日本の景気変動が小さくなり、大不況が来にくくなる、と久留米大学商学部教授の塚崎公義は説きます。

高齢者の消費は安定している
高齢者の消費は安定しています。主な収入は年金ですから当然安定していますし、老後のための貯蓄を取り崩すとしても、毎月一定額を取り崩して生活する人が多いでしょう。したがって、個人消費に占める高齢者の消費が増えると、個人消費が安定するので、景気が安定するのです。
高齢者の消費が安定しているということは、高齢者向けの仕事をしている人の収入も安定している、ということですから、彼らの消費も安定しているでしょう。労働者に占める高齢者向けの仕事をする人の比率も上がって行くでしょうから、これも個人消費を安定させる要因となります。
極端なことを言えば、現役世代が全員高齢者向けの仕事に従事している国では、景気の変動は一切ありません。もちろん、これは極論ですが、方向としては少しずつそちらに日本経済が近づいていることは間違いないでしょう。
少子高齢化によって労働力不足となる
少子高齢化が進むと、労働力不足になり、失業が生じにくくなります。理由の第一は物を作る人が減ること、第二は労働集約的な消費が増えることです。ちなみに本稿で物というのは財とサービスの両方を指します。
物を作る人である現役世代の人数が減る一方で、物を使う人である総人口はそれほど減らないため、物不足になり、「現役世代は全員働いて物を作れ」という圧力が加わるわけです。
加えて、若者が好んで買う自動車等は生産の機械化が容易ですが、高齢者が使う医療や介護のサービスは機械化が難しいので、同じ100万円の個人消費でも多くの労働力を必要とするのです。
労働力不足が進むと、景気が良い時には猛烈な労働力不足、景気が悪くても少しは労働力不足、といった時代になるでしょう。そうなると、景気が悪いことが今より気にならなくなる、ということも言えそうです。
失業が生じなければ個人消費は落ち込まない
景気の波が大きくなるのは、「景気が悪くなると倒産が増えて失業が増えて失業者が物を買わなくなるから個人消費が落ち込む」というメカニズムによるのです。
たとえばリーマン・ショックの時には、輸出企業が労働者を解雇したので、解雇されて収入が得られなくなった人々が消費を減らし、それが景気を一層悪化させた、というわけです。
しかし、労働力不足の時代になると、製造業を解雇された労働者は、飲食業等々がよろこんで雇ってくれるので、失業することも収入を失うこともありません。そうなれば、個人消費は落ち込まずに済むわけです。
製造業に労働力が回せない
バブル崩壊後の長期低迷期、日本経済の最大の問題は失業でした。輸出が減ると失業が増えてしまうので、輸出は極めて重要だったのです。しかし、労働力不足の時代になり、状況は変わりました。
輸出企業が労働力不足で十分な物を作れない時代が来るかもしれません。労働集約的な生産ラインはすでに途上国に移っていますが、その流れは加速して行くでしょう。
これまでは、「海外の不況で注文が減ったから輸出が減った」ということでしたが、今後は「労働力不足で十分な品物が作れない。したがって、海外からの注文が増えても減っても生産量も雇用も増やせない」という時代に近づいて行くのかもしれません。
「現役世代は、介護や医療に加え、国内で消費される物を作るので精一杯だから、最低限輸入に必要な外貨を稼ぐだけの輸出は行なって欲しいが、それ以上の輸出は不要」というイメージですね。
もちろん、政府が経済計画で輸出量を調整するわけではありませんが、輸出企業にとっても、海外の景気の変動によって輸出数量が増減するより、海外の景気にかかわらず一定量の輸出を続けるという方が望ましいかもしれません。
海外が好況の時に無理をして生産量を増やしても、海外が不況になれば減らさざるを得ないのであれば、最初から無理をしない、ということでしょう。
そうなると、生産設備の投資も安定するでしょう。淡々と同じ量を生産し続けるだけなら、設備量も一定(あるいは決められたペースで増えて行く)でしょうから。
輸出が減り続けることは考えにくい
最後は余談です。輸出企業が生産を増やせないとなると、輸出が減り続けて輸入に使う外貨が不足する、という懸念を持つ読者もいるかもしれませんが、それは大丈夫でしょう。
輸出がある程度以上に減り、輸入に使う外貨が不足するようになれば、ドルが値上がりします。そうなれば、輸出企業が「高い時給で労働者を集めても、それで生産を増やせれば儲かる」と考えて時給をあげるでしょうから。
その時に、どの業種から労働者が奪われるのでしょうか。筆者の懸念は介護士の給料が今のような低い状況だと、介護業界から(直接なのか玉突きの形なのかはともかく)労働者が奪われて介護を必要とする人が困るのではないか、ということです。杞憂だと良いのですが。