- 2019年10月11日 16:10
福島の甲状腺検査に国際的な勧告を生かすには――IARC専門家に聞く Louise Davies氏インタビュー - 服部美咲
2/2集団へのスクリーニングではなく、個人へのモニタリングを
――子どもの甲状腺がんに関する報告は、剖検(死後解剖)を含めてほとんどありません。「IARCの勧告は、成人のデータに基づいているため、福島の子どもの検査には適用できない」という意見がみられます。この意見についてどう思われますか?
IARCの勧告は、チェルノブイリ事故後の周辺地域の子どもを対象とした甲状腺がんに関するデータ、そして福島で甲状腺がんスクリーニングを受けた子どもたちに関する新たなデータなどを検討してまとめられています。「IARCの勧告が、大人の甲状腺がんのデータに基づいているため、福島の甲状腺検査に適用できない」という見解は正しくありません。
――将来、福島第一原発事故と同じ規模の原子力事故が起きた場合、IARCの勧告に基づき、周辺地域の住民に甲状腺がんスクリーニングを実施しないことが推奨されますか。
はい。将来、原子力事故があった後、周辺地域の自治体が、スクリーニングではなく、高リスクの個人に対するモニタリングプログラムを検討することを願います。そのために、今回のIARCの「甲状腺がんスクリーニングを実施すべきでない」という勧告が役立つと良いと思います。
モニタリングプログラムを実施するためには、平時から、長期的な準備をしておくべきです。たとえば、原子力施設の周辺地域では、原子力事故が起きた場合にどうすれば良いのかを住民に啓発する教育プログラムが必要です。また、原子力事故後できるだけ早く住民の放射線被ばく線量を詳細に把握できるプランを立てておくことが望ましいでしょう。予めプランが立てられていれば、把握した被ばく線量と基準値を照らし合わせて、甲状腺がんのリスクが最も高い人に対するモニタリングを提供することができます。
今回のIARCの勧告を要約しておきましょう。
IARCは、甲状腺がんスクリーニングに反対しています。ここでいう甲状腺がんスクリーニングとは、一人ひとりの甲状腺被ばく線量に関係なく、ある特定のエリアのすべての居住者に呼びかけて、特定のプロトコル(手順)にしたがい、甲状腺がんの検査と治療を行うことを指します。甲状腺がんスクリーニングは、害が利益を上回るため、推奨されません。その代わり、原子力事故後、ハイリスクの個人に対する長期的な甲状腺モニタリングプログラムを推奨しています。
モニタリングプログラムは、放射線被ばくを評価することが可能な状況下でのみ、効果的に実施することができます。原子力事故後の一人ひとりの甲状腺被ばく線量を測定する方法や教育などの詳細については、IARC報告書に概説されています。
福島の甲状腺検査にIARCの勧告はどう役立つか
――IARCの勧告では「この専門家グループの目的は、 過去の原子力事故後に実施された甲状腺検査プログラムを評価することでも、現在進行中の甲状腺健康モニタリング活動に関して提言を行うことでもない」とされています。
私たちの目標は、過去を評価することではなく、未来への提案をすることです。東京電力福島第一原子力発電所の事故の後、日本の経験から多くの教訓を得ました。そのことを、報告書でも伝えています。
もし福島の甲状腺検査についての勧告を行うのであれば、すでに進行中のプログラムを中止することによる潜在的な影響、住民が原発事故による甲状腺がんのリスクをまだ心配しているかどうか、住民が検査を継続してほしいと考えているかどうかなどを考慮する必要があります。
――この記述があることから、「IARCの勧告は福島の甲状腺検査に適用されるべきではない」という意見があります。
IARCの勧告を、福島の甲状腺検査に適用することを阻むものはありません。
福島の住民や、甲状腺検査を実施している専門家は、今回のIARCの報告をよく読み、話し合い、福島の甲状腺検査にIARCの勧告を適用するかどうかを、もし適用するならばその方法を、自分たち自身で決めるべきです。すべての人が甲状腺検査の利益と害を理解し、理解する過程で信頼が育まれるように、互いに協力できれば良いと思います。
――福島の甲状腺検査において、IARCの勧告をどのように適用すればよいでしょうか。または、現行の福島の甲状腺検査をより良い形にするにはどうしたらよいでしょうか。
福島の甲状腺検査に関わる専門家は、これまでに蓄積されたデータに基づいて、スクリーニングの利益と害を評価し、専門家会合を開いてよりよい形を決めるべきです。
甲状腺検査のあり方を変えるにしても変えないにしても、検査の対象者が 十分な情報に基づいた決定をするために、検査に参加することの利益と害についての最新の知見を伝えられる必要があります。
IARCの報告書を検査対象者にそのような情報を伝えるための資料として活用してもらいたいと思います。報告書には、福島で行われているような甲状腺検査の利益と害についても触れています。
――IARCの勧告をよく理解することは、福島の住民や専門家、甲状腺検査に関わる行政などにとってどのようなメリットがありますか?
IARCの報告書は、福島の甲状腺検査のあり方と、その結果を熟考する機会を作り、今後の甲状腺検査のあり方を議論する材料になるでしょう。既に福島の甲状腺検査から得られた教訓は非常に多いです。福島の住民にとって、甲状腺検査をどのようにするのが正しい道なのかを判断するための一歩を踏み出すきっかけになると思います。
参考リンク
・Thyroid Health Monitoring after Nuclear Accidents
http://publications.iarc.fr/571
・甲状腺モニタリングの長期戦略に関する国際がん研究機関(IARC)国際専門家グループの報告書について(環境省)
http://www.env.go.jp/chemi/rhm/post_132.html
・10分でわかる甲状腺がんの自然史と過剰診断(大阪大学医学系研究科甲状腺腫瘍研究チーム)
http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/labo/www/CRT/OD.html
・“Current Thyroid Cancer Trends in the United States”
Louise Davies, MD, MS; H. Gilbert Welch, MD, MPH(JAMA,2006)
・“Increasing Incidence of Thyroid Cancer in the United States, 1973-2002”
Louise Davies, MD, MS H. Gilbert Welch, MD, MPH(JAMA Otolaryngology–Head & Neck Surgery,2014)
・AACE/ACE disease state clinical review:
Endocrine surgery scientific committee statement on the increasing incidence of thyroid cancer
・Louise Davies, MD, MS et.al. (ENDOCRINE PRACTICE Vol 21 No.6 2015)
・公正で倫理的な「天秤」を持つ――がんのスクリーニング検査のメリットとデメリット 津金昌一郎氏インタビュー/服部美咲
https://synodos.jp/fukushima_report/21788
・医師の知識と良心は、、患者の健康を守るために捧げられる――福島の甲状腺検査を巡る倫理的問題 髙野徹氏インタビュー/服部美咲
https://synodos.jp/fukushima_report/21604
・韓国の教訓を福島に伝える―韓国における甲状腺がんの過剰診断と福島の甲状腺検査
https://synodos.jp/fukushima_report/21930
・過剰診断とは何か?–福島の甲状腺検査の問題点
https://synodos.jp/fukushima_report/22627
・IARC Expert Group on Thyroid Health Monitoring after Nuclear Accidents / Thyroid Health Monitoring after Nuclear Accidents
http://publications.iarc.fr/571
・甲状腺モニタリングの長期戦略に関する国際がん研究機関(IARC)国際専門家グループの報告書について(環境省)
http://www.env.go.jp/chemi/rhm/post_132.html



