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介護保険制度のスタート時に介護ワーカーの待遇が低く設定されていたことが、今日まで影響を与えている - 第100回上野千鶴子氏(前編)

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2007年刊行の『おひとりさまの老後』(法研、のち文春文庫)は75万部を超えるベストセラーとなり、日本社会に“おひとりさまブーム”を巻き起こした上野千鶴子氏は、自身も生涯にわたっておひとりさま道を貫く、超硬派フェミニスト。2019年4月の東京大学入学式では、「メタ知識」をテーマに圧巻の祝辞を述べ、各方面から「名スピーチ」と絶賛されたことは記憶に新しい。そんな上野氏の専門分野はジェンダー研究。「介護」はジェンダーと深く関係するテーマでもある。記念すべき第100回目でもある今回は、「賢人論。というタイトルをなんとかして」とお叱りを受けながら、介護現場の抱える問題点についてお話を伺った。

「家事援助」の安すぎる公定価格はいったい誰が決めたのか?

みんなの介護 介護の現場が疲弊しています。慢性的な人手不足で、介護ワーカー一人ひとりの負担が重く、それがさらに介護ワーカーの離職率を高めるという悪循環に陥っているようです。上野さんは社会学者として、介護保険導入時からこの制度を見守ってこられました。介護現場の現状をどのように見ていますか?

上野 2000年に介護保険がスタートしたとき、これは「介護の社会化」の第一歩だと言われました。「介護の社会化」とは、それまで家族に押しつけていた高齢者の介護を、社会全体で支え、ケアしていこうという考え方とシステムのこと。

介護保険の導入はあくまでもその「一歩目」であって、介護の社会化を実現するにはもちろん、二歩目、三歩目が必要になります。

ともあれ、この制度の導入によって、要介護認定を受けた人は、その要介護度に応じて、公共の介護サービスを受けられるようになったのです。また、サービスの財源は税金と保険料でまかなわれるため、40歳以上の人たちから広く介護保険料を徴収することになりました。

これが2000年にスタートした当初の、わが国の介護保険のあり方でしたね。

みんなの介護 上野さんは、介護保険制度そのものについては評価なさっていますか?

上野 それまで貧困層に対する介護支援はありましたが、中産階級が家族を介護する際、公的な支援は一切存在しませんでした。公共サービスとして、すべての人に利用可能なユニバーサルな介護が提供されるようになったことは、評価していいと思います。

問題は、公共サービスに従事する介護ワーカーの労働条件が著しく劣悪なこと。いったい誰が、介護ワーカーの仕事ぶりをこんなに低く評価したのか、という疑問が出てきますね。

みんなの介護 どういうことでしょうか?

上野 介護保険は準市場と呼ばれ、サービスの公定価格が決まっています。準市場とは、水道や電気のように、需給バランスによって価格が変動する市場メカニズムが作用しない、公的機関が管理する市場のことです。

医療、介護、保育のような、みんなにとって必要なサービスの料金設定は、市場原理だけに任せるわけにいきません。需要と供給のバランスで料金が高くなりすぎると、本当にサービスを必要とする人がサービスを買えなくなる。逆に料金が低くなりすぎると、サービスを提供する事業者がいなくなる。どちらの場合も、医療、介護、保育のサービスが崩壊してしまいます。

そこで介護保険でも、サービスの公定価格を国が設定しました。当初は在宅を支える訪問介護がメインに考えられていて、「身体介護」と「家事援助(その後、生活援助に変更)」という名目でしたね。身体介護が30分以上1時間未満で4,020円、家事援助が30分以上1時間未満で1,530円。

そもそもなぜ、サービスを二本立てにしたのでしょう。しかも、2つのサービスの差額が大きすぎます。身体介護の料金を高めに設定したのは、サービスを請け負う業者が当初は不足していたので、業者の参入を促すためでした。

最初から料金設定を1本にしておいて、3,000円台ぐらいにしておけば、問題は今のように発生しなかったはずです。

ところが厚労省は、家事援助という、料金の低いサービスを設定しました。「家事援助」という名称に、厚労省の考え方が透けて見えますね。「家事の援助は、女なら誰にでもできることだし、特別なスキルなんかいらないから、1,530円程度でいいだろう」と。管理コストと移動コストを考えると、この価格ではやっていけません。

こうして、料金の安いサービスを最初に設定してしまったことが、介護ワーカーの労働条件を後々まで悪化させる要因になったと考えています。

介護保険は基礎自治体の基礎的行政サービス?だとすれば、財源は税金でまかなうべきでは?

上野 介護保険制度を導入するとき、税方式にするか、保険方式にするか、大激論があったのを覚えていますか?介護保険法が成立する1997年前後のことですが。

みんなの介護 すみません、あまりよく覚えていません…。

上野 もう20年以上も前の話ですからね。いちおう、ここでおさらいしておきましょうか。

介護保険法を巡っては、論点が2つありました。まず、介護保険の運営主体をどうするか。そしてもうひとつが、介護保険の財源をどうするか。

このときも厚労省は、自分たちに都合のいい論理を展開していましたね。介護保険の運営主体については、「地方分権を推し進めるうえでも、市町村が望ましい」と主張したんです。市町村に丸投げした形となり、市町村は当然、猛反発しました。医療保険でさえ破綻寸前の状況なのに、このうえ介護保険まで押しつけられたら、自治体の財政は破綻する!と。

しかし厚労省は、「介護保険の運営主体は市町村」で押し切ってしまいました。介護保険はあくまでも基礎的な公共サービスだから、基礎自治体である市町村が運営するのは当たり前、という論理ですね。

みんなの介護 ああ、なんとなく当時のことを思い出してきました。

上野 仮に、厚労省の言い分が正しいとしましょう。「介護は国民にとって基礎的行政サービスだから、基礎自治体が運営するのは当たり前」だと。しかし、そうなると、その財源は本来、税でまかなうべきだということになります。なぜなら、国民にとって同じ基礎的行政サービスである「義務教育」は市町村で運営されていて、しかも財源には税金が充てられているのですから。

義務教育は基礎自治体の責任です。だから義務教育を行う小学校と中学校の教員は、全員が基礎自治体=市町村の公務員です。この理屈でいけば、介護ワーカーも全員、基礎自治体の公務員であるべきですね。

ところが、実際にはそうはなりませんでした。わが国では20世紀後半からネオリベラリズム(新自由主義)の風が吹いていて、行政コスト削減のために「民間にできることは民間に任せるべき」という風潮が生まれていたからです。

その結果、基礎的公共サービスであるはずの介護保険も、運営主体は市町村に丸投げしながら、財源は国民からの保険料でまかない、実際のサービスは事業者にアウトソーシングすることになりました。

全国市町村長会は最後まで反発していたし、福祉の専門家たちも「財源は税方式にすべき」と、最後まで主張していたのですが…。

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