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サヨクから見た天皇が日本におられる意味と日本の使命

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●小学生時代の私は、前回の「継承」にはメチャクチャ怒っていたが、今回は「ありがたや~」という気持ちになった

普段は全然気にもかけていない天皇陛下の存在ですが、即位礼正殿の儀はなんとなくずっと見てしまって、茶化す意味でなくほんとうに「ありがたや~」という気持ちになってしまいました。

本式の保守派のかたはいざしらず、普段日本の「伝統」に触れる機会の少ない多くの日本人にとっても「奇異な風習」に感じられるアレコレがあるわけですが、それをしっかりと「意味のある大事なこと」として継承していくことをナリワイとされている方々がいらっしゃることの価値は、それを認めることで、堅苦しいことが苦手なタイプの人がどんどん気安い現代風にカジュアルな風習ですべてを覆っていっても、1億2千万人の共同体全体で見れば、過去から続く連綿とした一貫性がちゃんと保存されていくことであるように思います。

とはいえ、こういう「制度」自体に怒りを感じる、あるいは不合理だから廃止すべき・・・と思っておられる方も、最近では数は少なくなったながらもいらっしゃると思います。

昭和から平成への「継承」が行われた時に私は小学生だったんですが、自覚的に「サヨクだぜ俺は」と思っていた私は、今では笑ってしまうほどプリプリ怒っていました。テレビの特別番組を集まってみている家族に対してやたら食って掛かって、「こんな世の中間違ってる!」とか騒いでいた記憶があります。

ある種の「人間の本来的平等性」みたいなのを原則としたい立場からすれば、こういう「君主制度」とか、敬語が強制される雰囲気とか、「陛下」のような尊称の存在自体が、なにか根底的に人間社会のあるべき大原則に対する侮辱であるかのような気持ちになっていたのでした。

●「天皇がおられる日本」だからこそ提供できる「価値」=他とは違うダイバシティを提示していくべき日本の「使命」とは?

そういう意味での「平等性へのこだわり」とか、理想追求への熱意というのは今でも衰えてはいないというか、むしろそういう方向の情熱が「仕事」にまで結実してしまっている今の方がよりシリアスに理想を抱いているところはあると思います。

しかし、今はいろいろと経験したこともあって、「天皇がおられる日本」というのは明らかにこの国の「個性」の根本的な部分にあるので、むしろその「個性を活かした貢献」のありかたを追求することによって、この世界はアメリカ的価値観に一色に塗りつぶされた世界から、「本当のダイバシティの価値」を還流していけるようにできるのだ・・・と思うようになりました。

「根っからの保守派」の人は天皇がおられる意味とかそんなことを構造主義的に「言葉」で述べる必要などない・・・と思うものなのかもしれません。が、そういうところになんらか「理屈」がなければ納得できない人も増えつつあるだろうし、しかしそこに「理屈」はやはりちゃんとあると私は感じています。

ではその「天皇がおられる日本」だからこそ提供できる「価値」=他とは違うダイバシティを提示していくべき日本の「使命」とはなんなのでしょうか?

●「糾弾の自己目的化を中和する天皇制」

コロンビア大学教授のマーク・リラという人が、「リベラル再生宣言」という本で、ある時期以降のリベラルは、ゼロ対100で社会を「糾弾するネタ」にしやすい人種差別問題や性的マイノリティ問題を次々と発掘してきては「古い社会」を攻撃するだけに熱中してしまっており、”社会全体で連帯して何かを起こさなくてはいけない”という本来最も重要なチャレンジから逃げてしまっている・・・という趣旨の指摘をしています。

「誰かを糾弾しやすいネタ」には飛びつくけど、粘り強く立場を超えた連帯を作り上げて実際の社会構造の変革を実現することができずにいる・・・結果として「リベラル派が現実へのグリップを失って」しまい、アベ氏やトランプ氏や欧州極右政党の台頭を招くことになってしまっている。

「差別問題」を一つ一つ解消していくことを否定するわけではありませんが、「力点」の起き方があまりに偏っていて、旧来の社会が持っていた本来的な人心の安定化システムや、立場を超えた「われわれ感」を演出して人びとの協力関係を引き出す仕組みを破壊するだけ破壊して、その「代替システム」を用意しようとすらしないのでは、人びとの理解を得ることは難しいでしょう。結果として政治的に過激なほんの一部の人の間のSNSだけで、時にデマ混じりの政権批判やら陰謀論やらで吹き上がるだけで終わってしまう。

これは全世界的に現代共通の現象になりつつありますが、そういう時に、天皇陛下のようなかたがおられることは、その「自己目的化した先鋭化を中和する」役割があるはずなんですね。

●再分配にしろ気候変動対策にしろ、政府レベルでの実現には「糾弾」でなく「対話」が必要

たとえば韓国で文在寅大統領が就任してから、「ゼロ対100」に周囲を糾弾しまくる感じで暴走することで、周辺国との関係も悪化し、また「経済界との双方向コミュニケーション」がないまま急激に最低賃金を引き上げたことで余計に経済状況が悪化した・・・というような批判がなされています。

私たちはもっと再分配に力を入れる社会にしたいと思っていますが、「ゼロ対100にあらゆるものを糾弾しまくる」ポピュリズムではその「入口」には立てても「実現」までは行けません。

日本国内の左翼ポピュリズム政党も、それを焚きつけることが「再分配へ舵を切らせる」入り口には立てる効果があるかもしれないが、勢いあまって非科学的ないろんなデマを次々と吸い上げはじめてしまうと、マトモな政策実行プロセスに反映することができなくなってしまう。

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