記事

「ラグビーW杯日本招致」世界とのタフな交渉録

1/2

2019年9月20日に開幕したラグビーW杯日本大会。これまでラグビー伝統国でしか開催されてこなかった祭典は、なぜ日本にやってきたのか。世界とのタフな交渉にあたったメンバーたちの真実の物語。

■世界との交渉秘録

「おかしいじゃないですか――」

AFLO=写真

森喜朗は、怒気を含んだ日本語でシド・ミラー国際ラグビーフットボール評議会(IRB、現WR)会長に語りかけた。

同席していた眞下昇は、ややたじろぎ、森先生、何を言うつもりだろうかと、少しばかり案じた。傍らで通訳として臨席していた徳増浩司は、どのように訳して伝えるべきかと困惑しつつ、慎重に言葉を選んで英語を発した。

森は、遠慮せずにつづけた。

「仲間うちでだけボールを回し合っているようでは、ラグビーはいつまでたってもグローバルなスポーツにはなりませんよ」

誰がどう見てもイギリスを中心とする不公平かつ不平等であるIRBの運営に憤り、投票権の偏った構成を念頭に、ラガーマンらしい比喩で難じた。

■2011年大会W杯招致投票前夜

2005年11月17日、アイルランドの首都、ダブリン。IRBの理事会が開かれ、6年後の11年ラグビーワールドカップ(W杯)の開催国を決めるプレゼンテーション、そして投票が進められていた。名乗りを上げて最終候補として残ったのはニュージーランド(以下、NZ)、南アフリカ共和国、そして日本の3カ国である。

森 喜朗●1937年、石川県生まれ。早稲田大学商学部卒。日本ラグビー協会会長、ラグビーW杯2019組織員会副会長、日本ラグビー協会名誉会長などを歴任した。

日本ラグビー協会の幹部たちは、2年あまりをかけて、やっとここまで来たかという感慨と、圧倒的に不利な状況に追い込まれている悲壮感に、同時に浸っていた。

ラグビー強豪国の南アフリカは、来る10年サッカーW杯の開催国にすでに決まっており、スタジアムの建設も進んでいた。したがって、ラグビーW杯を開催できる環境も整っていると自信に満ちていて、ほかの理事国も高い関心を示していた。NZは、1987年に第1回W杯をオーストラリアと共催しており、単独での自国開催を熱望していた。国土は日本より狭く、人口は約500万人である。開催国としては南アフリカに劣ると見る関係者が少なくなかった。

しかしながら、南アフリカとNZの招致団には、世界的に知られたスター級の元選手がリーダー格にいて、プレゼンテーションでは日本を圧倒した。

眞下 昇●ラグビーW杯2019組織委員会エグゼクティブアドバイザー。1938年、東京都生まれ。トップレフリーとして活躍した後、日本ラグビー協会専務理事、副会長などを歴任。

日本の招致団は、元首相で日本ラグビー協会会長の森喜朗を筆頭に、元外務事務次官で駐イギリス日本大使の野上義二、協会専務理事でW杯招致実行委員会委員長の眞下昇らが幹部として居並んでいた。森が早稲田大学ラグビー部OBであることは、日本国内では広く知られている。野上は、都立日比谷高校ラグビー部時代に全国ベスト8に入っており、眞下は伝統校の群馬県立高崎高校、東京教育大学(現・筑波大学)、そして社会人時代とラグビーに打ち込み、現役引退後はレフリーとして国際試合でもホイッスルを吹いていた。

森や眞下らとともに2003年から各国を巡ってロビー活動をしてきた協会の国際部長で主要な通訳者でもあった徳増浩司も、期待と同時に危機感を抱いていた。

IRBの規定と要請に基づき、W杯日本大会が実現した場合の全48試合のスケジュール、グラウンドの整備、各国の選手やスタッフの移動手段、宿泊ホテル、入場料収入のシミュレーションなど、限られた日本ラグビー協会のスタッフたちとともに練り上げてきた。ここに至る終盤の5カ月ほどの間、徳増は、まともに休めたのが2日か3日かというほどであり、苦闘の日々を思い返していた。

■新たにアジアで、そして日本での展開へ

そして、日本は「A Fresh Horizon(新しい地平線)」というキャッチコピーを掲げて招致を訴えた。これまでの伝統国ばかりでの開催から、新たにアジアで、そして日本での展開へ、というメッセージが込められていた。日本国内でも、招致に賛同する署名を16万筆以上、集めていた。

徳増浩司●ラグビーW杯2019組織委員会事務総長特別補佐。1952年、和歌山県生まれ。17年にアジアラグビー協会会長を退任し、現在名誉会長を務める。

海外の関係者を眞下らとともに訪ねて、日本が招致活動に名乗りを上げるので、ぜひ賛同してほしいと、説得してきた。徳増は、国際基督教大学を卒業後、西日本新聞社勤務を経て、英ウェールズの大学に留学した経験があり、とくにラグビーの専門用語にも長けた語学力を駆使して通訳と交渉の最前線に立ってきた。各国の代表であるIRB理事たち一人ひとりを説得すると、アジア初の開催に賛意を示す者は少なくなかった。

だが、当時の日本代表チームは、欧州遠征でスコットランドに8-100、ウェールズに0-98などと惨敗を喫することばかりがつづいた。ホテルのバーで酒を酌み交わしながら、海外の関係者を説得していると、酔った相手から「100点とられて負けるような国にW杯は行かない」と痛烈な本音をぶつけられることもあった。徳増は、苦笑いを浮かべながら相手に頷きつつ、「悔しい思いが逆に闘志に変わった」と振り返る。

四季は美しい。治安がよく、物価は安いこと。夏季・冬季のオリンピック開催、韓国とのサッカーW杯共催というスポーツの世界イベントを成功させたという実績があること。平均15分に1本という間隔で新幹線が整然と列島を走っており、移動に要する時間と負担が少ないこと――。日本開催の利点を、そう訴えた。

(上)優勝チームに贈られるウェブエリスカップ。(中)2011年大会のプレゼンテーション前、IRB理事会室入り口での一枚。(下)2019年招致を後押ししてくれたIRBラパセ会長(当時)。(写真提供=徳増氏)

投票日が近づいてくると、立候補している南アフリカとNZの招致団の幹部たちは、深夜になっても、ホテルのバーで理事国の幹部をつかまえては、相手の目を見据えて、投票を訴えかけている。徳増たちも、投票日の前夜遅くまで、席を立つ関係者たちを引きとめては、グラス片手に熱く日本への投票を要請した。翌朝、疲労と睡眠不足で朦朧としながら、ホテルのロビーに下りると、開催を競う南アフリカとNZの幹部たちがまだ理事国の幹部たちをつかまえて説得していた。慌てて、その場に加わった。

3カ国が招致に立候補しているため、第1次投票によって2カ国に絞られ、決選投票によって開催国を決めるという手順で進んだ。

眞下は、前日、逗留先のホテルに、NZ招致団の幹部の訪問を受けた。NZの幹部は、「3カ国のうち、私の国が第1次投票で負けるだろう」と切り出した。南アフリカが本命視されていることはわかっていた。そうかといって、決選投票に日本が残るという確固たる見通しも立っていなかった。驚いている眞下に、NZの幹部は「私たちの国が第1次投票で負けたら、次はおまえの国に投票する」とつづけた。

日本の招致団は、南アフリカが優勢で、NZがやや劣勢であり、第1次投票で、南アフリカと日本に絞られることに希望をつないでいた。ロビー活動に勤しんでいるとき、「日本に投票する」と明言する理事国の代表もいた。しかし、実際にどれだけの票を得られるかは、各理事が投じ終えるまではわからない。仮に、南アフリカとの決選投票に持ち込めたとしても、開催国に勝ち上がることは容易ではないと日本側の誰もが見立てていた。

いきなりの番狂わせが第1次投票で起きる。最優勢と衆目の一致していた南アフリカが落選したのである。NZが同情票を集めたという実情も少なからず働いたと分析された。



ラグビーW杯は、そう長い歴史ではないとはいえ、一握りのラグビー伝統国に牛耳られてきた。87年の第1回大会以降、4年に1度、イングランド、南アフリカ、ウェールズ、オーストラリアと5大会がすべて、北半球と南半球で交互に譲り合うように開催されてきた。アジアはもちろん、北米でも南米でも開催されたことがなかった。限られた国々の間で、予定調和と大差のない“パス回し”が繰り返されていたのである。

日本は、ラグビーW杯、第1回大会が開かれて以来、欠かさず参加してきたが戦績は振るわなかった。前回の15年イングランド大会で強豪の南アフリカを破るというあの劇的な勝利をあげるまで、91年にジンバブエ戦で白星をあげているだけであった。

日本では1899(明治32)年に慶應義塾大学でラグビーが始まっており、日本ラグビー協会も1926(大正15)年に創立されている(2013年に公益財団法人化)。30(昭和5)年には日本代表が結成され、カナダに遠征してテストマッチにも参加している。

■歓喜と落胆のあいだで

時差についていうなら、ダブリンよりも日本のほうが時計の進みが8時間早い。したがって、現地の午後に投票結果が発表されるころ、日本は真夜中である。

宮崎春奈●ラグビーW杯2019組織委員会会場運営局メディアオペレーション部長。W杯を取材する国内外のメディアの取材環境を整える業務にあたる。

この当時は、まだ開催国発表の模様がオンタイムでインターネット中継されるようなことはなかった。そのため、現地の投票会場にいる徳増らが電話で、東京・北青山の秩父宮ラグビー場内にある協会の一室で待機する幹部や職員に逐一、経過を知らせた。メディアの記者たちが50人以上集まっていた。最有力候補と見られる南アフリカが第1次投票で落選したと知らされると、職員、記者たちからどよめくように歓声が上がった。

これは日本に決定しそうだと、にわかに熱を帯びていた。日本ラグビー協会の広報担当である宮崎春奈は、もしやの瞬間のためにと、シャンパンを買い込んできていた。紙コップでの乾杯でいいかと思ったが、それではせっかくの祝いのひとときに高揚感も味わえない。そう考え、協会スタッフとともに、レンタルのシャンパングラスを手配していた。

ダブリンの投票会場では、IRB会長のシド・ミラーが登壇し、「ネクスト・ワールドカップ……」と語り始めた。つづいて発せられた言葉に、座は一変した。

「ニュージーランド」

東京では、シャンパンの相伴に与ることなく、記者たちが引き上げていった。

当時29歳だった宮崎春奈はラグビー好きだった父の影響で、姉や友人たちと中学生のころから球場に足を運んでいた。学習院大学3年の冬から押しかけ同然に日本ラグビー協会でアルバイトを始め、卒業後はそのまま職員として就職していた。アイルランドへの留学を経て、現在は企業スポーツにかかわる民間企業に籍を置きながら、W杯2019組織委員会のメディアオペレーション部長として、取材陣のサポートやバックアップの指揮をとる。

■11年招致失敗で芽生えた新たな感情

森は、徳増に、IRB会長のシド・ミラーになんとしても面会の時間をとりつけられるように交渉しろと指示していた。

ハードな交渉の末、徳増は、森とシド・ミラーの会談のスケジュールをとりつけた。日本の招致団の事実上のトップである以上に、元プライム・ミニスター・オブ・ジャパンという森の国際社会における来歴は、圧倒的な存在感となって鳴り響いていた。

日本の招致団と相対したシド・ミラーは、元アイルランド代表であり、世界を代表する存在である。

「次はがんばってくれ――」

にこにこと笑みを浮かべつつ、また開催国の招致活動に挑んでくれと励ましたこの大立者に対して、森は少しも遠慮しなかった。森は、挨拶もそこそこに、決めていた覚悟を覆すことなく主張した。

「いわば旧大英帝国が結託すれば、簡単に過半数がとれてしまうではないですか。いまの時代に、こんなおかしな話がありますか」

国会議員として、日本の首相として、数多くの国際会議や国際交渉の場で一筋縄ではいかぬ相手と渡り合ってきた。その経験から、正論で語りかけた。シド・ミラーの顔が見る見るうちに激して紅潮していた。やきもきする日本代表団幹部をよそに、森はつづけた。

「国連では、経済大国である米国、中国も、小さな新興国も、すべての国が平等に1票ずつ持っています。なぜ、ラグビーの世界では、伝統国といわれる力のある国だけが2票を持って、それ以外の国は1票しかないんですか。これが民主主義の先導国であるイギリスのやることなんでしょうか。こんなことをしていたら、ラグビー界は必ず衰退しますよ」

ラグビーは、イギリスを中心に発展したスポーツである。

イギリスは、もともと由緒ある独立した王国が集まって発展してきたという歴史を露骨なほどにラグビーの国際社会で主張し、その地位を保ってきた。イングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドという、イギリスを構成する4つの地域がおのおの国としての主権を譲らずに時を重ね、それがために著しく偏った歴史を連ねてきた。

とりわけ、イングランドは、19世紀から、盟主になろうと3つの地域と覇権争いを重ねてきた。4つの地域はまとまりやすい一方、イングランドを敵視して、3カ国でまとまるという傾向もときに見られた。

IRBの発足時のメンバー国である英4地域とオーストラリア、NZ、南アフリカ、フランスを創設協会といい、それぞれがIRBに2名ずつ理事を送り込んでいた。したがって、理事会での投票権も、この8カ国・地域で合わせて16票を有していた。

他方、創設協会以外のカナダ、イタリア、アルゼンチン、そして日本という4カ国に割り当てられている理事の椅子は各国1つであったから、投じられるのも各国1票に限られる。さらに、アジア、北米、南米、欧州、オセアニア、アフリカと、6つの地域協会が各1票を持っていた。これらを合わせると26票。つまり、創設協会だけで過半数を占めてきたのである。

あわせて読みたい

「ラグビー」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    立民党はなぜ全く期待できないか

    宇佐美典也

  2. 2

    社民党を食いつぶした福島瑞穂氏

    文春オンライン

  3. 3

    投資家がマイホームのリスク指摘

    内藤忍

  4. 4

    桜疑惑 安倍氏かばう議員に疑問

    猪野 亨

  5. 5

    トヨタが学校推薦を廃止した衝撃

    城繁幸

  6. 6

    敗北認めぬトランプ氏 破産危機

    女性自身

  7. 7

    自民重鎮 王毅外相何しに日本へ

    深谷隆司

  8. 8

    人気のセ・実力のパに「違和感」

    中川 淳一郎

  9. 9

    非効率すぎる日本の医療救急行政

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

  10. 10

    もともと余裕ない医療 医師嘆き

    中村ゆきつぐ

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。