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南場智子「DeNAはマッキンゼーを超えている」

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野球チームを持って、会社が大人になった

【田原】DeNAは大きく成長したものの、11年、南場さんはご主人が病気になって、看病のために代表を退かれる。これも日本の企業では珍しいですね。

【南場】ブン投げるようにして無責任に辞めたので、自慢できる話ではないんです。ただ、当時からチームで意思決定をしていて、私がやっていた判断はほかの人でもできる状態にはなっていました。

【田原】残念ながらご主人は5年後にお亡くなりになる。その後また代表に戻られましたね。

【南場】最初の2年は家にいましたが、3年目からは状態がよくなってきたので常勤で会社に戻り、亡くなった後に代取に戻りました。ちょうど会社が苦難の時期にありまして……。

【田原】WELQのキュレーションサイトの事件ですね。

【南場】私が記者会見をしたのは、主人が亡くなった2日後でした。

【田原】いま思い返すと、あの事件はどうして起こったんですか?

【南場】管理が甘かったんです。小さな会社を買収しましたが、買収後にしっかり経営をするということを甘く見ていたんだと思います。

【田原】もう1つ、辞めている期間のことでお聞きしたい。プロ野球の球団を買収したのが11年。これも南場さんがいない間でした。

【南場】DeNAにとっては素晴らしくいいことでした。それまでDeNAは、赤字になって潰れるかもしれないと思って、自分たちの成長のことばかり考えてきた。でも球団というファンのいる公共のものをお預かりして、12球団が集まった中の1メンバーとしてプロ野球を盛り上げていくんだという意識を持てた。公(おおやけ)感とでも言えばいいのかな。それまで足りなかった意識を持てて、少し大人になれました。ただ、買収は右腕のCFO(買収時は会長)だった春田(真氏、現ベータカタリストCEO)が言い出しっぺで、私は最初反対していたんですけどね。

【田原】そうなんですか?

【南場】春田は野球が好きで、TBSさんが手放すかもしれないという話に飛びついたんです。それに対して「そんな派手なことをやる必要はない。地に足をつけて地味に本業をやろうよ」というのが私の反応。1年目は春田も諦めてくれました。しかしその後、私は看病で退任。その間も追いかけていたようで、2年目に社長の守安(功氏)と一緒にやってきて、「ぜひやりたい」と。懸念事項を2人にいろいろぶつけてみたら、彼らはちゃんと答えられたので、「じゃあ、思っているとおりにやったら?」という話になりました。

最下位の下はない。上に上がるしかないからおもしろい

【田原】そのころ球団は何位くらい?

【南場】ずっと最下位です。横浜スタジアムも閑古鳥が鳴いていました。

【田原】最下位球団を買っていいの?

【南場】いいんです。田原さん、最下位の下はないんですよ。上に上がるしかないからおもしろいじゃないですか!

【田原】なるほど。球団はもう黒字?

【南場】黒字です。それに加えて、お客様の喜んでいる顔が見えることがよかった。ネットって閉じてるじゃないですか。それが悪いことではないですが、お客様が喜んでいる表情が見えにくいんですね。でも、球団を持ってそれがリアルに見えた。それだけでも涙が出るくらいに感動しました。

【田原】ところで、いまDeNAはゲーム以外にもいろいろやっていますね。

【南場】そうですね。モビリティやヘルスケアもやっているし、スポーツも野球だけじゃなくてバスケットやランニングクラブもやっています。最近は横浜市庁舎街区の再開発を応札して、他のパートナーさんたちと一緒に開発する予定です。ゲーム以外にも手広くやってます。じつはDeNAという社名のeはeコマースを意味していましたが、ピボットするうちにeコマース事業は少なくなりました(笑)。

ここ20年で日本からはGAFAが生まれなかった

【田原】海外展開はどうですか?

【南場】人気のゲームタイトルは、世界で何億人もユーザーがいます。ただ、1度海外進出で失敗しているんです。米国企業を買収して大展開しようとしましたがうまくいかなかった。いま大きな支社は上海だけです。

【田原】どうして失敗したの?

【南場】これも買収後のマネジメントが原因ですね。買収先の経営陣と本当にワンチームになれるかというところが難しくて。逆に上海の支社がうまくいっているのは、日本と中国をよく理解した人材がトップにいて、いい体制を築けたからです。

【田原】トランプは、下手に中国に行くと知的財産をぜんぶ盗まれると言っていますね。そのへんはどうですか。

【南場】私たちのやっているゲームも違法コピーされているし、中国は人材の流動性が高く、わが社の社員が退職後にわが社の手法で事業をやるケースもあります。でも、目くじら立ててもしょうがない。そもそも私たちの強さの源泉は、どんどん進化していく力。だからいまあるものを盗まれても怖くないですね。

【田原】19年夏、南場さんは100億円規模のファンド「デライト・ベンチャーズ」を組成しました。なんでいま始められたんですか?

【南場】創業して20年が経ちます。その間米国のGAFAは急拡大しましたが、日本からはその規模の会社が出てこなかった。そんな会社を支援したいと思っています。DeNAはこれまで数多くの新規事業をスピンアウトさせてきました。その取り組みを加速させて、社内外で起業家を輩出する枠組みとしてファンドをつくりました。

【田原】そういえば、この連載でもDeNA出身の起業家に何人か会いました。優秀な人材が外に出ていくのはマイナスじゃないんですか。

【南場】全然マイナスじゃないです。流動的な社会が私の理想。自分たちだけでやる時代はもう終わりで、次はもっと内外で緩やかにつながり合って、世の中に届けるデライトの総和を最大化していく時代になると思います。出ていった人とも緩やかなつながりで応援し合っているうちに、DeNAの表面積も拡大していく。むしろメリットが大きいです。

【田原】なるほど。DeNAはマッキンゼーに似てるね。マッキンゼーで働いたことはキャリアになるけど、DeNAもそう。日本のマッキンゼーだ。

【南場】DeNA出身者といったら、もう入れ食い。アドバイスをするのと自分でやる人は違うので、マッキンゼーは超えていると言いたいですね(笑)。

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田原 総一朗(たはら・そういちろう)
ジャーナリスト
1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所へ入社。テレビ東京を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。著書に『起業家のように考える。』ほか。
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南場 智子(なんば・ともこ)
DeNA会長
1962年、新潟県生まれ。県立新潟高校卒業後、津田塾大学へ入学。4年次に米ブリンマー大学へ留学。帰国後マッキンゼー・アンド・カンパニーへ入社。ハーバード大にてMBA取得。96年マッキンゼーでパートナー(役員)に就任。99年、DeNAを創業。2017年3月に代表取締役会長に就任した。
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(ジャーナリスト 田原 総一朗、DeNA会長 南場 智子 構成=村上 敬 撮影=枦木 功)

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