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沈黙する知性

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 夜間飛行からもうすぐ『沈黙する知性』という本が出る。平川克美くんとの「たぶん月刊話半分」の対談を文字起こしして、大量に加筆したものである。ラジオで聴いたよ、という人もまあ悪いことは言わないから買ってみてください。「悪いようにはしません」(@村上春樹)

 以前に「日本の反知性主義」という本を出したときに集中砲火的な批判を浴びたことがある。とりわけ私が「反知性主義」という語を一意的に定義していないという点を咎められた。キーワードを一意的に定義しないままで恣意的なラベル貼りをするようなふるまいこそ「反知性的」ではないか、と。

 申し訳ないけれど、私は「キーワードを一意的に定義してから話を始めよ」というタイプのクレームには原則的に取り合わないことにしている。

 というのは、私たちがそれなりに真剣になって議論しているとき、そこで行き交っているキーワードの理解は論者全員において一致していないのがふつうだからである。というか、その文字列を目にしたときに、それについて他の誰も言っていないことをつい言いたくなるというのがキーワードの生成的な機能なのである。

 だとすれば、「その語について、全員が同意する一意的定義をまず示せ」と要求するのは無理筋である。これから長い時間をかけて「全員とは言わぬまでも、そこそこの数の読者たちに同意を取り付けられそうな概念規定をこれからしようと思う」と言っている人間に「まず全員の一致を取り付けろ」というのは、それは「話を始める前に、話を終えておけ」というようなものである。

 そもそも重要な論件については、私たちはだいたい自分がこれから何を話すことになるのかわからないままに話し始め、話し終わった時に自分が何を考えていたのかを回顧的に知るのである。それを「けしからん」と言われても困る。創発的なアイディアというのは、そういうふうに生まれてくるものなのだから、仕方がない。

「反知性主義」という文字列に実に多くの人が過敏に反応して、それぞれの思いを語ってくれた。これはこのキーワードの「手柄」だったと思う。私自身もこの語に個人的な定義を与えようと試みたけれども、暫定的なものしか思いつかなかったし、私自身それに納得したわけではない。そして、本を編み終わった後に、「反知性主義」という概念は一意的な定義を与えて「けりをつける」よりも「答えの出ないオープン・クエスチョン」のままにしておく方が知的に生産的だろうと思った。

 今回この対談に編集者の井之上君が「沈黙する知性」というタイトルをつけてくれたので、「知性」とは何のことなのか、それについてもう一度「オープン・クエスチョン」を開いてみることにした。

 批判の言葉を私に向けて投じた人たちの多くが「お前は私たちのことを『反知性主義者』だと思っていて、ラベル貼りをしているだろう」という先取りされた被害者意識を漏出させていた。ということは、「反知性主義者」というラベルは端的に「不名誉なこと」と観念されていたということである。その点については異論の余地がないという前提から人々は話を始めていた(実は私もそうだった)。でも、ほんとうにそんな前提を採用してよろしいのか。それとは違う考え方もあるのではないか。

 そう思ったのは、三島由紀夫が自らを「反知性主義者」だと名乗っていた一文を読んだからである。

 1969年5月に東大で三島由紀夫と東大全共闘との討論の場が持たれた。今から半世紀前のことである。奇しくも最近、その時の映像資料が発掘された。来年は三島由紀夫死後半世紀に当たる。おそらくいろいろなかたちで三島由紀夫論が語られることになるのだろうが、私にもその討論の歴史的意義についてコメントを求められた。改めて討論の記録を読み返して、そこに「反知性主義」の言葉を見出して一驚を喫した。私はこんな大事なことを読み落としていたのである。

 三島は討論の冒頭でこう宣言していた。

「私は今までどうしても日本の知識人というものが、思想というものに力があって、知識というものに力があって、それだけで人間の上に君臨しているという形が嫌いで嫌いでたまらなかった。(...)これは自分に知識や思想がないせいかもしれないが、とにかく東大という学校全体に私はいつもそういうにおいを嗅ぎつけていたから、全学連の諸君がやったことも、全部は肯定しないけれども、ある日本の大正教養主義からきた知識人の自惚(うぬぼ)れというものの鼻を叩き割ったという功績は絶対に認めます。

(...)私はそういう反知性主義というものが実際知性の極致からくるものであるか、あるいは一番低い知性からくるものであるか、この辺がまだよくわからない。(...)もし丸山眞男先生が自ら肌ぬぎになって反知性主義を唱えれば、これは世間を納得させるんでしょうけれども、丸山先生はいつまでたっても知性主義の立場にたっていらっしゃるので、殴られちゃった。

そして反知性主義というものは一体人間の精神のどういうところから出てきて、どういう人間が反知性主義というものの本当の資格者であるのか、これが私には久しい間疑問でありました。」(三島由紀夫・東大全共闘、『美と共同体と東大闘争』、角川文庫、2000年、14-15頁)
 ここで三島は東大全共闘と自分のどちらが「反知性主義の有資格者」であるかを挑発的に問いかけていた。全共闘運動参加者たちのその後の体制内部的なキャリア形成と、三島の壮絶な死に方の両方を知っている後世の人から見ると、本当の意味で「知識人の自惚れ」の鼻を叩き割ったのはどちらであるか、答えは明らかだ。

 三島の晩年における喫緊の思想的課題は「日本の歴史と伝統に根ざし日本人の深層意識に根ざした革命理念を真に把握すること」にあった。(同書、142頁)
「要約すれば、私の考へる革新とは、徹底的な論理性を政治に対して厳しく要求すると共に、民族的心性(ゲミュート)の非論理性非合理性は文化の母胎であるから、(...)この非論理性非合理性の源泉を、天皇概念に集中することであった。かくて、国家におけるロゴスとエトスははっきり両分され、後者すなはち文化的概念としての天皇が、革新の原理になるのである」(同書、142頁)
 三島が標榜した反知性主義者とは、徹底的な論理性・合理性とおなじく徹底的な非論理性・非合理性を同時に包摂することのできる、豊かな生命力の横溢した、血と肉を具えた人間存在のありようを指していた。この「反知性主義者」の相貌は私は魅力的に思えた。

気づいた人もいると思うが、このアイディアは部分的にはニーチェの「貴族」概念に由来する。

 ニーチェの「貴族」は「おのれをおのれの力で根拠づけることのできる人間」という仮説である。「貴族」は「外界を必要とせず」、「行動を起こすために外的刺激を必要としない」。「貴族」は無思慮に、直截に、自然発生的に、彼自身の「真の内部」からこみあげる衝動に身を任せて行動する。
「騎士的・貴族的な価値判断の前提をなすものは、力強い肉体、若々しい、豊かな、泡立ち溢れるばかりの健康、並びにそれを保持するために必要な種々の条件、すなわち戦争・冒険・狩猟・舞踏・闘技、そのほか一般に強い自由な快活な活動をふくむすべてのものである。(・・・)すべての貴族道徳は勝ち誇った自己肯定から生ずる。」(ニーチェ、『道徳の系譜』、ニーチェ全集、第10巻、信夫正三訳、31頁)
 ニーチェが具体的にその実例として名を挙げたのは、「ローマの、アラビアの、ゲルマンの、日本の貴族、ホメーロスの英雄、スカンジナビアの海賊」たちである。彼らの共通性は「通ってきたすべての足跡に『蛮人』の概念を遺した」(同書、42頁)ことであった。この「蛮人」たちは「危険に向かって」「敵に向かって」「無分別に突進」し、「憤怒・愛・畏敬・感謝・復讐の熱狂的な激発」によって、おのれの同類を認知したのである。

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