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特集:自然災害・多発時代の日本経済

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●「八ツ場ダム」vs.「脱ダム宣言」

今回の台風19号に関して、筆者が興味深く感じたのは、SNS上で「八ツ場ダム、ありがとう!」という声が飛び交っていたことである。

以前、民主党政権時代に「無駄な公共事業」の代表格とされ、建設計画の中止が取り沙汰された群馬県の多目的ダムのことである。結局、事業は継続ということになり、ダムは来年の完成が見込まれている。その八ツ場ダムがちょうど試験運転の段階にあったところ、この週末だけで水かさが54メートルまで上昇していたというのである。今さらながら、今回の台風19号の降雨量に驚かされる。

仮に八ツ場ダムが建設されていなかった場合、この水量はすべて下流に流れていたことになる。今回は利根川や荒川という巨大河川で決壊がなく、大きな被害に至らなかったけれども、それはひょっとすると「ぎりぎりセーフ」であったのかもしれない

もっとも、ネット上の声を額面通りに受け止めることは留保すべきだろう。八ツ場ダムがもっと早くに完成し、既に水を蓄えた状態になっていた場合、今回のように多くの水量を一度に蓄えることはできなかったはずである。つまり八ツ場ダムはファインプレーであったとしても、それは単なる偶然の所産だったかもしれない。実際のところがどうであったのかは、専門家による今後の検証を待たねばなるまい。

とは言うものの、これだけ自然災害が多発する時代を迎えると、かつてのような「公共事業悪玉論」が説得力を失うことも事実である。これまたネット空間においては、お隣の長野県において、かつて田中康夫知事が2001年当時に唱えていた「脱ダム宣言」への批判が飛び交っていた。台風19号で千曲川が決壊したのは、あのときにダム建設を中止したからだというもので、これもまた今後の調査検証が必要であろう。

脱ダム宣言の論点は、「数十年に1度の災害に備えるのは効率が悪い」、「子孫にはなるべくダムの少ない国土を残すべき」というものであったと思う。同意できる部分もあるのだが、これだけ自然災害が多い時代を迎えると、「堤防があれば洪水は防げる」という前提は修正しなければならない。治水対策にはダムや堤防といったハード面はもとより、気象情報の精度向上や避難訓練といったソフト面の対策も欠かせない。

逆に今となっては、1990年代末から00年代にかけて、「公共事業悪玉論」がなぜあれだけ盛んであったのかが不思議に思えてくる。当時はバブル経済の崩壊後に、景気対策としての公共事業が多用されたが、あまり意味があるとは思えない案件が多かった。しかも利権がらみの噂も絶えず、自民党の長期政権と併せて批判の対象となっていた。

さらに当時は、財政赤字の拡大に対する懸念も今に比べると強かった。「こんなことをしていると、いずれ長期金利が高騰する」という危機意識があり、そのことが2000年の「加藤政局」の遠因ともなっている。森喜朗首相への倒閣運動は、「財政再建」が大義名分であった。当時に比べて財政赤字はさらに膨れ上がり、なおかつマイナス金利に直面している今日から考えると、ますます当時のことが理解しにくくなっている。

●国土インフラをどう維持していくのか

2009年に誕生した民主党政権は、「コンクリートから人へ」というマニフェストを標榜していた。自民党政治へのアンチテーゼであるとともに、景気対策は公共事業でごく一部の企業に仕事を発注するのではなく、給付金のような形で国民に直接渡せばいい、という考え方には合理性があったし、それなりの支持も得ていたと思う。

その民主党政権も、「3/11」震災以降は被災地における防潮堤建設などを止められなくなっていく。なし崩し的な変化であったが、そもそも「コンクリートか人か」を二項対立として捉えていたことに問題があったと言えよう。

ちなみに、「箱モノ行政」に対する批判は今も根強い。東京五輪開催に向けた新国立競技場の建設をめぐって、議論が迷走したことは記憶に新しい。防災・減災はさておいて、国民の意識はなおも「公共事業」に対して厳しいものがありそうだ。

しかし公共事業というものは、本来「高いから悪い、安いから良い」というものではあるまい。単年度予算におけるフローではなく、社会資本というストックと捉えなければならない。他国に向けて言っているように、「質の高いインフラ」を備えるべきである。

現在、国内のインフラすべて合わせると約800兆円に達すると言われる。これだけの規模になると、ストックを維持していくこと自体にコストがかかる。老朽化対策が必要なのはもちろんのこと、技術の進歩に沿って「スマート化」を進めなければならない分野もある。なおかつ、自然災害から守っていかなければならない。

(1)産業インフラ
➢道路(橋梁、トンネルを含む)
➢鉄道(トンネル、橋梁・高架橋、軌道など)
➢港湾(航路、防潮堤、係留施設、臨港交通施設など)
➢空港(空港施設、無線施設、灯火施設など)
➢航路標識

(2)国土インフラ
➢河川(堤防、水門、ダムなど)
➢砂防
➢海岸

(3)社会インフラ
➢下水道(管路、ポンプ場、処理場)
➢公営住宅➢官庁施設
➢公園(休養、遊戯、運動、教養、災害応急対策施設)

特にわが国の社会資本ストックは、高度経済成長期に集中的に整備されているので、今後は急速に老朽化が進む。国土交通省によれば、「今後20年間で、建設後50年以上経過する施設の割合は加速度的に高くなる」とのこと2。今後の人口減少社会において、インフラの維持管理と更新は、日本経済にとって重要な課題となるはずである。

●景気の心配も~財政政策をどう使うか

短期的には、景気の心配をしなければならない。今週の株式市場は、「災害に売りなし」とばかりに、日経平均は久々に2万2000円台を回復しているが、これはむしろ海外市場において、米中貿易戦争やBrexitに対する楽観的な見通しが浮上したことによる。台風19号の被害を十分に織り込んでいるとは考えにくい。

海外経済の動向も不穏なものがある。今週は、IMFのWorld Economic Outlookの10月改定版が公表されている。タイトルからして、”Global Manufacturing Downturn, Rising Trade Barriers”(世界的な製造業低下、貿易障壁も高く)と悲観色が濃い。下記の通り、今年の世界経済の成長率は3.0%と、過去に見たことがないほど低い数値となっている。特に貿易量の伸びが、1.1%にまで下方修正されていることが目を引く。「貿易戦争が諸悪の根源」と言わんばかりである。

今年の夏以降、全世界的な金融緩和が行われているが、それはかならずしも特効薬とはなっていないようである。日銀も今月末の金融政策決定会合では、何らかの追加緩和策が出そうな雲行きだが、景気を浮揚させる効果は期待しにくいだろう。


日本の場合は、補正予算の編成を急ぐべきだろう。それと同時に、どんな形で財政政策を使うか、インフラの老朽化対策を含めて議論を急ぐ必要があるのではないか。自然災害が多発する時代を迎え、経済政策も環境変化に適応することが望まれる。


1 http://www.sonpo.or.jp/news/statistics/disaster/

2 インフラメンテナンス情報から。http://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/maintenance/01maintenance/index.html

3 https://www.imf.org/en/Publications/WEO/Issues/2019/10/01/world-economic-outlook-october-2019

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