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「ケア」の本来の意味は「気にかけること」。まずは、周りにいる人を気にかけてあげることから - 「賢人論。」第103回(後編)井手英策氏


慶應義塾大学三田キャンパスを闊歩する長身の井手英策氏は、一見クールでスマートな人物に見える。だが、ひとたび税や財政に話題が及ぶと、口調はたちまち熱気を帯び、眼光鋭く、目指すべき理想の社会について滔々と語り出す。井手氏はなぜ、税や財政を熱く語るのか。この最後の後編では、井手氏の個人的な熱源に迫ってみる。

取材・文/盛田栄一 撮影/岡友香

みんなの介護 今日、これまでお話を伺ってきて、「この社会をどうしても変えたいんだ」という、井手さんの熱い思いがこちらにも伝わってきました。特に印象的だったのは、中編の「お金持ちだからといって、福祉サービスの対象から除外すべきでない」というお話です。今の日本の社会で言うと、富裕層はどちらかといえば悪者扱いされることが多いのですが、井手さんの「すべての人を幸せにしたい」という思いは、どこから来ているのでしょうか。

井手 先ほどお話ししたとおり、僕は2019年の5月に、火事で母と叔母を一度に失いました。そのちょうど同じタイミングで、実は4人目の子どもを授かりました。つまり僕は、大切な命を失った絶望と、新たな命を授かった希望を同時に体験することになったのです。そのとき僕は、これこそがかけがえのない僕の人生であり、人間は多くの悲しみや喜びとともに生きているのだと改めて気づかされました。

今日、インタビューという形で皆さんとお会いしました。みなさんがそれぞれの人生を背負い、お父様、お母様がいて、ご先祖様がいて、過去から続く何千年、何万年もの絶え間ない命の連鎖の結果として、今みなさんはここにいらしてますよね。

僕たちの命には、愛する人たちの数え切れないほどの悲しみと喜びが刻み込まれています。その「重み」に思いを巡らせば、「お金を持っている人」と「お金を持っていない人」といった些末な区別など、成立するはずがありません。この地球上に、雑に扱われていい人間など、一人もいないのです。

みんなの介護 すなわち、この地球上には、大切に慈しむべき人間しかいない。だからこそ、すべての人が幸せになるべきなんですね。

井手 そうです。この、同じ社会を生きていく仲間たちとともに、誰もが幸せに生きていける社会を作ろうじゃないか、と思う。そのために、誇り高き私たちは税を払う。それは私のためであり、家族のためであり、仲間たちのためであり、この社会に生きるすべての人たちのためである。僕はそういう社会を作りたいし、そのために税や財政について研究したい。それが、この世に生んでもらえた僕の使命でもあると考えています。

「私たち」を意識するところから「社会」が生まれ、「税」と「財政」が重要になります

みんなの介護 井手さんの原点を、今ここで見たような気がします。

井手 実は、僕はいままでに三度、死にかけているんですよ。一度目は母の胎内にいるとき。極貧の母子家庭だったので、母は周りの友人から「子どもを産むべきではない」と何度も説得されたそう。それでも母は、意を決して僕を産んでくれました。二度目は、そんな母が莫大な借金を作ってしまったとき。最終的に、借金は僕が完済しましたが、その過程で僕は反社会的勢力に監禁されました。そして三度目は2011年の4月、転倒して頭部を強打し、急性硬膜下血腫で生死の境をさまよったときです。

みんなの介護 それは、なんというか…。

井手 僕が三度にわたって生き延びることができたのは、たまたま運が良かったから。そして今、家族や人間関係にも恵まれ、母と叔母の不幸はあったものの、なんとか幸せに暮らしています。

でも反対にね、たまたま運が悪かったというだけで、今この瞬間に絶望している人が大勢います。何度でも言いますが、僕はそうしたすべての人が安心して生きていける社会を目指したい。

みんなの介護 すべての人が安心して生きていける社会をつくるために、私たちに今できることはなんでしょうか。

井手 今、「私たち」とおっしゃいましたが、その発想がすごく大事ですね。「私」ではなく「私たち」。「私たち」という、ともに生きる仲間を意識したところから、「税」も「財政」もスタートします。

では、逆に私から質問してもいいですか。「みんなの介護」というネーミングは素晴らしいと思いますが、皆さんは「ケア(care)」という言葉の意味をどのようにとらえているのでしょうか。

みんなの介護 そうですね、「人のお世話をすること」という意味でしょうか。

井手 もちろん、その意味もあります。ただし、「care」という動詞を辞書で引いてみると、ほとんどの英和辞典には、「気にかける」が最初に出てくるはず。「ケア」は、福祉の専門用語でもなんでもありません。

おじいちゃん、おばあちゃんがいたら、「何か困ったことない?」と声をかけてみる。小さな子どもが一人でいるのを見かけたら、「どうしたの、大丈夫?」と様子をうかがってみる。体の不自由な人がいたら、「何かお手伝いできることはありますか?」とストレートに聞いてみる。

専門的に言えば、それぞれの延長線上に介護があり、幼児保育があり、障害者福祉があるわけですが、最初はそんな風に身構えて考えずに、まずは身の周りにいる人を気にかけてあげるところから始めればいいのではないでしょうか。そこから人と人がつながっていって、「私」から「私たち」へと、主語が自然に入れ替わっていくんじゃないでしょうか。


多様で総合的な存在である人間に、常に尊敬の気持ちを持ち続けることが重要です

みんなの介護 お時間も迫ってきたので、本欄の読者に向けて、何か一言メッセージをお願いします。

井手 本日は、すべての人が幸せに生きていく社会をつくるための、税のお話をしました。とはいえ、一口に「社会」と言っても、いろんな社会があるんだと思います。

僕は学者なので、税や財政の仕組みを考えるとき、日本国全体を「社会」として捉えています。しかし、ある人にとっては、半径1kmくらいの範囲で「社会」が完結しているかもしれない。あるいは、介護施設に入居している高齢者の方にとっては、限られた十数人との人間関係で「社会」が成り立っているのかもしれません。

人それぞれ、さまざまな社会に所属して生きています。革命を起こして社会全体の仕組みを変えることは不可能だとしても、ひょっとしたら、身近な社会をより良い方向に変えていく革命なら可能かもしれない。

みんなの介護 「まずは身近なところから」という、先ほどのお話にもつながりますね。

井手 多くの介護スタッフの人たちがすでに気づいているように、高齢者の方に介護サービスを提供するだけでは、その人は幸せになれません。しかし、その人が何に困っているのか、なぜ困っているのか、想像力を思いきり働かせて考えてみれば、その人の苦痛や不安の原因を一つずつ取り除いていくことができそうですよね。

僕は、仲間たちと書いた『ソーシャルワーカー』という本に、「『身近』を革命する人たち」という副題を付けました。僕が介護スタッフの皆さんに求めているのも、まさに誰かの「身近を革命する人」になってもらいたいということなんです。声のかけ方、手の添え方、クッションの使い方…。日常の些細な創意工夫、身近なちょっとした革命で、高齢者の方の苦痛や不安が劇的に改善されることは十分にあり得ると思います。

人間は年齢に関係なく「今日よりも良い明日」を夢見る自由があります。皆さんにはどうか、高齢者の方々の自由を守ってほしい。そのためにも、その人にとってのより良い明日を想像し、話を聞いてあげてほしい。

間違っても、「自分は○○さんに××してあげているんだ」なんて思い上がらないこと。そう思った瞬間、スタッフと入居者さんの間に、支配・被支配の関係が生まれてしまう。そうなると、すでに「私たち」ではなくなってしまいます。そうならないためにも、常に「私たち」というキーワードを忘れないでほしい。

最後に。多様で総合的な存在であるすべての人間に対して、常に尊敬の気持ちを持ち続けてください。周りの人をちょっとずつ気にかけてあげていれば、私たちの明日の社会は、今日より少しだけマシになっていると思います。

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