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混沌とした香港情勢 不安定さを増す「中国」

(リベラルタイム 2019年12月号掲載)
日本財団理事長 尾形武寿


逃亡犯条例改正案の提出に端を発した香港の大規模デモは警察の発砲で負傷者が出るなど、事態は一段と深刻化し先が見えない状態にある。

香港は一九九七年、イギリスが中華人民共和国に主権を返還し中国の特別行政区となった。返還に先立って八四年に発表された中英共同宣言には、一つの国で社会主義と資本主義を並存させる一国二制度の下、返還から五十年間、外交と国防を除いて「高度の自治」を認め、社会主義政策を実施しないことが明記された。

今回の抗議デモの根底には、法律が恣意的に運用され言論弾圧に利用されるなど、約束された高度の自治がなし崩し的に反故にされつつある現状に対する不満がある。

筆者は過去三十五年間、中国が経済発展を遂げ国家として安定することが日本にとっても最良との信念に基づき広く中国との民間交流に取り組んできた。その体験を踏まえて言えば、第一次アヘン戦争に伴う南京条約(一八四二年)や第二次アヘン戦争に伴う北京条約(一八六〇年)以前から香港に住んでいた人々は香港人であって中国人ではない。中国本土から多くの人が移り住み同化が進んだ面もあろうが、百五十年以上かけて形成された価値観は容易に変わらない。

まして問題の本質は「自由」がテーマ。デモを収束させるのは容易ではない。日本による尖閣諸島(中国名・釣魚島)国有化に対する二〇一二年の反日デモのように、もともとコントロール可能な官製デモとは最初から訳が違う。強硬策を採れば天安門事件(一九八九年)と同様、国際社会の批判を浴び、経済制裁を受ける事態にもなろう。

加えて気になるのは、習近平政権誕生後、人民解放軍の再編成に伴い強権的に進められた既得権益者の追放に対する不満が現在も根強く残り、習政権の不安定材料となっている、とされる点だ。中国政府は香港対岸の広東省深圳市に人民解放軍や武装警察を集結させ香港デモを威圧する構えをとっているが、習政権に批判的な勢力が強い南部戦線区(旧広州軍区)に対する威嚇が本当の狙い、といった指摘さえ聞かれる。

そうなると天安門事件のように武装警察や解放軍を香港に出動させるのは簡単ではない。中国の長い歴史を見れば、秦の始皇帝が初めて統一国家を成し遂げて以来、易姓革命による王朝の交代はあっても、国家の体制は現在の共産中国も本質的に同じである。中国人民にとって二千年以上、馴染んで来た中央集権国家の方が安心できる面があったのかもしれない。

しかし、今や世界第二の経済大国になった中国では、人々の価値観が急速に多様化している。人口が十三億人を超す巨大国家を引き続き一つにまとめていくのは至難の業である。個人としては、地域に一定の権限を認める合衆国制を導入するのが一番の解決策のようにも思う。その時、香港はそのモデルとなり、台湾や他の民族問題にも初めて「解」が見えてくる気がする。

香港はかつて「東洋の輝く真珠」と呼ばれ、中国が目指す姿の象徴でもあった。しかし今回の騒ぎでは多くの中国人が冷ややかな目線を送っていると報道されている。香港デモが今後どのような経過をたどろうと、混迷は一層深まる。仮に年間数万件に上るといわれる地方の農民の反乱、チベット、ウイグルの民族問題などに“飛び火”すれば、ただでさえ流動的な国際情勢の中で、当の中国も含め、今後、何が起こるか分からない。

そうした事態に備えるためにも、我が国も国の在り方を本質的に見つめ直す時期に来ている。せめて憲法改正論議には国会だけでなく国民全体がもっと積極的に参加する必要がある。混沌とした香港情勢を前に、改めてそんな思いを強くする。

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