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「老後資金2,000万円」問題は、老後の心配を解決する策を国民に提示することが目的だった - 第101回(中編)土居丈朗氏


2019年6月、金融庁は金融審議会報告書で「夫婦そろって65歳から30年間生きると、老後資金が総額で2,000万円不足する」との試算を発表し、物議をかもした。「公的年金はそんなに頼りないのか」、「老後のために2,000万円を用意するなんて無理」と不安にかられた国民は多いだろう。だが、土居丈朗氏は、それは問題の本質から外れた議論であると指摘する。本来、行われるべきだった議論とは、どんなものなのだろうか?

取材・文/ボブ内藤 撮影/公家勇人

本来、あるべきだった「NISAの恒久化」という議論

みんなの介護 「老後資金2,000万円」問題は、7月の参院選の前に野党に与党批判の材料を与えることになり、国民の年金不信をあおる結果になりました。ですが、この問題がどんなところに決着したのかが今ひとつ見えません。解説していただけませんか?

土居 結論から言えば、あの問題はまだ何も決着していないし、キチンとした議論も行われずに宙ぶらりんになっている、ということになるでしょうね。

というのも、金融審議会報告書のそもそもの目的は、老後の生活を心配している国民に向けて、その心配事を解決する策のひとつを提示することだったからです。

ところが、「公的年金だけでは2,000万円足りなくなる」と言っていると解釈されて、批判を浴びるだけに終わってしまった。

みんなの介護 「老後の心配事を解決する策のひとつ」とは、何ですか?

土居 少額投資非課税制度(NISA)です。

NISAは、2012年12月に発足した第2次安倍内閣が組閣後、すぐに新設を決めた制度です。2014年1月から10年間、最大500万円の株式や債券の非課税投資が可能となりました。

翌年度の与党税制改正大綱には、「家計の安定的な資産形成を支援する」とありますので、老後の資産形成支援だけでなく、住宅の購入や、子どもの進学などのためにも使うことができます。

ただ、NISAの弱点は、10年間の時限措置だったことです。「家計を支援しますよ」と言って利用をうながしても、2024年になくなってしまうということになると、支援策としては弱いんですね。

ですから、NISAを恒久化したいというのが所管の金融庁の悲願だったわけです。

みんなの介護 その気持ちが空回りをして、地雷を踏んでしまったというわけですか?

土居 ええ、その通りです。

老後に2,000万円で充分な人もいるし、足りない人もいる

土居 そもそも「老後資金2,000万円」という数字は、夫65歳以上、妻60歳以上の無職の世帯のケースをもとにして試算されたものです。

毎月の平均収入は年金による約20万円で、それに対する支出は約26万円ですから、毎月約6万円が赤字になる。95歳まで生きるには、約2,000万円(=約6万円×12ヵ月×30年)の貯蓄が必要となるというわけですね。

ところが、毎月の支出が20万円でも生活が苦にならない人は、20万円の年金だけでも充分、暮らしていけるんです。

逆に、毎月40万円とか50万円なければ満足できない人は、2,000万円どころか、7,000万円とか1億円が必要ということになる。

みんなの介護 人によって月々の生活費は違うわけだから、当たり前のことですよね。

土居 そうなんです。しかし、「人によって月々の生活費は違います」と報告書に書いても、NISAを恒久化するための説得材料にはならないんです(笑)。現役時代に毎年いくら積み立る必要があるかを示さないと、NISAが必要という話にならないからです。

そこで、「公的年金以外でどれだけのお金を用意しなければならないか」という問題設定をしてしまったため、公的年金の「100年安心」をうたう政府のスタンスと矛盾しかねない報告書となってしまったわけです。

NISAが10年間の時限措置になった理由

みんなの介護 NISAはなぜ、10年間の時限措置でしか実現できなかったのですか?

土居 NISAで所得税が非課税になるので、政府にとっては税収が減ってしまう制度ですから、「国民にそんな大盤振る舞いをする必要はあるのか?」という意見が出るのは当然ですよね。

第2次安倍内閣のアベノミクスの3本の矢に資する目玉として、短い期間で作られたということも大きいです。「たくさんの資産を持つ人のほうがより多くの恩恵を受けられる制度である」という批判もありました。

そこで、いきなり恒久的な制度にするのではなく、「10年間」という期限を設け、それを延長するのか、あるいは期限そのものをなくすのかという議論を先延ばしにしてスタートさせることになったのです。


NISAとiDeCoの違いとは?どちらが得なのか?

みんなの介護 ところで、土居さんご自身は、NISAの制度を恒久化すべきだと思いますか?

土居 すべきだと思います。

NISAは、年120万円の投資額を上限に5年間非課税となる制度で、老後資金だけではなく、住宅費にも子どもの教育費にも有効であるということは先ほども述べましたね。

その一方、つみたてNISAは20年間、年40万円まで非課税で投資できる制度ですので、老後の備えをするのに向いている手段と言えます。

みんなの介護 ところで、老後の資産形成支援というと、NISAのほかにiDeCo(個人型確定拠出年金)があります。両者には、どのような違いがあるのですか?

土居 簡単に説明すると、税金を先払いにするか、後払いにするかの違いです。

というのも、株式や債券の利子や配当に対する所得税が非課税になるという点では共通していますが、NISAが所得税を払ったお金を運用するのに対して、iDeCoは個人年金給付として老後に受けとるときに課税されます。

つまり、税金を先払いするのがNISAで、後払いするのがiDeCoということになります。

みんなの介護 両者をどう使い分ければ良いのですか?

土居 自分が高齢者になる未来にどんな展望を持っているかということで、使い分けることができるでしょう。

未来には株価が上がって、多くの運用益が得られると考える人は、NISAで税金を先払いしておくほうが良いでしょう。すると、NISAを取り崩す時には税金がかかりません。逆に、そこまで運用益は得られないと考える人は、運用する前に税金を払うので掛け金が少なくなるNISAよりも、掛け金には税金がかからず、より多くの額を運用できるiDeCoのほうが、お得感があるでしょう。

日本の国民支援制度は、なぜわかりにくいのか?

みんなの介護 NISAとiDeCoが似ているようでいて、違いがあることがよくわかりました。ただ、このような似て非なる制度が2つあるのはどうしてでしょう?

土居 大きな理由は、NISAの所管が金融庁であるのに対して、iDeCoが厚労省の所管であることでしょうね。

要するに、幼稚園を文科省が、保育園を厚労省がそれぞれ管轄しているために「幼保一元化」がなかなか進まないのと同じことです。縦割りの組織の中で、異なる歴史的背景のもとに生まれたものをひとつにまとめるというのは、非常に難しいことなんですね。

みんなの介護 なるほど。NISAが10年間の時限措置である間、iDeCoとの整理統合はますます進まないでしょうね?

土居 その通りです。ですから、NISAの恒久化という課題の先には、国民に対してもっとわかりやすく、利用しやすい制度を整えるという、より大きな課題があるわけです。

ところが、「老後資金2,000万円」問題は、7月の参院選の政争の具となってしまったため、議論はおあずけになってしまいました。

とても残念なことですが、そうは言っても、老後資産を用意する手段がなくなってしまったわけではありません。公的なもの、民間のものを含め、すでにある制度やサービスをよく知り、自分にあったやり方で老後に備えることで、未来はだいぶ明るくなるでしょう。大事なのは、現状にあきれて目を逸らすのではなく、積極的に働きかけて現状をよく知ることです。

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