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福島の甲状腺検査に国際的な勧告を生かすには――IARC専門家に聞く Louise Davies氏インタビュー - 服部美咲

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東京電力福島第一原子力発電所の事故の後、福島県は県民健康調査の一環として、原発事故当時18歳以下だった全県民を対象に「甲状腺検査」を実施している。この検査は、無症状の集団を対象に、甲状腺がんの可能性の有無を調べる甲状腺がんスクリーニングである。

甲状腺がんスクリーニングは国際的に推奨されない

甲状腺がんは、別の要因で亡くなった方を解剖すると、多くの人の甲状腺に発見されるがんである。つまり、甲状腺がんは、多くの人の甲状腺に発生していながら、そのほとんどが一生症状を出さない(一生治療の必要がない)がんであると考えられる。

無症状の人たちを対象にした集団検診によって発見しなければ、一生症状が出ず、生命や健康を害することがない、したがって治療の必要がなかったはずの病気を発見することになる。これを「過剰診断」と呼ぶ。

過剰診断は、不要だったはずの治療に結びつきやすい。また、発見されなければ健康な人として生活を送れたはずの人に「病人」のレッテルを貼り、社会的・心理的な害を及ぼすリスクもある。

韓国で、超音波による甲状腺がんスクリーニングを実施したところ、実施前に比べて甲状腺がんの発見率が約15倍にまで急増したが、死亡率は変わらなかったという研究結果(Hyeong Sik Ahn et al, Korea’s Thyroid-Cancer “Epidemic” — Screening and Overdiagnosis, NEJM, 2014)が2014年に発表され、甲状腺がんの過剰診断が注目を浴びている。現在、国際的に甲状腺がんのスクリーニングは推奨されていない。

「原子力事故後の周辺地域における甲状腺がんスクリーニングを推奨しない」

原発事故の際に飛散する放射性ヨウ素は、甲状腺がんのリスク要因となる。チェルノブイリ原発事故後、周辺地域の子どもに甲状腺がんが多く発見された。このことから、福島第一原発事故後、周辺地域の子どもの甲状腺がんを心配する声が多くあがった。

福島第一原発事故による放射性ヨウ素の飛散は、チェルノブイリ原発事故の1/10ほどであり、また原発事故直後の農産物の出荷制限などの対応も功を奏し、周辺地域の子どもの放射性ヨウ素による被ばくは低かった。

このため、福島における子どもの甲状腺がんのリスクは、チェルノブイリ原発事故のときのように増加することはないと専門家の多くは考えた。しかし、「子どもの甲状腺に万一異変があればすぐに対応してもらえる」という体制を整えることによって、住民の不安が解消されるよう、福島県は甲状腺検査(甲状腺がんスクリーニング)を開始した。

2017年、世界保健機構(WHO)の外郭団体IARC(国際がん研究機関)は、原子力事故後の甲状腺検査のあり方を調査・研究する国際専門家グループTM-NUCを発足した。同グループは翌年2018年、「原子力事故後の周辺地域における甲状腺がんスクリーニングを推奨しない」と勧告する文書を出した。

2011年からすでに開始されている福島の甲状腺がんスクリーニングは、勧告の対象から外されている。しかし、今後もしどこかで福島第一原発事故と同様の原子力事故が起きたとしても、甲状腺がんスクリーニングを実施することは推奨されないことになる。

TM-NUCのメンバーであり、アメリカにおける甲状腺がんの過剰診断問題についての第一人者であるLouise Davies医学博士は、「IARCの勧告を、福島の甲状腺検査に適用することを阻むものはありません」と語る。福島の甲状腺検査の今後のあり方に、国際的な知見をどう活かすことができるだろうか。Davies博士にお話を伺った。


「甲状腺がんスクリーニングの害は利益を上回る」

――甲状腺がんの過剰診断は、昨今、海外でも問題になっていると聞きます。甲状腺がんスクリーニングについて、どのように考えておられますか。

甲状腺がんの過剰診断は、カナダ、アメリカ、フランスなど、いくつかの国で報告があります。甲状腺がんのスクリーニングは国際的に推奨されていません。そして、その評価は妥当だと思います。

2017年に、米国予防医学専門委員会(USPSTF)が、研究報告の検討を重ねた結果、「甲状腺がんスクリーニングの害は利益を上回る」と結論付けました。韓国の国立がん検診ガイドライン委員会も同様の結論に達しました。

なぜ甲状腺がんのスクリーニングの害は利益を上回るといえるのでしょうか。それを理解するためには、いくつか知っておかなければならないことがあります。

第一に、スクリーニングは単に検査を指すのではなく、目的を持った一連のプログラムであるということです。スクリーニングプログラムの目的は、早期発見によって、その病気による死亡や合併症を防ぐことです。対象となるのは、ある集団における無症状の人全員です。

ある集団にとって、スクリーニングプログラムが必要となるのは、その病気による死亡率が比較的高い場合です。あるいは、甲状腺がんのように、そもそも死亡率の高くない病気についてスクリーニングプログラムを行うのであれば、将来症状が出てから発見した場合に起こる問題を、早期発見によって予防できなくてはなりません。

甲状腺がんのほとんどは、死亡率が低く、進行しないか進行が非常に遅いがんです。実は、多くの人が潜在的にこのような小さな甲状腺がんを持っていますが、一生症状が出ることなく過ごすと考えられています。USPSTFや韓国の国立がん検診ガイドライン委員会は、スクリーニング検査で発見される甲状腺がんのほとんどは、この、多くの人が一生気づかないような、進行しないか進行が非常に遅いタイプのがんであると結論づけています。

甲状腺がんスクリーニングは、見つけなければおそらく一生治療せずに済んだ甲状腺がんを治療してしまうことにつながりかねません。さらに、スクリーニングを行っても、その集団での甲状腺がんによる死亡率は改善しない可能性が高く、利益もありません。

利益と有害性を十分に伝えた上での「モニタリングプログラム」を

――甲状腺がんの過剰診断が起きると、患者は「検査を受けなければ良かった」という思いから、心理的苦痛を受けます。過剰診断における心理的苦痛の程度は、大人の場合よりも、子どもや保護者の場合の方がより深刻だと考えられます。過剰診断における心理的苦痛について、どう思われますか?

難しい質問です。甲状腺がんは、切除してしまえば、もはやそれが過剰診断であったかどうか(いずれ進行したタイプのものだったかどうか)を知ることはできません。無症状で小さな甲状腺がんを発見したときに、切除せずに長期にわたって経過を見た場合、最後まで明らかな症状を呈さない可能性があります。むろん、いずれ進行して症状を呈する可能性もあります。無症状で発見した小さな甲状腺がんがどちらのタイプのものなのかを、長期的に観察せずに知る手段はありません。

IARCの報告書では、原子力事故後、周辺地域の住民のうち、甲状腺がんのリスクが懸念される個人(編集注:IARCの勧告では甲状腺等価線量として100-500mGy以上の被ばくがあった個人)に対して、モニタリングプログラム(編集注:定期的に甲状腺の状態を観察する機会)を提供するように推奨しました。

モニタリングプログラムには、プログラムの利益と有害性についての教育も含まれます。対象者は、プログラムの利益と有害性を十分に学んだ上で、モニタリングプログラムに参加するかどうかを判断します。もちろんモニタリングプログラムにも過剰診断のリスクはあります。一方、もしかしたら早期発見によって、ごく一部の人々は、より侵襲性(治療による痛みや後遺症など)の低い治療で済む可能性もあるかもしれません。

――一般の人々に過剰診断の害を説明するのは難しいといわれます。「過剰診断」の概念を理解するのが難しい要因はなんでしょうか。

過剰診断を理解するのが難しい理由は、少なくとも2つ挙げられます。

1つは、多くの人々は「医療はやればやるほど良い」(“more is better”)と考える傾向にあるためです。

常識的に、健康上のトラブルは、早期に発見すれば治りやすいと考えられてきました。実際、かつてはそうだったかもしれません。しかし、医療の進歩とともに、以前ならば発見できなかったような体の中の小さな病変も見つけることができるようになりました。症状の出ていないごく小さな病変では、症状が出た場合と同様の治療が必要とは限りません。こういった、無症状のうちに小さな病気を見つけることによる問題が、近年注目を集めています。

がんの過剰診断は、ほかの病気の過剰診断よりも、一層理解が難しいものです。がんは、治療せずに放置すれば、必ず死につながる病気だと思われがちだからです。

しかし、現在、がんはいつも同じようにふるまうわけではないことがわかっています。あるがんは成長が速く、周囲に広がって、多くの問題を引き起こします。しかし、進行が遅かったり、進行がとまったりするがんもあります。後者の例として、前立腺がんが知られています。甲状腺がんもそうですし、非浸潤性乳管がんもそうであるらしいことが新たな研究でわかってきました。

それがスクリーニングである限り、過剰診断のリスクからは逃れられない

――「福島の甲状腺検査では、腫瘍のサイズやリンパ節転移の有無などを考慮して慎重に診断しているので、欧米や韓国のような過剰診断は起きていない」という主張があります。福島の甲状腺検査では、海外に比べて過剰診断は抑えられているのでしょうか。

福島県の県民健康調査に関連する資料や、県民健康調査に関わる医師らの説明によれば、福島の甲状腺検査では、甲状腺結節および甲状腺がんの診断と治療は抑制的に行われているようです。例えば、サイズや病変の所見に基づいて、穿刺細胞診(針で甲状腺の組織を抜き取って行う検査)を行う必要のない結節を選んだり、手術するときに甲状腺を全て摘出するのではなく、半分のみの切除に留めたりしている点です。福島の甲状腺検査のこういった側面は、スクリーニングの害である過剰診断や過剰治療を最小限にするのに役立っているともいえるでしょう。

しかし一般論として言えば、どのような方法でのスクリーニングであっても、それがスクリーニングである限り、過剰診断のリスクをなくすことはできません。甲状腺がんそのものが問題を引き起こす可能性が低いためです。その点において、福島の県民健康調査における甲状腺検査も例外ではありません。

さらに、診断された甲状腺がんのうち、症状を呈したりリンパ節に広がったりしそうにないものは、すぐに手術せず経過観察(甲状腺がんが症状を呈したり、広がったりしないかどうかを、長期間定期的に診察する)をするようにした場合、過剰診断の害はさらに減らせるかもしれません

――原子力事故があったとき、周辺地域における不安解消のためであれば、甲状腺がんスクリーニングは勧められますか?

これも難しい質問ですね。チェルノブイリや福島で起きたような原子力事故の後、人々が安心を求める気持ちは理解できます。ただ、スクリーニングを行ってしまえば、実施する前とはまた別の不安が生まれます。はっきりした結果が出ずに、何度も検査などを受けなくてはならない人々も出てきます。そして、すべてのスクリーニングには害があります。

――スクリーニング以外に、どのような不安解消の手立てが考えられますか?

IARCの専門家会合でも、その点について議論を重ねました。チェルノブイリと福島における甲状腺がんのスクリーニングプログラムに参加したメンバーの意見も聞きました。原子力事故後の周辺住民にとって、甲状腺がんに関する心配はどれほど大きなものなのか、住民からの甲状腺がんスクリーニングの要請がどれほど強いものなのか。原子力事故が起きた後で、スクリーニングの利点と有害性を周辺地域の住民に伝えることは非常に難しいものだと感じました。

今回のIARCの報告では、1)原子力事故後の対応をどうすればよいか、2)原子力事故後に甲状腺がんを発症するリスクがあるのはどういう人なのか、3)甲状腺がんの自然史や死亡率について、4)甲状腺がんだけではなく、あらゆる病気についてのスクリーニングの長所と短所などについて、平時から継続的な公教育のプログラムを実施することを推奨しています。平時から公教育によって、これらの知識が定着していれば、原子力事故が起きた後、甲状腺がんのリスクについてどう対処するのか、住民が考え、選ぶ準備をしておくことができます。

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