるいは隠蔽するものになっていた。

これらの事実が、ドイツの歴史家ヴィクベルト・ベンツが2005 年に出版した研究書(*1)で暴露されると、カレルの権威は地に墜ちた。2010 年には、ドイツ連邦国防軍の陸軍兵士向け教材にカレルの著書の一部が使われていたことが発覚し、連邦議会で軍当局が追及されるという事件も生じている。2019 年現在、初刊以来、版をあらためては市場に供給されつづけてきたカレルの著作は、ドイツではすべて絶版とされている。

こうした背景をみれば、アーヴィングやカレルが提示したヨーロッパの第二次世界大戦像のゆがみも、はっきりするであろう。アーヴィングは、史料の恣意的引用や歪曲により、ホロコースト否定論というデマゴギーを編みあげた。カレルは、対ソ戦はスターリンが企図していたドイツ侵攻に先手を打っただけのことであり、しかも、それは全ヨーロッパが参加した反共十字軍だったとみなしている。

加えて、ドイツ国防軍の戦争犯罪やナチ犯罪をいっさいネグレクトしていることも見逃せない。ドイツのジャーナリスト、オットー・ケーラー(Otto Köhler)の言を引くなら、カレルは、独ソ戦を「英雄的なドイツ人はいても、ドイツ人による大量虐殺はない」戦争としたのである(*2)。また、今日の一次史料によるリサーチと比較対照すると、人名や部隊番号といった単純な事実関係にも間違いが少なくないことも指摘しておこう。

歴史修正主義を強要する古参マニア

にもかかわらず――軍装やナチのコスプレといった趣味の界隈では、カレルやアーヴィングの第二次世界大戦観を奉じ、それ以外の理解を拒否する古参マニアが存在する。彼らは何故、そんな姿勢をくずさないのだろう。筆者が聞きおよんだかぎりでは、どうも、より若い層に脅威を感じているというのが、その理由であるらしい。

外国文献を入手することさえ困難だった旧世代とは対照的に、ネット時代以降の新世代は、ウェブを通じてドイツ軍の一次史料に接し、なかにはドイツ語の習得に励む者もいる。そうした若いマニアに知識で追い抜かれた旧世代は、趣味の世界における自らの権威を守るために、カレルやアーヴィングの主張にしがみついているということのようだ。極端な例だと、ほかの研究者による書物は間違いだから読むなと言い放った者もあるとか。

作戦・戦術に優れた「清潔な」ドイツ軍は、野蛮で未熟なソ連軍に勇敢に立ち向かったものの、数で圧倒され、敗北の苦杯を嘗めたとする独ソ戦像こそが「正しい」のである──。むろん、こうした認識を抱く人々の主張は周縁的なものであり、目くじらを立てるほどのことはなかろうと思われる読者も少なくあるまい。だが、彼らが自らの執着を若い層に押しつけ、それが歴史歪曲につながっているとなれば、そう鷹揚に構えてもいられない。

カレルやアーヴィングによって「培養」された偏見は、ネオナチ思想や反ユダヤ主義と親和性があり、しばしば歴史修正主義に至る。複数の若いマニアが訴えるところによれば、古参のなかには、アウシュヴィッツはユダヤ人のでっちあげであるとか、ヒトラーの対ソ戦決断は、スターリンのドイツ侵攻計画に先手を打ったもので、何の問題もないなどと公言してはばからない人々がいる。

看過できないのは、それらの人物が、長年趣味の世界に貢献してきたがために、大きな影響力を持っていることだ。彼らは、その立場を利用し、自分たちの意見に従うよう、後進たちに強要する。具体的には、右のような主張に同調しなければ、趣味の集まりやイベントから排除していく――あるマニアの言葉を借りると、「逆らえばハブられる」のだという。

彼ら旧世代の認識は、しょせん古いものであり、時を経るにつれて払拭されるとの判断もあり得るだろう。が、はたして、そのように楽観してよいものかどうか。カレルやアーヴィングがつくりだしたイメージは、劇画や戦記読み物、通俗的なムック、さらには、いわゆる「萌えミリ」作品を通じて、現在もなお流布されている。なかには、美少女キャラクターを使って、旧ドイツ国防軍の将軍たちが行った弁明やカレルの独ソ戦像を広めたものさえあった。こうしたサブカルチャーを通じた歴史修正主義の影響力は過小評価されるべきではない。そこには、政治的・思想的な側面に無自覚なものであるとはいえ、まさしく「趣味の歴史修正主義」ともいうべき状況が存在しているのである。

ちなみに、こうしたサブカルチャーを通じたドイツ国防軍や武装親衛隊美化の問題は、アメリカにも存在している。これを研究した歴史家スメルサーとデイヴィス二世は、かかる現実にはない戦史イメージに固執する者を「夢想家(romancers)」と呼んだ(*3)。

戦史研究家のトリック

そうした「趣味の歴史修正主義」者たちが、おのが正当性の根拠として、しばしば引き合いに出すのは、ミリタリー雑誌等に寄稿する日本の戦史研究家たちの記述である。むろん、そのような文筆家には、好きこそものの上手なれで、舌を巻くほどによく調べ、傾聴すべき議論を展開する者も少なくない。だが、一方で、新しい文献を調べようともせず、カレルやアーヴィングの訳本で得た知識レベルに安住した記事や著書を出す者がいるのも事実である。彼らにとっては、右の両者が元ナチやネオナチのイデオローグで、その著作が資料として信頼できないというのは、よほど不都合なことであるようだ。なかには、敢えて無理な擁護論を述べる戦史研究家もいる。

たとえば、前出のアーヴィングによるロンメル伝『狐の足跡』は、今日では、恣意的な引用、拡大解釈、史料の歪曲があり、きわめて問題のある著書であると具体的に証明されている。にもかかわらず、『狐の足跡』が、ロンメルの未亡人と息子のマンフレートの協力を仰いだ上で執筆されており、同書が刊行されたときにも、存命だった二人の遺族も異議を唱えていないとして、そこに引かれた文書や発言は信用できるとする戦史研究家もいる。

しかし、『狐の足跡』刊行当時には、ロンメル未亡人はすでに、この世の人ではなかった。彼女は 1971 年に死去しており、1977 年に原書が出版された『狐の足跡』をチェックすることは不可能だった。何よりも『狐の足跡』自体に、「ロンメル夫人とは生前、2 回あって話をしたことがある」との一文があり、出版以前に彼女が死去していたことが明示されているのだ。息子のマンフレートもまた、『狐の足跡』に関して口をつぐんでいたわけではなく、1978 年に、ドイツの週刊誌『デア・シュピーゲル』のインタビューに応じて、アーヴィング批判を述べている(1978 年 8 月 28 日号)。つまり、無知からなのか、故意なのか、当該の戦史研究家は事実を歪曲して、『狐の足跡』を擁護したのである。

あわせて読みたい

「第二次世界大戦」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    野口健 グレタさんを非難し賛否

    女性自身

  2. 2

    西武・松坂の不可解な縁故採用

    幻冬舎plus

  3. 3

    立民議員「安倍首相は口だけ」

    大串博志

  4. 4

    池上彰氏が英EU離脱の争点を解説

    NEWSポストセブン

  5. 5

    廃業で行き場失う日本の高級木材

    田中淳夫

  6. 6

    哲学なき小泉大臣 成果残せるか

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  7. 7

    韓国の元徴用工「差別なかった」

    NEWSポストセブン

  8. 8

    米ポルノサイト訪問数 日本は2位

    鎌田 傳

  9. 9

    宮川大輔 YouTube出身芸人に危惧

    SmartFLASH

  10. 10

    アナ雪2騒動 黙秘の電通に苦言

    やまもといちろう

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。