「販売ノルマ」は本当に必要なのだろうか。マーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏は、「予算達成を焦ることで、顧客離れを招くこともある。たとえば予約サイト一休の経営者は『毎月の予算達成なんてどうでもいい』と話している」と指摘する――。
※本稿は、永井孝尚『売ってはいけない 売らなくても儲かる仕組みを科学する』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
「ノルマ未達成なのに、定時退社か?」
私が新入社員時代の話である。大学時代の同級生から連絡が来た。
「頼みがある。ノルマが達成できないんだ……」
入社先でセールスになった彼は、販売ノルマをこなすのに苦労しているという。翌日、喫茶店で商品説明を聞き、買うことにした。困った時はお互い様だ。
「助かったよ。実は親戚には一通り売ってしまったんだ」と友人は安堵の表情。
しかし来期も新しいノルマがあるという。彼の健闘を祈るばかりだった。

セールスが販売ノルマを持つのは、当たり前に思える。顧客に「契約していただけないと、社に戻れません」と土下座するセールスもいる。「お互いに切磋琢磨(せっさたくま)して成長しろ」と、セールス同士で営業成績を競わせる職場もある。ノルマ未達成のセールスは、人間扱いされない会社もある。
中には、ノルマを達成せずに会社に戻ると、上司から、
「がむしゃらさが足りない」
「言い訳ばかりするな」
「ノルマ未達成なのに、定時退社か?」
「この10階の窓から飛び降りて、歩いている人に売ってこい」
と罵倒されることもある。ここまでくるとパワハラである。
一方でノルマを大幅に上回ると、青天井のボーナスを出す会社もある。
予算達成は「ユーザーのため」にならない
これは「セールスに高いノルマと報奨金を与えて競争させれば、目の色を変えて一生懸命頑張る」という考え方に基づいている。要は、アメとムチである。昔はモノが足りず、作れば売れたので、この方法はそれなりに有効だった。しかしこの考え方は、完全に時代遅れ。売り込みをされる顧客の立場になるとわかる。ノルマを抱え目の色を変えた人から売り込みを受けて、買いたいと思うだろうか?
ホテル旅館予約サイト「一休」の榊淳社長は、ある雑誌のインタビューでこう言っている。
「毎月の予算達成なんてどうでもいい。予算が達成できないのは僕らの力量が足りないからであって、その力量不足は今月中に改善できるはずはない。だったら予算達成は諦めて、来月頑張ろう」
予算達成のために一休がメルマガを次々とユーザーに送っても、それで急に会社がよくなることはない。むしろ大量のメールは、利用者にとって迷惑でしかない。そして皮肉なことに、顧客は徐々に離れてしまう。一休は「ユーザーファースト」を徹底しているのだ。
「予算達成ありき」は「ユーザーファースト」ではない。「会社ファースト」の発想だ。
しかし現実には、多くの会社がセールスに販売ノルマを与えている。ノルマがあると人や組織を管理しやすいからだ。トップがノルマを決めて部門やセールス個人に割り振り、ノルマを達成した社員には売上の一部からトップの裁量で配分する仕組みなのだ。
「ご褒美」で頑張らせるのは、オットセイと同じ
しかし、ともするとノルマは、人のやる気を失わせてしまう。
「内発的動機付け」と「外発的動機付け」という考え方がある。「やりたいからこの仕事をする」という動機付けが「内発的動機付け」だ。一方で曲芸をするオットセイのようにご褒美目当ての動機付けが「外発的動機付け」だ。
「高いノルマと報奨金を与えれば、目の色を変えて頑張る」という発想は、「餌をあげればオットセイは曲芸をする」という考えと同じである。しかし、オットセイは餌がなくなると曲芸をしようとはしなくなる。同様にノルマと報奨金がなくなると、セールスは働かなくなってしまう。
逆に、内発的動機付けで仕事をする人は、ノルマや報奨金に関係なく仕事をする。
外発的動機付けがあることで、内発的動機付けが弱まるという実験がある。心理学者のエドワード・デシは、学生を相手にパズル解きのゲームをさせる実験をした。学生たちはゲームを解くと報奨金をあげるグループと、何も報奨金がないグループに分けられた。
両方ともゲームを解いたが、問題はその後の休憩時間である。無報酬グループは休憩中も熱心にパズルを解いていた。報奨グループは、休憩中はパズル解きをやめてしまった。報奨金という外発的動機付けで、内発的動機付けが弱まってしまったのだ。