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荒川の河川敷に住むホームレスは、台風の夜をいかに過ごしたのか 小屋は水没、水位が腰の高さまで…… - 水谷 竹秀

 ブルーシートに覆われた小屋の側には、水浸しになったぼろぼろの革靴や黒焦げの魚焼き網、新聞紙、段ボール、ビニール袋などが雑然と積まれていた。へどろが溜まった足下はまだぬかるんでいる。周辺に生い茂っていた木々や雑草はしなって倒れたままで、その光景が台風の威力を物語っていた。

米寿目前という年齢を感じさせない

 冷たい小雨が降っていた10月14日夕、87歳の路上生活者、立花さん(仮名)は、浸水被害の後始末に追われていた。

「水位が腰の高さまで上がり、パンツが濡れるぐらいでした。小屋の中で濡れちゃった新聞紙や段ボールなどはまとめて外へ出しました」

 その作業のせいで、立花さんが着ている茶色いジャンパーや長ズボン、長靴は泥だらけだ。

「こういうのは慣れていますよ。昔土方やっていたから」

 しゃがれ声でそう話す立花さんは、余裕の笑みすら見せる。肌つやがよく、米寿目前という年齢を感じさせないたくましさに溢れているのだ。

 近くに並ぶ工事用フェンスには、黒いジャンパーや毛布が何枚も干されていた。このフェンスは国土交通省が8年前、路上生活者追い出しを目的に実施しようとした工事で設置されたもので、工事自体は立花さんら路上生活者たちの抵抗で阻まれたが、フェンスは今も残っている。

 ここは東京都東部を流れる荒川河川敷の一角である。木々や雑草に覆われた「ジャングル」のような場所に、立花さんともう1人の路上生活者(79歳)の2人が、ブルーシートの小屋を建てて10年ほど前から住んでいる。

「立花さんのところが大変なことになっている」

 私は山谷地域の取材を長らく続けている関係で今年5月、立花さんと出会った。若い頃から山谷の簡易宿泊施設で暮らしていた元日雇い労働者で、バブル崩壊以降、仕事が減って荒川河川敷へ移ってきた。そんな立花さんに、山谷の昔話を聞かせてもらうため、私は度々この場所を訪れていた。ところが台風19号が関東地方を直撃した後、関係者から「立花さんのところが大変なことになっている」と知らされ、飛んできたのだ。

 台東区が路上生活者の避難所入りを拒否した問題が騒がれる中、荒川河川敷でひっそり暮らす路上生活者たちは、それぞれの小屋が浸水被害に見舞われていた。水位が上がった川から泥水が押し寄せてきたためだ。堤防の決壊こそ免れたものの、屋根まで浸水した小屋もあったという。

 河川敷の周辺には、路上生活者227人(2019年夏現在、荒川下流河川事務所調べ)がブルーシートに覆われた小屋などで生活をしている。立花さんたちは10月12日、路上生活者らを支援する民間組織「山谷労働者福祉会館活動委員会」(台東区日本堤)の会館建物で一晩を過ごした。委員会のメンバーが迎えに来たワゴン車に乗り、一時的に避難していたのだ。

 この委員会は、山谷でもっとも古い活動家の組織で、年末年始に行う恒例の炊き出し(別名、越年越冬闘争)には、れいわ新選組の山本太郎代表が毎年視察に訪れている。

路上生活者たちはスマホを持っていない

 委員会は台風が上陸する2日前、公益財団法人城北労働・福祉センターの娯楽室の夜間開放を要請した。センターは、台東区と荒川区にまたがる山谷地域の中心部にあり、日雇い労働者に職業紹介を行っている。その地下1階にある娯楽室は平日午後8時半まで、周辺に住む路上生活者や生活保護受給者の憩の場として利用が可能だ。しかし、委員会の要請は受け入れられず、台風直撃当日は正午で閉館。路上生活者たちは閉め出される形となった。

 委員会は、台東区役所にも問い合わせたが、「区の避難所は基本的に路上生活者をお断りしている」という回答だったため、会館建物を開放し、立花さんら路上生活者約20人を緊急に受け入れた。

 会館には宿泊せず、荒川河川敷近くの公園や「自分の隠れ家」へ避難した路上生活者も多数いたという。路上生活者たちはそもそも、スマホを持っていないなどネット環境がないため、各区が指定する避難所の場所すら分からない人も多い。

「人権を無視」「差別」と非難

 路上生活者の避難拒否問題を受けて、委員会のメンバーと路上生活者らは台東区役所を訪れ、危機・災害対策課の係長に直接抗議した。区の対応について、委員会のメンバーはこう非難する。

「山谷地域もあるので、特に台東区には路上生活者が多い。その状況を認識しているべきなのに、人権を無視した態度を取ったことに対しては許せない」

「路上生活者たちは人間扱いされていないと憤っている。自分の命を守るために、近くに避難所があったら避難するのは当然」

「あいつらは税金を支払っていないから追い出して当然だ、というメッセージを発したと受け取られても仕方がない」

 立花さんも、人づてでこの問題については耳にしていたようで、私の取材にこう語った。

「路上生活者っていうのは、やっぱり人間じゃないんだよね。差別だよね」

猫と一緒に屋根で過ごす

 台風一過となった翌13日、立花さんが荒川河川敷に戻ってくると、小屋が腰の高さまで浸水していた。

「堤防のほうから見ると、本流のほうはものすごい勢いで流れていました。あの時が川の勢いは最高潮だったかもしれない」

 立花さんは普段、空き缶拾いと月に数日の日雇い労働をこなし、生活を続けている。生活保護は受けていない。だが、浸水の影響で、空き缶拾いにも行けない。とりあえずは小屋の上に避難した。

 小屋の広さは2メートル四方で、高さは1.5メートルほど。台風襲来時を考えて、ベニヤ板を何重にも張り合わせて低く作っているため、少々の風圧ではびくともしない。今回の台風襲来時にも、その頑丈ぶりを発揮した。

 ずぶ濡れになって小屋に入った立花さんは、浸水を免れ、中に置いてあったカセット式ガスコンロ、鍋などの調理器具、ペットボトルの水、即席ラーメン、コッペパン、インスタント米など食料2日分を取り出し、小屋の上まで運んだ。

「水がたまっているんだからさあ、何もやることができない。とりあえず必要な物を上にあげ、寝るために乾いたシートを敷きました」

 立花さんは猫を2匹飼っているため、その餌も一緒に用意した。あの強風にもかかわらず、無事だった。

「水が上がったから1匹は高い所へ逃げていました。もう1匹は、小屋の中に浮かんでいた布団の上にいました」

 屋根に上った立花さんは、正午ごろから猫たちとともにそこで過ごした。

「すぐ横になって寝ちゃったんだよ。でも夜はあまり熟睡できなかったねえ。だいぶ水が引いてきたのがわかったけど、どうせ降りてきたって寝るところないんだから。下は水浸しで何もかもびしょ濡れだからね。2日ぐらいはかかると思ってたからさあ」

「自分勝手にやってきたから、行政の世話にはなりたくない」

 翌朝午前5時ごろ目覚めると、想定していたより早く水が引いていた。小屋の床部分は水浸しになっていたため、修復しなければならない。自転車に乗って付近のゴミ置き場から段ボールを集め、ついでに空き缶も拾った。小屋の中で水浸しになった日用品や新聞紙などをすべて引っ張り出し、そこに拾ってきた段ボールを敷き、ブルーシートをかぶせた。まだ水浸しになっている衣類や毛布などがあるため、天候に応じて少しずつ乾かしていくつもりだ。

「野宿していれば色々なことはあるよね。このくらいのことはしゃあない。まだこういう小屋があるだけましなほう。ない人はもっと大変だよ」

 長年路上生活を経験しているからか、立花さんの語り口は実に平然としている。たとえば取材の最中に私が「何かお手伝いしますよ」と伝えても、「いや、大丈夫です」とまず断られる。生活保護を受給していない理由も「今まで自分勝手にやってきたから、行政の世話にはなりたくない」と言い、とにかく他人に迷惑を掛けたくないオーラを全開にしてくるのだ。

 そんな立花さんは翌日から早速、空き缶拾いに行くのだという。

「行かなきゃ飯食えない。体も動かさないとね。アルミ缶拾いでも多少は動いていればお金にもなるし」

 立花さんは今日も早朝から自転車を漕いでいるのだった。

写真=水谷竹秀

(水谷 竹秀)

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