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私たちは史上初めて「老い」を実地学習する機会を得た世代である - 第100回上野千鶴子氏(後編)


野氏はバリバリの社会学研究者でありながら、一般向けのエッセイ本を何冊も上梓していて、固定ファンも多い。特に人気なのが、前編リードでも紹介した「おひとりさま」シリーズだ。そんななか、少しだけハードな内容になっているのが、2015年刊行の『おひとりさまの最期』(朝日新聞出版)。独自の生き方をただひとり歩んでいる上野先生は、自分の老いや死とどのように向き合っているのだろう。インタビューのエンディングに、軽めの軟着陸を試みた。

取材・文/盛田栄一 撮影/岡 友香

訪問医療、訪問看護、訪問介護。すでに3点セットは確保しています

みんなの介護 次に、老いや終末期への向き合い方について伺います。『おひとりさまの老後』などを拝読すると、上野先生はすでに、ご自身が要介護になったときの準備を進められているそうですね。

上野 はい。自宅から徒歩10分圏内に、訪問医療、訪問看護、訪問介護の事業者を、3点セットとしてすでに確保しています。これらのうち、訪問医療と訪問看護についてはまだ利用していませんが、今度、風邪でもひいたときにドクターに、まずは私のカルテを作っておいてもらおうと思っています。なにしろ、まだ一度も診てもらっていないので。

介護については、私の暮らす地域で、訪問介護のとてもユニークな事業者と知り合いになりました。そこで、その事業者と「おひとりさまプラン」という自費サービスの商品を開発して、私自身もそのプランを契約しています。年間一定額のお金を払って、「訪問介護サービスを年間一定時間まで利用できる」という権利を買っているわけです。

みんなの介護 そちらのプランは、もう利用されているんですか?

上野 利用しています。ものすごく助かっていますね。訪問介護の事業所に自宅のカギを預けているので、私が長期で自宅を空けるときは、観葉植物の水やりとか、毎日大量に届く郵便物の整理などをお願いしています。もし、ここで私に何かあったときは、電話1本かけるだけで、すぐに駆けつけてもらえます。

みんなの介護 そういう準備をしようと思ったきっかけは何だったのですか?

上野 東京大学の教員を退職して、今の自宅に転居したのがきっかけですね。それまでもずっと一人暮らしでしたが、外出した後、ガスをちゃんと消したかどうか気になったり、必要なものを忘れたりしたことがあったので、電話1本で外出中の家に駆けつけてくれる人がいるというのは、すごく便利だと思います。

なかなか死なない親がどう老いていくのか…。私たちは親の姿から学習する機会が与えられている

みんなの介護 上野先生は、自分の老いや終末への向き合い方について、どんな風に考えているのでしょうか。

上野 私のような「おひとりさま」は、「もしかしたら…」という状況に、すごくコンシャス(意識的)なんです。その点、家族持ちの人は、「まさかの事態」を侮っていますね。家族がいるというただそれだけの理由で、根拠のない安心をむさぼっている。

ある日、妻や夫が病気で倒れたら、あるいは、自分がいきなり脳梗塞になったら、なんて考えないんですね。もちろん、そうなる可能性があることは知っていても、「見たくない、聞きたくない、考えたくない」と、現実から逃げているだけです。

私が尊敬する社会学者、春日キスヨさんが昨年、『百まで生きる覚悟 超長寿時代の「身じまい」の作法』(光文社新書)という本を出されました。本の中で、春日さんは多くの高齢者にインタビューしていますが、自分の老後について「見たくない、聞きたくない、考えたくない」人が次々に登場して、恐ろしくなります。

老後不安を「子どもに丸投げする」高齢者、「丸投げされる」子どもたち、そして「丸投げする子どものいない」高齢者、どの人にも読んでほしいですね。

みんなの介護 自分の老後については、見たくない、考えたくないという心理もわからなくはないですが…。

上野 見たくないといっても、自分の親が老いていく様子は現実に見ているわけですよね。私たちは今、人類史上はじめて、超高齢社会の「老い」を実地に学習する機会を得ているわけです。なぜなら、昔の親はもっと早死にだったから。なかなか死なない親がどのように老いていくのか、私たちは親の姿から学びつつあるんです。

つまり、明日はわが身、ですよね。今、親が介護されている状況を見て、自分も将来そうされたいと思えるかどうか。


息子にこそ、父親が老いていく姿から学ぶことがある

みんなの介護 最近の介護の現場を見ていて、何か気になる点はありますか?

上野 ここ数年の傾向として、お嫁さんが義理の親を介護するより、実の娘が親を介護するケースが増えてきましたね。実の母子のほうが、お互い気心が知れているので好ましいと思いますが、私が気になっているのは、息子が親の介護にあまり携わらないこと。

みんなの介護 確かにそういう傾向はあるみたいですね。

上野 両親の一方が要介護になると、まず夫婦間介護になります。たいていの場合、夫が先に病気で倒れるので、夫を妻がケアするケース。このとき問題になるのは、老いた妻が子どもたちに迷惑をかけないよう、歯を食いしばって自分ひとりで介護を完結させようとすることです。母親はなぜか、「子どもにつらい思いをさせたくない」という、間違った愛情に突き動かされてしまうようです。

そうやって妻は、夫を見送った後で自分が要介護になる。そのときは主に娘が母親のケアをします。最近ようやく、親の介護に息子もタッチするケースが増えてきましたが、息子がケアするのはたいてい母親です。だから息子は、自分と同性の親が老いていく姿をほとんど見ていないんです。

みんなの介護 父親と息子の関係は、難しいケースが多いのかもしれません。普段から、会話もあまりしないし。

上野 これは私の推測ですが、父親を息子が介護するケースが少ないのは、母親が先に亡くなって要介護の父親だけが残された場合、子どもたちは父親の面倒をみるのがイヤで、さっさと施設送りにしてしまうからではないでしょうか。先日、『迫りくる「息子介護」の時代』(光文社新書)の著者でもある社会学者、平山亮くんとも話をしましたが、彼も私の意見にほぼ同意してくれました。

みんなの介護 なんだか、身につまされるお話です。

上野 父親は最後の最後になって、子育てにきちんと参加してこなかったことのツケを払わされることになるのかもしれませんね。ともあれ、世の息子たちにとっては、自分と同じDNAを持つ男がどのように老い、どのようにボケていくのかを観察することは、とても大事だと思います。

かつて自分の前に立ちはだかった強者が、どんなに依存的になり、どんなにだらしなく子どもっぽくなっていくのか。それを見ていれば、息子たちも将来の自分をもう少し現実的に考えられるのではないでしょうか。

みんなの介護 そうだとすれば、老いていく自分の姿を子どもに見せることは、親としての義務かもしれませんね。

上野 そう思います。だからこそ、夫婦間介護が始まった時点で、母親は子どもたちを夫の介護に積極的に巻き込むべき。母親が介護に子どもを巻き込む場合、なぜか娘ばかりに声をかける傾向がありますが、「仕事が忙しい息子を呼ぶのはかわいそう」なんて思わないで、息子にこそ、老いた父親の姿をしっかり見せるべきだと思います。

老いた父の姿を見て、学習してもらい、自分が老いるための準備ができるようにしてください。老いと死は、親が子に贈る最後の教育ですから。

そして子どもたちには、親の受けている介護を見て、自分たちも同じような介護を受けたいのか、受けたくないとすれば、どこをどう改善してほしいのか、真剣に考えてほしいです。介護について考えないツケは、自分の将来に廻ってくることになるのですから。

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