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即位の礼 憲法と象徴天皇のあり方を考えたい

10月22日、「即位の礼」の中心行事である正殿の儀が行なわれた。

剣と璽(じ)を伴い、天皇が国民の代表を見下ろす「高御座(たかみくら)」に登壇した。しかし、「高御座」は「天孫降臨神話」に基づくものであり、君主と臣下の上下関係を表す。帳が開いて初めて天皇が姿を見せる「宸儀初見(しんぎしょけん)」復活も、神々しい登場を演出するかのようである。

「三種の神器」も、旧皇室典範に基づくものであり、「天孫降臨」神話に根差すとされる。剣璽は箱に納められ目にすることも許されない。内閣法制局も「神話に由来するもので、その性質、意味合いが問題となる余地が皆無とはいえない」と解釈していた。神鏡とゆかりがある御璽(ぎょじ)・国璽を、剣璽と共に「高御座」に並べることは、儀式の宗教性を強める。「高御座」の下から天皇を見上げる形での安倍首相の「天皇陛下万歳」の音頭も、戦前の天皇制への回帰を想起させる。

生前退位に伴うものであり、「即位の礼」について十分な検討期間があったにもかかわらず、「平成の踏襲」を盾に、検証と議論が尽くされないまま、憲法に反する疑義が残るものとなった。旧憲法下で天皇制を強く印象づけるために、欧州の王室の戴冠式をまねて新たに考え出された「伝統」に固執することなく、日本国憲法の象徴天皇の即位として、国民主権や政教分離の原則に基づくものに改めていかなければならない。

大嘗祭も、天皇が「神」となる宗教儀式であり、憲法に真っ向から反する。1995年には、大阪高裁が「儀式への国庫支出は政教分離規定に違反するのではないかとの疑いは否定できない」とした経緯があり、昨秋、秋篠宮も、「宗教色が強い儀式を国費で賄うことが適当か」と疑問を投げかけた。「公的性格あり」として多額の国費が支出されるが、宗教色が強いものを国費で賄うことは適当ではない。やりたいのであれば、皇室の私的伝統行事として行なうべきであり、内廷費を充てるべきである。

30年前の天皇代替わり時に、当時の社会党の先達は、憲法と皇位継承の問題を真摯(しんし)に考え、「憲法を自分のものにするためには、調和追求型の社会の中で少数派でも頑張る勇気を持つことが必要だ」と強調した。同調圧力は今までに無く強まっている。護憲の党として、あらためて憲法と天皇のあり方を考えていく機会にしたい。

(社会新報2019年10月30日号・主張より)

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