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「ふるさとをもう一度誇りに思いたい」福島県大熊町の未来を考える - 齋藤真緒 / 福島工業高等専門学校4年

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今度は私が困っている人に元気を

――具体的にはどのようなことをしましたか。

たくさんの方々のサポートをいただき、いろいろなことにチャレンジしました。中学生になって、旅行などを通して海外の文化に触れる機会がありました。私が生きてきた世界とはまったく異なる生活スタイルや考え方があることを知り、興味を持ちました。そして、海外で働いてみたいと強く思うようになりました。

高専生になって、初めて一人で海外に行きました。きっかけは、2015年に9000人近くの犠牲者を出したネパール大地震から、なかなか復興が進まないという現地の状況をニュースで知ったことでした。

私たちは、東日本大震災から数カ月で、衣食住に関してはほぼ震災前と同じ水準の生活ができるようになりました。しかし、ネパールでは、すでに震災から何年も経っていたのに、まだ苦しく辛い生活を送っている方々が大勢いらっしゃいました。東日本大震災の後、私が多くの方に元気をいただいたように、今度は私がネパールの方々を元気づけることはできないだろうかと思いました。そこで、高専2年生の夏、ネパールに1ヵ月間ボランティア留学をしました。

――留学中、どのような取り組みをされましたか。

ネパールと福島における復興の進み方が違う理由を調べました。現地の方への聞き取り調査をしている間、私の心の中に、何かがずっと引っかかっていました。ネパールに住む方々や支援に入られている他の国の方々に福島のことを話すとき、私はいつも、「大熊町にはまだ帰れないけれど、多くの方のご支援のおかげで、震災前とほぼ変わらない生活ができるようになりました」と言っていました。

住んでいた場所が震災で損壊したまま復旧が進まないネパールの人に向かって、「帰れないけど」と言い続けているうちに、私は疑問を感じるようになりました。「帰りたいのに帰れない」という状況なのに、自分はどこかで今の生活に満足してしまっているのではないかとも思いました。

私は、ネパールに行ってみて、震災と原発事故後の福島の現実に、正面から向き合ってこなかったことに気がつきました。海外の状況に目を向けることも大切ですが、自分のふるさとの現実ともしっかり向き合いたい、福島の抱えた課題を解決したい、という思いが湧いてきました。

大熊町に生まれ育ったという誇りを取り戻す

「汗を流して皆で手植えした稲」福島県楢葉町「木戸の交民家」前  (2019/8/10)撮影:齋藤真緒

――一般社団法人AFWでのインターンを決めたきっかけを聞かせてください。

福島県楢葉町にある「木戸の交民家」で、田植えを体験したことです。AFWには、以前福島第一原発の構内を視察するツアーでお世話になりました。

私は、初対面の人とコミュニケーションを取ることが苦手なので、とても緊張して、不安でいっぱいのまま参加しました。田植えを始めるとすぐに、AFWの代表の吉川彰浩さんが、私に優しく声をかけてくださいました。「今日は来てくれてありがとう。いろんな人が来ているから、話してみてね」と。私はそれでもまだ緊張が解けなくて、そのまま独りで黙って田植えを続けました。

でも、吉川さんに続いて、皆さんが次々と笑顔で話しかけてくださったので、だんだん緊張が解けてきて、そのうち自分から皆さんに話しかけることができるようになりました。田植えの後、「木戸の交民家」で、前年度のお米を炊いて、皆でカレーを食べました。

――田植えに参加なさっていたのは、どのような方々だったのですか。

おもに福島県内で活動をしている方々でした。双葉郡出身の方もいましたし、県外から通っているという方もいました。生活の拠点はばらばらでも、皆さんに共通しているのは、「福島が大好き」という思いだと感じました。

田植えに参加する前は、「この田植えもきっと『福島の復興のため』という名目なのだろうな」とやや冷めた気持ちもあったのですが、全然違いました。「復興のため」なんかではなくて、皆、ただただ純粋に福島が大好きで、田植えを楽しんでいました。

ネパールから帰って、「ふるさとの福島に貢献したい」と思っていた私は、皆さんからたくさんの刺激を受けました。「AFWにいれば、今日のように、たくさんの人と出会って、話して、視野が広がって、自分がふるさとでやりたいことも見つかるかもしれない」と、思いました。AFWでインターンをさせてもらおう、と思いました。

――インターンをするにあたって、目的を整理したと伺いました。

「私がなぜAFWでインターンをしたいのか」ということについて、整理するのを吉川さんが手伝ってくれました。

大熊町が大好きだという気持ちを話すうち、次第に悲しくなってきました。「ふるさとの大熊のことが大好きなのに、周りが大熊町を見る目が気になってしまって、私はふるさとを心から誇りに思えなくなっているのかもしれない」と、気づきました。

大熊町のある双葉郡に軸足をおいて、双葉郡に住む人や、双葉郡という土地や、双葉郡の抱える問題を知ることを通して、ふるさとを知り、ふるさとへの誇りを取り戻すこと。私は、3週間のインターンの目的をそう決めました。

――インターン中に、印象に残ったことはありますか。

インターンを始めた頃、双葉郡の人に「将来はまちづくりをしたい」と言うと、「まちづくりか、それは難しいね」という反応をいただくことがよくありました。双葉郡の人は、まちづくりやふるさと復興のために働いているものだと思っていたので、不思議に思いました。そこで、どんな思いをもって双葉郡で働いているのかをうかがいました。

ほとんどの方の答えは「改めて考えたことはないなあ。このまちや人が好きだからかな」というものでした。それは、木戸での田植えで出会った人たちのおっしゃっていたことと似ていました。

復興のためにという使命感からではなく、ただ双葉郡のまちが好きだから、人が好きだから。「好き」という気持ちを原動力にして、皆さん一生懸命に働いていました。

「好き」という気持ちは、暮らす人の心を豊かにしてくれるし、豊かな心を持つ人たちが集まれば、自然とまちも豊かになるんだと思いました。「復興のために」「まちづくりのために」という義務感から、やりたくないことを無理に頑張っている人はほとんどいなかったんじゃないかと思います。また、自分自身が「福島の未来を担う若い世代として、頑張らなくちゃいけないんだ」とプレッシャーを感じていたことにも気づきました。

「相馬の海でとれた大きなシャコ」福島県相馬市 (2019/ 8/13)

――現地での活動のほかにはどのようなことをなさいましたか。

図書館に行って、ふるさとの大熊町について調べました。富岡町の図書館で大熊町史を読み、大熊町の歴史や文化を知りました。古くて分厚い本で、読むのに抵抗感があったのですが、読み進めるうち、私の住んでいた頃の大熊町や町の人たちの人間性とつながっていって、楽しくなってきました。大熊町に、こんなに興味深い歴史や文化があったことを、私は知りませんでした。

それまで、「大熊町ってどんなところ?」と聞かれたときに、震災と原発事故が起きたときのことから話し始めていました。そうすると、大熊町の話がどうしても暗い話になってしまいました。でも、こんなに面白い大熊町の歴史や文化を忘れたくないと思いました。たくさんの人に、大熊町の歴史や文化の面白さを伝えたいと心から思いました。

――インターン中、辛いと感じたことはありますか。

双葉郡が今抱える問題を知ろうと思い、自分自身の目で見て回りました。震災と原発事故の後から、もう長い間シャッターが閉まったままの商店街や、草木が伸び放題になっている場所がありました。

そして、特定廃棄物埋立処分施設の前に、「自分たちの町にはもう人が住んでいるのだから最終処分場を作るな」「まだ避難指示が解除されず人がいない町があるのだから、そこに作れ」という主張をする看板が立っていました。国や原発とばかりか、双葉郡内の住民同士ですら仲良くできなくなってしまったのか、と私はとても悲しくなりました。復興がなかなか進まないのは、放射線のことだけではなく、住民同士の信頼関係がなくなってしまったからじゃないか、と感じました。

私自身、自分が生まれ育った大熊町のことばかり考えて、双葉郡のほかの地域の方々の痛みや悲しみは、想像したこともありませんでした。震災と原発事故の後に起きている地域の問題は、国や東電、支援してくださる方々に任せるのではなく、ここに住む私たち自身が解決していかなければならないのだ、ということに、改めて気づきました。

「未熟な私」と向き合うきっかけに

――インターンを通じて学んだことはありますか。

私は、もともと自責感が強く、失敗すると落ち込んでしまい、なかなか立ち直れない性格でした。インターン中、働く生活に慣れていなかったこともあり、辛くなったときに「どうして自分はこんなにダメな人間なんだ」と自分を責めた時期がありました。体調も崩して、吉川さんや皆さんに迷惑をかけてしまいました。

そのとき、吉川さんが「なんでも自分の責任と考えるのは、齋藤さんの良いところでもあるのかもしれないけど、自分の弱さを認められないと成長から遠ざかってしまうんじゃないか」と諭してくださったんです。

自分を責めてひとりで落ち込んでいると、周りが「真緒ちゃんは大丈夫だよ。ちゃんとできているよ」と慰めてくれるので、自分の弱さと向き合うことをせずに済んでいました。成長せず、周囲の方々の優しさに甘えてきたことに気づいて、恥ずかしくてたまらなくなりました。

「至らずを知り省みる。未熟なるものが私。」という言葉を吉川さんに頂き、心に残っています。

――インターンを終えた気持ちをお聞かせください。

「まちを美しくするのは『土地』ではなく『人』だ」ということです。そのまちで出会う人が素敵なら、そのまちに住んだり訪れたりしたくなるのではないでしょうか。そしてまちを愛する人が増えれば、さらにそのまちは豊かになります。

今回のインターンでは、まだ、将来大熊町で私がしたいことを見つけることはできませんでした。でも、それ以上に大切なことをたくさん学べたと思います。双葉郡の人たちや土地を知り、少しずつ、一度は失ったふるさとの大熊町への誇りを取り戻せたような気がしています。このような貴重な機会を与えて下さった吉川さんや、インターン中に出会ったたくさんの方々に、深く感謝しています。

――今後、今回のインターン経験をどのように活かそうと思っておられますか。

将来、大熊町の魅力を活かして、多くの人が住みたくなる、訪れたくなるまちにしたいと思っています。また、災害の多い日本で、今後災害が起きたときに、政府と住民、企業と住民、まちの住民同士の信頼関係が崩れて、物事がうまく進まないような状態にならないようにするにはどうしたら良いか、考えていきたいと思います。

インターンを終えて、9~10月の1ヵ月間、イギリスに留学しました。インターンや留学で学んだことを、多くの人に伝え、皆で協力して、素敵なまちや、力強い信頼関係を築く道を探していきたいです。

参考
・被災地のコミュニケーターを目指す AFW代表理事吉川彰浩さんインタビュー
https://synodos.jp/fukushima_report/22479

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