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壮絶な過去を背負った彼女たちにとって、更生施設は最後のアジールである。 - メヘルダード・オスコウイ×杉山春

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(C)Oskouei Film Production

――加害者になる前に、被害者だったわけですね。

オスコウイ そうです。私は、彼女たちに「あなたは本当にいい子だね」と思ったままのことを言いました。すると、泣き出してしまう子が何人もいました。あとから気づいたのですが、彼女たちは親からも社会からもほとんど優しい言葉を掛けられたことがありません。誰も「好きだよ」とか「きれいだよ」と言う人はいなかった。だから、優しい言葉を受け入れられず、涙が流れてしまうのだと思います。

ある一人の少女はこう言いました。「お願いだから優しくしないで。お願いだから私たちを怒鳴ってちょうだい。なぜって、わたしたちは猫みたいな存在。家のなかにいるときは大事にされるけれど、主が追い出したらどうなると思う? 信用した人が悪人なら叩かれたり、レイプされたり、殺されたりしてしまう。あなたが撮影を終えて帰ったあと、私たちは人を信用するようになって危ないの。だから優しくしないで」と。

(C)Oskouei Film Production

家族5人で小さな家のキッチンに住んでいた

――作品には、更生施設に収容されている少女の親も登場します。彼らは、決して豊かそうではありません。子どもへの虐待や貧困は世代間連鎖があると言われますが、それを断ち切るには何が必要でしょうか。

オスコウイ 虐待の連鎖は、社会に住んでいるみんなのせいだと思います。親や子どもだけのせいではありません。ある少女の家族は非常に貧困で、下町の小さな家のキッチンに5人で住んでいました。父親は麻薬中毒で、レンガ工場で働いているけれど、なかなか帰って来ない。そういう環境で育つ子どもは圧迫感があるから何かしら反発します。幸いにも、彼女は更生施設を出たあと、ソーシャルワーカーが手伝って、もう少しいい家に引っ越しました。するとみんなの態度が変わったそうです。自分たちも近所の目も普通になってきたと。

杉山 そうした福祉の介入は、日本でも重要なことですよね。ソーシャルワークが十分に機能して、その家族が生きやすくなっていけば、子どもへの虐待は減っていきます。いろんな力が足りない家族が、本人たちだけで立ち直ることは難しいのです。

日本では数多くの虐待事件が起きていますが、社会が家族にたくさんのものを背負わせ過ぎていることが一因だと思います。その家族には背負いきれない、本来、福祉が担うべき機能まで押しつけられて困窮している。社会のなかで若い親がきちんと仕事が得られ、居場所を持てていれば、子どもはもう少し楽に生きられたのではないかという例を見ます。これは日本もイランも同じだと思いました。

本作には、夫が酒を飲んで倒れて入院し、退院させる費用がなくて盗みをした少女が登場します。彼女は頼れる人が誰もいなくて、更生施設の中で赤ん坊を育てています。また別の少女は強盗や売春、薬物使用で収容されていますが、「自分の父親にちゃんと仕事があれば、こんなことにはならなかった」と言っています。イランというと文化の違いに目がいきますが、就労の問題は日本もイランも共通しています。

オスコウイ ある映画祭で、本作を見た人から「こういう少女を撮ってどうするんだ」と言われました。私はどう答えていいかわからず、一つのストーリーを話しました。あるところに海辺があり、たくさんの貝が落ちている。よくみると老婆が一つ二つの貝を拾って海に戻している。若者は「そんなことをしても仕方がないじゃないか。ビーチにはたくさんの貝が死にかけているんだから」と言った。そうしたら老婆は、一つの貝をじっと見つめたまま「この貝にとっては、人生が変わるんだよ」。それだけを言って、また海へ貝を戻した。

私は、若者に対する疑問を持つときに映画を撮ってきました。例えば、『Nose、Iranian Style』はイランの若者の間で鼻の美容整形が流行していることに疑問に持ち、世界に問いかけました。今回の『少女は夜明けに夢を見る』は、美しくて純粋な少女たちがなぜ更生施設で過ごさないといけないのか、という疑問があって作りました。撮影した映像は90時間に及びました。しかし、完成した映画は76分で、10%にも満たないくらいです。残りの部分は、いつかノンフィクションの本として出版したいと考えています。

(C)Oskouei Film Production

杉山 この作品にはたびたび祈りのシーンが登場します。あくびをしながらのいいかげんな祈りと、暗闇のなかで一瞬だけれど心のこもった祈りがありました。イランの文化や彼女たちの生活のなかに、祈りが生きていることをとても感じました。

オスコウイ 撮影期間中、イスラム教の法学者が礼拝にやって来ましたが、彼女たちにとってただのセレモニーで、“仕方なく祈る時間”でした。でも、朝方だれもいないときの祈りは、一番大切な祈り。自分と神の間にはだれもいない。神を感じて悩みや願いを祈る本当の祈りです。そして、私はどんな人にも祈りはあるのだと思っています。

杉山 もう一つ興味深かったのは、更生施設の職員たちがサポーティブなことです。例えば、少女が感情を表しやすいようにパペット人形の操り方を教える職員がいて、その少女はパペットを操りながら自分や仲間を慰めていました。それと、少女たちが家族に電話をしたり、語り合ったりする場所をちゃんと作っていますよね。ある少女が電話で「おばあちゃん、なんで迎えに来てくれないの? 私に路上で生活しろってこと?」と自分の願いをしっかり伝えていた場面が印象的でした。

オスコウイ あの場面は非常にイランらしいと思います。まず、よくしゃべるんです。そして、すべて悩みを出す。それと、人のせいにするところもありますね。自分ではなく周囲が悪いと。お腹がすいていて食べ物がなかったら、他人のポケットに手を入れる。それはあなたが私を飢えさせているからだよ、という考え方をイラン人はよくします。

私自身も、こんなことがありました。2017年の山形国際ドキュメンタリー映画祭に本作を出品し、山形の飲食店で食事をしたときのことです。箸がうまく使えないのでスプーンを頼んだら「ありません」と言われました。私は「どうしてスプーン一つもないの?」と通訳に聞いてもらったら、若い店員が泣き出してしまいました。私は驚いて「いいよいいよ」と言って箸で食べましたが、店を出てからもその店員はお辞儀をしていました。日本人は、すべて自分の責任だと思って内にこもる。責任感が強いから、ストレスも溜まることでしょう。

杉山 確かに日本人は、自分の感情や思いを人に伝えるのが苦手なところがあるような気がします。いやなことをされたら「私はいやです」ともっと言った方がいいと思います。イスラム教の女性は、個を抑制されているのかと思っていましたが、イランの人たちはちゃんと主張する。それが見られることも、この映画に惹かれる理由だと思います。監督がいずれ書くとおっしゃるドキュメンタリーの本も読んでみたいです。

作品紹介

『少女は夜明けに夢をみる』

11月2日(土)より東京・岩波ホールほか全国順次公開

予告編:https://www.youtube.com/watch?v=IBCkS-iibHw

公式サイト: http://www.syoujyo-yoake.com/

高い塀に囲まれた少女更生施設。ここに収容されているのは、強盗や殺人、薬物、売春といった罪を犯した少女たち。しかし、それ以前に彼女たちは、親や親戚からの虐待、貧困、路上生活などを余儀なくされていた。実の親に犯罪を強要された少女もいる。涙で声を震わせながら自らの罪を語る少女の腕には、痛々しい火傷や自傷行為の傷が残る。その話を聞いて、別の少女も涙を流す。更生施設は、似た境遇にある少女たちが痛みを分かち合う最後のアジール(避難所)となっている。

2016/イラン/ペルシア語/76分/カラー/DCP/ドキュメンタリー

(C)Oskouei Film Production

知のネットワーク – S Y N O D O S –

メヘルダード・オスコウイ(Mehrdad Oskouei)
映画監督
1969年、テヘラン生まれ。映画監督・プロデューサー・写真家・研究者。「テヘラン・ユニバーシティ・オブ・アーツ」で映画の演出を学ぶ。これまで制作した25本の作品は国内外の多数の映画祭で高く評価され、イランのドキュメンタリー監督としてもっとも重要な人物の1人とされている。2010年にはその功績が認められ、オランダのプリンス・クラウス賞を受賞している。イラン各地の映画学校で教鞭を執り、Teheran Arts and Culture Association(テヘラン芸術文化協会)でも精力的に活動している。2013年にフランスで公開された『The Last Days of Winter』(11)は、批評家や観客から高く評価されている。

杉山春(すぎやま・はる)
ルポライター
児童虐待、家族問題、ひきこもり、自死などについて取材してきた。著書に『満州女塾』(新潮社)、『ネグレクト 真奈ちゃんなぜ死んだか』(小学館文庫 小学館ノンフィクション大賞受賞)、『移民環流』(新潮社)、『ルポ虐待:大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書)、『家族幻想 ひきこもりから問う』(ちくま新書)、『自死は、向き合える』(岩波ブックレット)、『児童虐待から考える 社会は家族に何を強いてきたか』(朝日新聞出版)など。

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