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「韓国ドラマ好き=専業主婦」となる哲学的背景

韓国ドラマの魅力とは何か。哲学者の小川仁志氏は「韓国ドラマの秀逸さは、運命の描き方にある。そのストーリー構成は、ニーチェらに代表される“決定論”をベースにしている」という――。

映画「あなたの彼女」制作報告会=2019年10月24日 - 写真=Penta Press/時事通信フォト

哲学者の新しい趣味は、韓国ドラマ

私は1年くらい前から新しい趣味をはじめました。それは韓国ドラマを見ることです。先日知人にその話をしたら、「専業主婦かいっ!」と突っ込まれました。たしかにかつての冬ソナブームの頃は、専業主婦が見るものというイメージが強かったかもしれません。

しかし今は、K‐POPのスターが出演していたり、若い人向けのストーリーも多いので、若い人たちも結構見ています。現に学生にこの話をすると、意外とファンが多くて驚かされます。もちろん主婦も見ていますし、その影響でご主人が見ているという話もよく聞きます。つまりみんなが韓国ドラマを見ているのです。

日韓関係が悪化しても、日本の韓国ドラマファンにはあまり影響はないようです。ドラマは文化と割り切っているのでしょう。K‐POPもそうですし、韓国料理もそうです。私もいずれも好きなので、正直政治のごたごたにはうんざりしています。どっちの言い分もわかりますが、国民の楽しみを奪うようなやり方はやめてもらいたいものです。

余談ですが、私の大学には毎年世界中から留学生がやってきます。その歓迎の場でこんなスピーチをしました。「韓国の留学生のみなさん、この大変な時によく日本に来てくれました。みなさんに敬意を表したいと思います。どうもありがとう!」と。すると、世界中から集まった留学生たちから大きな拍手が起きたのです。私にはその拍手が、「僕らの関係を決めるのは、政治じゃない」という彼らの強いメッセージに感じられました。

人生100年時代の娯楽にもぴったり

さて、政治の問題はさておき、今回はその韓国ドラマが、来るべき人生100年時代の娯楽にぴったりだという話をしたいと思います。そもそもなぜ韓国ドラマはこんなに人気なのでしょうか? それは韓国ドラマの特徴をいくつか振り返ってみればわかるでしょう。

まず韓国ドラマはストーリーが面白いのです。恋愛一つとっても、男同士の嫉妬や裏切り、何より胸キュンのピュアラブ、複雑な四角関係、意外な運命……もう惹きつけられる要素満載です。また、恋愛ものに限らず、ストーリー全体の中で展開する山あり谷ありのどんでん返しが、見る者を飽きさせません。記憶喪失になったり、刺されたり、交通事故に遭ったり、意外な人と血がつながっていたりと。

個人的には、特に運命の描き方が秀逸だと思っています。私たちは何気なく人と付き合っていますが、なぜ大勢の中からその人と付き合うことになったのか、よく考えてみれば不思議なことです。それを前世などの関係を持ち出してうまくストーリーを組み立てているのです。

時代を超えた“運命”を感じさせる作品群

今前世といいましたが、韓国ドラマにはタイムスリップものも多いです。私が見ただけでも、『ナイン』『イニョン王妃の男』『屋根部屋のプリンス』『Dr.JIN』などの狭義のタイムスリップものだけでなく、数百年にわたる時代を扱った『トッケビ』『星から来たあなた』『サイムダン(師任堂)』なども含め、時代を超えた運命を感じさせるいい作品がたくさんあります。あるいは現代の設定でも、やはり運命を強調したものが多いように思います。ちなみに私が一番好きなのは、まさにその運命をタイトルに冠した「運命のように君を愛してる」です。

韓国ドラマを見はじめて、私の考えが変わっていきました。哲学の世界にも、運命について決定論という立場があります。決定論では、宇宙誕生の時からすべての物事が物理的現象として決まっており、自由意志などないとされています。ニーチェ哲学などはこの立場をもとにしていますが、私はそれでも自由意志はあると考えてきました。実際、私が今ここで誰かに愛の告白をしようと決めたなら、それは私の自由意志によって決められたといえるはずです。たとえ予め決まっていたとしても。

でも、もしかしたらいくら私が抗ったとしても、どうしてもここで愛の告白をする運命にあるのかもしれません。こんなふうに韓国ドラマは、哲学する際にも影響を及ぼすのです。そのうち『韓国ドラマで哲学する』という本を書きたいと思っています。

もう1つの人生を体験できる

もう一つの韓国ドラマの特徴は、長いということです。これは誰もが感じることでしょう。日本のドラマは12回程度ですが、韓国ドラマは20回でも短いほうです。100話を超えるものもあります。ですから、見ているとあたかもそれが自分の日常のようになってしまって、パラレルワールドを生きているような感覚にとらわれるのです。しかもストーリーが面白いので、1日に何話も見てしまいます。そうするともう現実であるかのように思えてしまうわけです。

留学生たちに訊いてみると、韓国ドラマは世界中で人気のようですが、もしかしたら日本人にとってはこのパラレルワールド感が人気に影響しているかもしれません。私がまさにそういう見方をしているのですが、日本と似ているのに少しちがうという部分に、もう一つの人生や可能性を見ているような気がするのです。人も似てるのに違う、社会も似ているのに違う。韓国の俳優やK‐POPスターに惹かれるのもそうした理由からではないでしょうか。

私が韓国ドラマに惹かれたのも、ストーリーの面白さに加えて、このパラレルワールド感を味わえる点にあったように思います。よく「何がきっかけで好きになったの?」と聞かれるのですが、実は別に韓国ドラマを見ようと思って見はじめたわけではないのです。

燃え尽き症候群も治った

去年の夏、はじめてレギュラーで半年出演したNHKの番組が終わって、やや燃え尽きた感覚にとらわれていました。しかし、翌春からは教授に昇格することが決まっており、ますます仕事を頑張らねばならないという状況でした。そこで、大学教授が奮闘する映画やドラマでも見て、やる気を出そうと思ったのです。

世界中のいろんな映画やドラマを見ましたが、その中でたまたま見た韓国ドラマ『サイムダン(師任堂)』に惹きつけられたのです。それからはもう大学教授が奮闘するとかそんなことはどうでもよくなって、ただ韓国ドラマばかりを見続けてしまったのです。そうして見ているうちに、どんでん返しの中でへこたれない人生を送る主人公たちに励まされ、いつしか私の燃え尽き症候群も治っていました。ドラマの主人公たちが、まるでパラレルワールドの中で頑張る自分に見えたのです。

以上のように、韓国ドラマの特徴は、ストーリーが山あり谷ありで面白いということと、全体が長いということの二つに集約できると思います。これらの点に着目すると、なぜ韓国ドラマが人生100年時代にぴったりなのかわかってもらえるのではないかと思います。

ハリウッド映画にはない勇気をもらえる

というのも、人生100年時代というのは、まさに山あり谷ありの長い人生だからです。おそらく色んなことがあるでしょう。成功したと思ってもどんでん返しがあったり、仕事も何度か変わるかもしれません。韓国ドラマのように。だからドラマを見ていると参考になることがたくさんありますし、一度や二度の失敗でへこたれてはいけないなと勇気づけられるのです。

つまり、人生100年時代はこれまでの一山の人生とはまったく違うのです。一つの仕事で60過ぎの定年間際にピークを迎えて、後は余生を送るだけの人生とは。私はそういう一山の人生をハリウッド映画になぞらえています。クライマックスがドカンと一回あって終わりなので。

さらにハリウッド映画は2時間で完結します。それに対して、韓国ドラマは長い。だから人生100年時代のようにたっぷりと時間がある人生には、もってこいの娯楽なのです。忙しくて時間がない人はそんな長い物語は見てられないでしょうから。韓国ドラマイコール専業主婦と揶揄されるのもそうした理由からです。

秋の夜長を彩る、第1話にピッタリだ

でもこれからはみんな時間があるのです。いや、時間的にゆとりをもって生きていく必要があるのです。そうでないと息切れしてしまいます。60歳の定年まで頑張ればいいだけの人生は100メートル走みたいにただ全力疾走していればよかったわけです。あとは病気になっても生命保険でなんとか延命するといったように。

しかし人生100年時代はそうはいきません。最後まで元気で働き続けるのが理想とされていますから。しかも山あり谷ありなので、のんびり景色を楽しみながらロングトレイルでもする感覚で生きた方がいいのです。だから韓国ドラマを見る余裕くらいないとダメなのです。

秋の夜長、今年はみなさんも一つくらい韓国ドラマを見てみてはいかがでしょうか。これから始まる人生100年時代の第1話として……。

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小川 仁志(おがわ・ひとし)
山口大学国際総合科学部教授
京都府生まれ。京都大学法学部卒業。名古屋市立大学大学院博士後期課程修了。伊藤忠商事勤務、フリーターの経歴を持つ。市民のための「哲学カフェ」を主宰。
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(山口大学国際総合科学部教授 小川 仁志)

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