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介護ワーカーの待遇は社会の合意によって決められる - 第100回上野千鶴子氏(中編)

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家族社会女性学・ジェンダー研究者学者の上野千鶴子氏は、1997年に介護保険法が成立するはるか以前から、わが国の介護問題を眼光鋭く注視してきた、稀代の“介護ウォッチャー”でもある。2011年に上梓した『ケアの社会学 当事者主催の福祉社会へ』(太田出版)は菊判・二段組・500ページ超の大作。介護のいろはを網羅しており、業界のバイブルになりつつある。そんな上野氏に引き続き、介護現場が抱える問題点とその解決法を、心して聞いていく。

取材・文/盛田栄一 撮影/岡 友香

介護という「見えない労働」が、介護保険導入で「見える化」された

みんなの介護 前編では、介護保険の導入により、介護は「タダ働き」ではないことが社会に知らしめられたというお話を伺いました。それにしても、介護の労働報酬は、ほかの労働に比べてなぜ低いのでしょうか。

上野 その問題については、私もこれまで『ケアの社会学』や『家父長制と資本制』という本の中で考えつづけてきました。

中世の自給自足の生活では、男も女も、みんな家の中でタダ働きをしていました。家事も、育児も、祭祀も、儀礼も、遊びも、すべて無償で行われていましたね。ところが、近代に入ると、それまで家の中で行われていた労働がアウトソーシングされ、次第に商品市場が作られていきます。

例えば、それまで家族のために服を縫っていた労働は、服を作る専門職人にアウトソーシングされ、今度は専門のメーカーが作った服を購入するようになります。そうやって市場化された労働には、対価が発生します。それまで家の中で行われていた裁縫、調理、家具作りなどは次々にアウトソーシングされ、人々はやがて対価を払ってそれらを購入するようになっていきます。

ところが、そのように市場化されなかった労働は対価が支払われないまま、家庭というブラックボックスに、女と共に残されてしまいました。

子どもを産み育て、病人を看病し、障害者の世話をして、高齢者を看取る、という労働です。私たち社会学者が言うところの「再生産労働」ですね。すなわち、生産活動とは直接結びつかず、労働力を再生産するための労働です。

こうした再生産労働はこれまで「見えない労働」でした。そこで、私たち社会学者やフェミニストが「見える化」したら、それが「不払い労働」だということがわかりました。この観点から介護保険を捉えると、介護保険導入によって「高齢者介護という労働」が「見える化」し、「対価を伴う労働」になったといえるでしょう。

「介護を他人にやってもらえば金がかかる」が、広く社会の常識になったんです。

みんなの介護 ジェンダーの視点から捉えると、介護保険には別の意味も生まれてくるんですね。

上野 フェミニズムの進展も、やっとここまで来ました。それでも介護労働は、不当に低すぎる料金設定になっていますが。

現在の介護ワーカーの待遇を社会が容認することは、介護の質はこの程度でいい、と認めること

みんなの介護 介護ワーカーの低賃金は、もう改善しようがないのでしょうか。

上野 そんなことはありません。施設系の介護ワーカーの賃金水準は少しずつ上がってきています。一時期、施設の正規職員の給与水準は全産業の平均より10万円低いと言われていましたが、このところ人手不足で徐々に上がってきていますね。

そもそも、全産業平均より10万円低いと言われたのも、介護がまだ若い業界で、介護職員の平均年齢がぐんと低かったことも影響していると思います。つまり、単に給与額の平均だけでなく、全産業の平均年齢とも比較しないと、介護の仕事が本当に低賃金なのか、正確なところはわかりません。

今、全産業の就業者の平均年齢は40代前半くらいでしょうか。介護職の平均年齢が追いついてきたら、たぶん、そんなに悪くないんじゃないかと思います。私の知る限り、大卒男子で年収400〜500万円くらいのケースも出てきています。介護職も、そろそろ普通の職業並みに近づいてきたのではないでしょうか。

みんなの介護 それを聞いて、少し安心しました。

上野 ただし、ここで注意しなければならないことがあります。それは、給与水準が職種と雇用条件によってかなり違うことです。

介護ワーカーは「不況型職種」と言われます。不況になると参入者が増え、今のように景気が良くなると他業界に流出していく。就業者は基本的に賃金で動くので、介護ワーカーの数を増やしたければ、賃金を上げればいいのです。

介護事業の原価は、ほとんどが人件費ですね。その人件費率が6割を超えると、経営的には危ういと言われています。ですが、良心的な事業者は、人件費6割から7割でがんばっています。一方、儲け主義の業者は正規職員を増やさず、非正規や派遣スタッフを入れて頭数を揃えています。

私は介護施設を取材するとき、職員の正規・非正規の比率を必ず聞きます。非正規の割合の多い施設はスタッフが職場に定着せず、スキルの蓄積ができず、ケアの質が下がっていきます。その結果、入居する高齢者にすべてのしわ寄せが来てしまいます。

それに施設職員は夜勤もあって相対的に賃金水準が高いですが、訪問介護職はワリが悪いです。というのもパートや登録ヘルパーを雇っているからです。

こうした事業者のあり方を社会が認めているということは、「介護ワーカーの給与はこの程度でいい」と、私たちの社会で合意形成ができているということ。それはすなわち、「高齢者はこの程度のケアを受けていればいい」と認めていることに他なりません。

みんなの介護 社会の合意形成ですか…。今まで他人ごとのように感じていました。介護ワーカーとしては当然、もう少し給料を上げて欲しいですよね?

上野 以前、訪問介護のヘルパーさんに、給料はどのくらいほしいかリサーチしたことがあります。すると、「年収300万円以上あれば、仕事を続けていける」という答えが多かった。介護ワーカーの人たちは、給料に対して、決して高望みをしているわけではないんです。

その程度の給料がなぜ出せないのかといえば、制度にいろいろと不備があるから。例えば、先ほど言ったように家事援助の料金設定が低いだけでなく、訪問介護の移動コストが配慮されていない、とか。

同様に、介護事業者にも話を聞きました。介護報酬がどれくらいあれば、事業が継続できるのか。すると、多くの事業者から聞かれたのは、「身体介護と生活援助を一本化して、せめて1時間3,000円台にしてくれたら」という声でした。1時間3,000円台の介護報酬があれば、管理コストを考えても何とかやっていけるようです。

介護サービスが「介護保険市場」と「介護保険外市場」に二重化されれば、圧倒的な老後格差が生まれるだろう

上野 「訪問介護サービスを二本立てにする意味がわからない」という声もいまだに根強いですね。身体介護はマニュアル化できるけど、生活援助はマニュアル化できない。つまり、生活援助のほうが、身体介護の何倍もの、経験、スキル、柔軟性が要求される。生活援助をバカにするな、というわけです。

みんなの介護 言われてみれば、確かにそうですよね。生活援助はその都度、個別対応が求められるわけですから。

上野 ところが厚労省は、介護保険から「生活援助」を外そうとしているみたいですね。介護報酬は身体介護に一本化して、生活援助は自費かボランティアでやってもらう方向で検討しているようです。しかも、要介護度認定を3以上にして、要支援は外す、とか。各方面から聞こえてくる話を総合すると、どうやら、そういうシナリオができているようです。

みんなの介護 そうやって、社会保障給付費を節約しようとしているんですか?

上野 もちろん、そうですよ。社会保障給付費をできるだけ削減したいからでしょう。介護保険制度そのものは今さら潰せないので、運用のレベルで、できるだけ使わせない方向に改悪していこうとしていますね。すでに3割負担も始まっているし。最終的には、重度の要介護者限定という形になりそうです。

みんなの介護 制度をつくる側の人たちは、将来自分たちが介護保険のお世話になることは考えてないんでしょうか。

上野 考えていないでしょうね。自分たちは保険を使わなくても、老後は妻が看てくれると思い込んでいるし、年金がありますから自己負担でまかなえると算段しているのでしょう。

これから厚労省が進めようとしているのは、介護保険が適用されるサービスと、介護保険が適用されないサービスを混合利用する「混合介護」です。そうやって、保険外のサービスを高齢者に使わせることで、高齢者の貯めた小金を放出させようとしているんですね。

今、私が感じているイヤな予感は、介護サービスが将来的に「介護保険内市場」と「介護保険外市場」に二重化され、お金持ちは快適な老後が送れて、そうでない人は姥捨てされるという、圧倒的な老後格差が生まれること。

制度をつくる側の人たちはもちろん、前者になるでしょうね。

みんなの介護 今の発言は書いちゃってもいいですか…?

上野 構いません。「文責:上野」でお願いします。


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