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中学は1カ月しか行かなかった。でも「私は大丈夫だ」と思えた理由

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 今回のインタビューは、NGO「ピースボート」のスタッフで、不登校経験者でもある堀口恵さん。「中学校は1カ月間しか通っていません」という。元気を溜め、ふたたび動き出す際の支えになったものはなんだったのか。そして、今の自分にもつながる大きな出来事だったと語る「摂食障害」についても、お話をうかがった。

* * *

――不登校になったのは?

 中学1年生のゴールデンウィーク明けでした。きっかけは、私が完璧主義だったことだと思います。

 私は「まわりが自分をどう見ているか」ということをつねに意識する子どもでした。

 小学生のときから「まわりはこう思うだろうから、こうしたほうがいい」「私に望まれていることはこれだから、こっちの選択肢が正解だ」と考えるわけです。

 「まわりが思い描く自分」というものを完璧に存在させていなければと思い、いつもアンテナをピンと張りながら生きていました。

完璧にできない体が動かなくて

 でも、中学に上がるとそれが難しくなりました。通うことになった中学校がマンモス校で、同級生は一気に増え、勉強も難しくなり、部活もある。

 まわりの環境が急激に変化するなか、これまで通りのやり方では「まわりが思い描く自分」を維持することができない。

 そう思ったら体が動かなくなりました。「完璧にできない自分」で学校という場所に存在することが、とても怖かったんです。

 それからは1日も行っていないので、中学校に通ったのは1カ月間ぐらいです。少し休んで、行ったり行かなかったりすることは考えられませんでした。そこも完璧主義ですよね(笑)。

 ただ、こうして不登校のきっかけを整理できたのも、ある程度大人になってからでした。

 当時は心も身体もしんどいのに、いじめや教師の体罰といった、わかりやすい理由があったわけでもないから、なぜ行けないのか、自分でもよくわからなかったんです。

――不登校直後の出来事など、とくにおぼえていることはありますか?

 じつは、最初のころの記憶がほとんどないんです。はっきりおぼえているのは、学校へ行かなくなって半年がすぎたころです。

 ある日、ふと思ったんです。「学校へ行くという、みんなが当り前にできていることが私はできていない。ならば、食事や睡眠といった人間として生きていくための行為をするのはおかしいだろう」と。

 自分が許せなかったんだと思います。自分が存在することに拒否感をおぼえてしまったことで、しだいにご飯が食べられなくなり、「摂食障害」になりました。

 1日の食事量は、りんご1個と小さなヨーグルト1カップだけ。そんな食生活を半年以上続けていたので、いちばん痩せていたとき、体重は30キロを切っていましたね。

何も言わずにただ“見守る”

――ご両親はさぞ心配されたのでは?

 そうですね。当時の写真が1枚だけ残っているんですけど、まさに骨と皮だけという感じ。母にそのころのことを聞くと「毎日心配で生きた心地がしなかった」と言います。

 それでも、無理やり食べるように言われたこともありませんし、力ずくで学校へ引っ張って連れて行かれるようなこともありませんでした。

 母が早い段階で「不登校の親の会」につながっていたので、葛藤しつつも、「今の私をそのまま受けいれて見守る」という対応に徹してくれたんだと思います。

 母は女性が多く働くNGOで働いていたので、そのころは私も母といっしょに職場によくお邪魔していました。

 平日の昼間ですから学校へ行っていないことはわかるし、明らかに痩せているわけですが、母の同僚の方たちは自然に私を受けいれてくれました。

 おそらく、「何も言わないで見守っていて」って、事前に母が説明してくれていたのかもしれません。

 おかげで、私は何か言われてイヤな思いをすることもなく「この人たちはありのままの私の存在を認めてくれている」と感じることができました。


――「摂食障害」はその後どうなったのでしょうか。

 あるとき、母の同僚から「あなたの身体が心配だから、これとこれだけは食べてみない?」と言われました。不思議なんですが、そのときのその方の言葉は私のなかにスッと入ってきたんです。

 学校へ行かなくなってから、私は「学校ってなんだろう」「生きるってなんだろう」ということを考え続けていました。

 そして「食べない」ことを選び、それをある程度自分で納得がいくまでやりきったときに「死のうと思ってやっていたわけじゃない、これからどうやって生きていこう」ということを考える段階になっていたんです。

 だからこそ、アドバイスとして受けいれられたんだと思います。

 私のなかで食べない行為は「そうしなければ生きられない」と思ってしていたことなので、そのさなかにそれを否定するようなことを言われたら、その人自身のすべてを拒否していたでしょう。

 同じ言葉でも、受け取り方は、タイミングによってまったくちがったものになっていたんじゃないかと思います。

 それをきっかけに「何なら食べられるかな」ということから考え始めるわけですが、その行為が私にとっては、自分のために自分で何かを選ぶ初めての経験のように感じられました。

 生きていくということは、まわりに合わせるのではなく、自分で感じ、考え、自分で選んでいけばよいのだと思えたことで、それまで抱えていた生きづらさがずいぶん楽になりました。

 そのことに気づけたことは、私の不登校体験をふり返るうえでも、またその後の人生を考えるうえでも非常に大きな出来事でした。

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