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特集:「囚人のジレンマ」としての米中関係

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米中関係を考えるとき、問題になるのはいつも米国より中国側です。米国発の情報はいくらでもあるし、トランプさんのツィートのように対応に苦労するものもありますが、それでも「情報が足りない」ということだけはない。しかし中国発の情報は常に少ないし、たまにあっても「裏が取れない」ものがほとんどです。

一方で、日中関係や香港情勢、台湾との関係などを見ると、「中国外交の変化」を嫌でも感じます。ひとことで言えば「強硬姿勢になっている」。その裏ではどんな議論がされ、どんな形で意思決定がされているのかは見えてこない。そこで米中関係を、ゲーム理論の「囚人のジレンマ」というモデルに当てはめて考えてみました。

*注:11月15日(金)夕方に本稿を書き終えた直後に、岩谷将北海道大学教授は釈放され、無事に帰国したとの報道がありました。何はともあれ、良かったと思います。ただし、それで本稿が扱っているような問題がすべて解決するわけではありませんが。

以下はすべて、解放以前の情報を下に書かれていることをご承知おきください。

●日中関係改善の裏側で起きていること

正直、「他人事ではないな」と思うのである。中国で拘束されているという北海道大学教授(40代、男性)のことである。

10月24日付の北海道新聞の報道1によれば、同教授は9月3日、北京にある中国社会科学院の招きで訪中し、「同院が手配した北京市内のホテルで拘束された」と「日中関係筋が明らかにした」という。「防衛省防衛研究所や外務省に勤務したことがある教授の経歴から、中国当局が当初から拘束目的で招聘したとの見方も浮上している」。

筆者も中国社会科学院日本研究所の招待で、2015年12月と16年8月に北京を訪問したことがある。そうなると宿泊場所となるのは、社会科学院の並びにある『和敬府賓館』である。「乾隆帝の三女・和敬公の屋敷を改造した」という歴史と風格がある建物で、以前は「少々難あり」であったが、現在ではかなり快適な近代的なホテルとなっている。

「なんだ、あそこか」と分かったら、急に身近なことに思えてきた。真面目な話、しばらくは北京には近寄りたくない気分である。

筆者ごときは物の数には入らないだろうが、中国研究者は文字通り「明日は我が身」と感じているだろう。日中の学術交流は、このところほとんど凍結状態であるらしい。「新しい中国関係を考える研究者の会」では、「『日本人研究者の拘束』を憂慮し、関連情報の開示を求めます」というアピールを行い、数多くの研究者が署名している2

中国社会科学院近代史研究所の招聘に応じ、北京を訪問した中国近現代史を専門とする北海道大学教授を拘束しておきながら、関係当局は拘束事由その他、背景事情を一切明らかにしていません。(中略)

国民の相互理解を増進するために双方向の国民交流を推進することには、両国の首脳が合意しています。今般来日した王岐山国家副主席と福田康夫元首相との会談では、学術交流を含む文化交流の促進で意見が一致したと報じられています。しかしながら、本件を受けて、中国訪問をキャンセルしたり、交流事業を見直したりする動きが広がっており、既に日中間の学術交流には好ましからざる影響がたち現れています。「新しい日中関係を考える研究者の会」として、本件に深い懸念と強い関心を抱く所以です。
このことは既に日中政府間の協議事項となっている。外務省のHPによれば、10月23日、「即位礼正殿の儀」出席のために訪日した王岐山国家副主席に対し
「安倍首相は邦人拘束事案等について,中国側の前向きな対応を改めて強く求めました」
とある。さらに11月4日、バンコクで東アジアサミットが行われた際には、李克強首相との日中首脳会談が行われており、ここでも
「前向きな対応を引き続き強く求めた」
とある。

ところが中国側からは何の音沙汰もない。当初は「習近平は、四中全会(10月28-31日)が終わるまで動けないのだ」という解説がなされてきた。習近平体制を揺さぶろうとする勢力が、日本人を人質にして訪日を止めようとしているのではないか、中国では対日外交は常に内政問題になるのだ、という解釈である。しかし、それから半月たっても変化がないところを見ると、先方は明らかに黙殺しているようである

世間一般的な理解では、日中関係は改善方向に向かっている。来月には中国の成都で第8回日中韓サミットが行われ、安倍首相が訪中する。そして来春には、習近平国家主席が国賓待遇で来日するという段取りになっている。今年6月には大阪G20首脳会議も成功裏に終わっており、日中首脳の相互訪問は着実に軌道に乗ったように見える。

そして両国間には、「第3国市場協力」や「RCEPの早期妥結」など共通の課題があり、これら経済関連の課題は前進するのであろう。その反面、尖閣諸島の接続水域には今も中国の艦船が連日のように押し寄せている。南シナ海における係争や歴史認識の問題でも、あいかわらずすれ違いが続くのであろう。邦人拘束事案もそれらと同じ一項目であり、たとえ日中関係は改善するにしても、気を許せるような関係にはなれそうもない。いわんや香港や台湾といった「核心的利益」においては、妥協の余地はまったくないのであろう。

●なぜ、歴史学者が狙われたのか

とはいうものの、今回の北大教授の件はいささか異例なケースと言える。自分たちにとって不都合な学者を入国拒否するのならともかく、「初めから拘束するつもりで中国に招聘した」と思えるからである。

本件に対する謎解きを、中国研究者である川島真東京大学教授が試みている。以下、要旨をご紹介させていただく(中国「教授拘束事件」の意味――内外の研究者に及ぶ管理・統制~11月9日『現代ビジネス』から)3

* 拘束事件は、日本人相手だけに起きているわけではない。中国は国内の外国企業、国際NGO、外国人への管理を強化している。そして国内での思想、言論の統制が強化されるにつれ、国内の中国人向けの制度が外国人にも適用されつつある。中国国内で出版される書籍や論文について、以前は中国人と外国人は別の基準があったが、習近平期に入ってから両者の基準はほぼ同じになった。

拘束された教授は中国近現代史の研究者である。蘆溝橋事件前後の日中和平交渉などで緻密な実証論文を公表している。中国でも実証史学は存在したが、習近平政権下で統制が強化され、国家の歴史より共産党の「党史」が重視される傾向が強まった。そして近年は、米国における蒋介石日記の公開など、中華民国史の実証研究が進んでいる。

かかる「史実」は、中国共産党の歴史観と相容れない危険な存在である。歴史は中国共産党の正当性の根拠の一つであり、特に抗日戦争史の歴史言説は敏感度を増している。中国は歴史戦を展開し、外国語で「正しい」中国史を広めようとしている。海外の「新しい」研究に基づく都合の悪い歴史言説が、国内に入らないようにしている。

* その際に障害となるのが、海外の中国史研究者だ。彼らの口と筆をいかに管理、統制するかが中国にとって大きな課題となっている。国内のみならず、国外の研究者に警告、批判していくことについて、中国は一歩を踏み出しつつあるのではないか。

日本人の教授が狙われるとしたら、普通は安全保障や軍事の専門家、あるいは政権に近い学者となりそうに思える。それがなぜ歴史学者であったのか、という疑問に対し、上記の読み筋は「なるほど!」と唸らせるものがある。

察するに日中戦争史においては、共産党軍が流したプロパガンダのようなものがたくさんあるのだろう。今日的な研究の結果、それらが史実として否定される、というのはいかにもありそうなことである。あるいは国民党と共産党の関係においても、それまで埋もれていた資料によって、「新事実」が浮かび上がることは想像に難くない。

しかし、それでは共産党としては困るのである。彼らにとっての「正しい歴史」が、証拠付きで外国人に否定されてしまうのは恐るべきことなのではないだろうか。

●劣勢であることを自覚するがゆえに…

川島教授の推論に対して筆者が興味深く感じるのは、「時の流れとともに歴史の実証研究が進む」というほとんど不可逆的な動きについて、中国共産党が必死に抗っているのだということである。対外的な歴史戦を挑むことには、当然ながらコストも手間もかかるし、海外の研究者を拘束するといった行為は中国自身の評判も下げてしまうだろう。その程度のことは、彼らも自覚しているはずである。

しかし、そうしないと国内的に持たなくなってしまう。共産党の存在意義が否定されるのが怖いのか、あるいは党内闘争に負けてしまうのか、その辺の事情は外からは見えないけれども、「自らの不利を自覚している」という点が重要なのではないかと思う。

考えてみれば、彼らが目指しているのは「無茶」なことばかりなのである。

香港情勢:6月から続いている民主化デモを止められず、行政長官のキャリー・ラムは統治能力を失いつつあるように見える。かといって力で制圧すれば、「第2の天安門事件」になってしまう。どう見ても「一国二制度」は破綻している。
→ 中国国内では、香港デモは西側が陰で支援している「カラー革命」だとの見方が強まっているという。情勢の掌握に自信があったら、出てこない発想である。

台湾政治:蔡英文政権の再選を阻止しようとあらゆる手段を尽くし、昨年末時点ではほぼ成功していた。しかし今年に入ってからの香港情勢を受けて情勢は逆転。年明け1月11日の総統選では民進党が優勢と見られている。
→ 中国は11月4日、中台関係強化に向けた26の優遇策を公表したが、それに関する評価はP7のThe Economist誌記事”Honey trap”を参照のこと。

経済成長:6%以上の成長を続けないと、「2020年には2010年比でGDPを2倍にする」という党の目標を実現できなくなる。とはいうものの、名目で14兆ドルにもなった経済を、思い通りに動かせるはずがない。
→ 先月発表されたIMFの最新版”World Economic Outlook”が、2020年の中国経済を5.8%成長と予測している。当然、中国政府と協議した上での決定であろう。渋々ながら、中国が目標の未達を認めるシグナルではないだろうか。

つまり中国共産党の行動には、「自らの劣勢を自覚するがゆえに、どんどん強硬な手段を採らざるを得なくなる」という逆説が働いていることになる。これはいろんな集団に共通してみられる現象だが、自分たちが有利だと思われているときは「現実派」や「穏健派」が権力を握りやすい。しかし状況が悪化するにつれて、「理念派」や「強硬派」の意見が通りやすくなる。そして最悪の場合、ごく一部の「過激派」が全体を支配してしまう。

中国にも、かつては「自由」や「改革開放」を目指すグループが居たはずなのであるが、彼らの勢力は今では弱体化しているようにみえる。

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