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又吉直樹による初の長編小説「人間」はクソリプする貴方に問いかける

又吉直樹による初の長編小説「人間」は、又吉が芸人として初めて芥川賞を受賞するという一大事の後に、周囲より受けざるを得なかった決して好ましくはない、批評、反応、影響、などによって沈殿した感情を浚渫し、芸人であり作家という表現者である自身のアイデンティティを自問する、私小説だった。

毎日新聞出版

(以下、本作の内容に触れます。未読の方はご留意ください)



主人公は現在38歳の男、永山。若き日に漫画家を志望し、美術系の専門学校に通いながら芸術家志望の若者が集うアパート、通称「ハウス」で共同生活を送っていた。そんな永山は現在、イラストと文筆の仕事で細々と生計を立てていた。

ある日、古い知人からのメールをきっかけに、かつて「ハウス」の住人であり現在コラムニスト兼イラストレーターとして(永山よりも)日の目を見ているナカノタイチが、SNS上でのある論争の当事者になっていることを知る。論争の発端はナカノがお笑い芸人の影島道生を批判するコラムだった。影島は作家としても才能を発揮し3年前に芥川賞を受賞した著名人。影島がナカノに対し執拗な反論を展開するのはなぜなのか、やがて永山は忘れかけていた若き日の出来事を思い覚ます・・・。

という物語の主要な人物、芸人で芥川賞作家の影島道生というキャラクターは、言うまでもなく又吉直樹本人がモデルだ。
< 又吉直樹・著「人間」(毎日新聞出版)より抜粋 >
この芸人は、ポーズというコンビで活動する影島道生という自分と同世代の人物だった。記事に載っている写真では、のびたままのウエーブがかった長髪が頬まで覆っているのが目について、顔の印象はほとんど残らなかったけれど、よくよく観察してみると、目の下に濃い隈が浮き、くちびるが乾いていたので、とても疲れているように見えた。もっとも、最近はこういう人がテレビに出ていても不思議におもわなくなった。

テレビを見る習慣のない自分でも彼のことはそれなりに知っている。数年前からバラエティー番組などで目にするようになったが、それ以前から彼が書いた本が書店に並んでいるのを見ていた。

毎日新聞出版

影島道生のモデルはまさに又吉である。そして、主人公である永山も又吉なのだ。永山は沖縄出身で大阪育ち、座右の書が太宰治「人間失格」、まさに又吉な背景を持った人物として描かれる。永山は表現という才能の発露において若き日にトラウマを抱き、その挫折感を眠らせている。もしもの世界で影島に成り切れなかった、又吉の仮定的分身として読むことができる。

事を成してなお際限のない表現の世界に神経をすり減らす影島、事を成しかけながら自らの才に向き合うことを避ける永山、どちらの人格も著者である又吉直樹が源だ。小説「人間」は又吉が自分自身を2分割して照らし合わせる物語という側面を持つ。

ゆえに、今作で強く興味を惹かれたポイントとして、芥川賞芸人という未曽有の存在となった又吉直樹の伺い知れぬ内面を、ドキュメントとフィクションを汽水域で攪拌しながら、濃密に細密に覗き見られることが挙げられる。

芥川賞芸人に向けられた中傷

例えば――、影島道生が朝のテレビ番組にゲスト出演した場面がある。影島は「寝不足なのか眼が血走って」「彼の内面そのものに変化があったことによって自分でも抑制の利かないところで言動に影響が出ている」状態だ。芥川賞芸人という自身が置かれている環境にアンコントロールの兆しが見えている。司会者から「最近、影島さんが一番笑ったことはなんでしょうか?」と訊かれ、影島はこう答える。
< 又吉直樹・著「人間」(毎日新聞出版)より抜粋 >
「一番笑ったとなると、僕が小説を書いたときに、『こいつは文学を装っているだけだから、三年で消える』と言ってた大学の教授が、ちょうどその発言をしてから三年後に、セクハラで大学をクビになったことですかね。いや、おまえが消えるんかい!と一人で笑いながら叫びました」

「こいつは文学を装っているだけだから」――、それは、実在したコトバだ。2015年に又吉直樹が「火花」で芥川賞を受賞し、社会現象のような爆発的ベストセラーになる中で、飛び交う賛辞にからみつくウイルスのような中傷。嫉妬を宿主としたような定番の中傷。

賛否の拡散はベストセラーの宿命とはいえ、累計部数の増大と共にSNSやWEBには中傷的批評が乱雑に増殖した。又吉はそこに出くわして被った苦い感情を飲み込み、これはいつか叩き返さねば、ウラミハラサデオクベキカ、秘めた呪詛を今作での影島の語りに託して大太刀振り下ろし・・・、カカカカカカ、ザマア! 一瞬そう思える場面だった。

影島の口を借り、又吉の鬱憤これにて憂さ晴らしかと思いきや、このくだりも影島の置かれた危うい状態をあらわす要素のひとつに過ぎず、メンタルを崩しかけている影島はかつて自身を中傷した大学教授をさらに粘着的に批難し、論旨を通しているようで分裂気味に相手をあげつらう自己欺瞞に陥っており、暗黙の裡に周囲から浮き上がって距離を置かれる。その姿は痛々しくて救いがたい。

「こいつは文学を装っているだけだから」という実在の又吉にまとわりついた中傷も、この場面を燃焼する燃材として扱われ、一気の炎に包まれていた。

気軽に「表現」へコメントする貴方を問う

というような、芸人であり小説家であり、芥川賞を背負った同時代の表現者が、かなりストレートに登場人物に自分自身を仮託して、内なる言葉を綴る物語はとても興味深かった。影島が登場する中盤から夢中になっていた。

そこでは影島の言葉から現代の芸人論が大いに展開される。つまり、ほぼ又吉直樹による現代芸人論を含んだ一作でもある。「笑い好き」「芸人好き」からのアプローチで読んだ際の果実とも言える。

と、そんな読後の感想を書き並べておいて、心落ち着かないというか、心ざわめくというか、心もとないというか、自分は何を書いているんだろうという気分になるのは、「人間」を読んだからだ。

これは読めばわかる。誰かの「表現」に対し、生半可な「評」をしようものなら、作中の影島の口を借りた又吉から言葉の限りを尽くした指弾をされて、心ずたずたに切り刻まれる妄想がよぎることになる。この小説は、創作、才能、評価、総じて「表現」に向き合う態度を問うてくる。「表現」に対する崇敬とか畏怖とか謙虚さとか、そういう。

例えば、普段からSNSとか、Yahoo!やAmazonやらのWEBレビューで、もちろんBLOGOSも含めて、何の気なしに他者の「表現」に「感想」とか「批評」を書きこむ日常があるのなら、とくに読んだほうが、いや、かえって読まないほうが、いや、読んだほうが、いや、読まないほうが・・・、いや・・・。


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