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映画『ジョーカー』までの30年 ホアキン・フェニックスと歴代ジョーカー3人の“決定的な違い” なぜ演技派俳優はジョーカーを演じるのか? - 平田 裕介

 毒々しい配色のスーツ、白塗りに真紅の口紅、異常なまでに口角の上がった唇。耳をつんざくような高笑いをあげながら、なんのためらいもなく悪行を働く。あまたあるアメコミ・ムービーのヴィランのなかでも、その容姿や振る舞いから最も強いインパクトを放つのがジョーカーではなかろうか。そんな彼を主人公に迎えたのが、公開中の『ジョーカー』である。1981年のゴッサムシティでしがない大道芸人として生計を立てていた男アーサー・フレックが、いかにして人々から恐れられ、バットマンの宿敵となるジョーカーとなっていったのかを見つめた作品だ。

【写真】映画公開中に逝去 ヒース・レジャー演じる「ジョーカー」

(C)2019 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (C) DC Comics

 人々を笑わせたいと願っているにも関わらず、脳神経に負った損傷と精神の病によって引き起こされる言動が災いして人々から忌み嫌われてしまう切なさ。後にバットマンとなるブルース・ウェインの父である大富豪トーマスとの意外な因縁。さらに分断や格差といった社会の闇と歪みから世間を震撼させる悪が生まれるという普遍的な負の法則にも踏み込んでみせた、エモーショナルかつ深淵な大傑作となっている。

ホアキンのジョーカーにしかない“あるもの”とは何か

 そうした物語とテーマもさることながら、我々の目を引きつけて離さないのが主演を務めたホアキン・フェニックスだ。24キロもの減量を敢行して痩せ衰えさせた肉体から発せられるえもいわれぬおぞましさ、落ち窪んだ眼窩の奥から光らせる狂気を帯びた眼。ジョーカーのメイクをせずとも観る者を震え上がらせる凄まじい存在感と熱演は、まさに演技派として名を馳せる彼の面目躍如といったところだ。

 しかも『バットマン』(89)以降のシリーズで、ジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレッド・レトが演じてきた3人のジョーカーにはなかった、ホアキンのジョーカーにしかない“あるもの”が打ち出されている。当初はレオナルド・ディカプリオも主演候補に挙がっていたともいうが、なぜ演技派と呼ばれる俳優たちはジョーカーに取り憑かれるのか? それぞれを振り返りながら、背景や理由に迫りたい。

アカデミー賞の常連が白塗りになった衝撃 ジャック・ニコルソン

 ジョーカー=演技派の流れを作ったオリジンは、『バットマン』(89)のジャック・ニコルソン。すでに『スーパーマン』(78)でマーロン・ブランドがスーパーマンの父・ジョー=エル、ジーン・ハックマンが宿敵レックス・ルーサーを演じ、アカデミー賞受賞経験の大物がアメコミ・ムービーに出演する事例があったがジョーは白髪の老紳士、レックスもハックマンまんまのルックスで演技派のイメージ・ダウンはさほどない役柄。

 だが、ジョーカーは素顔など見せないうえに、メイクは日本ならば“志村けんのバカ殿様”的扱いにされてしまう危うさを孕んだ代物である。受賞もノミネートも含めてアカデミー賞の常連であるニコルソンが演じていい役なのか、そもそもミスキャストではないのかと危惧する声も多かったが、絶賛をもって迎えられた。60年代のテレビシリーズと劇場版『バットマン/オリジナル・ムービー』(66)でシーザー・ロメロが演じたジョーカーはあくまでコミカルなキャラだったが、ニコルソンはひたすら狂気性と邪悪性を抽出して前面に押し出した。どこか滑稽であるが、それは狂気の裏返しになっているのだ。

 さらに、ただでさえ強烈な彼の顔に施された白くて“いつでも笑い顔”のメイクもそれに拍車を掛けた。同作がダークなテイストになったのはコミック版『バットマン』のなかでも殺伐を極めた『バットマン:ダークナイト・リターンズ』を参考にしていたこともあったが、ニコルソンの貢献度も大きかったはず。ちなみに彼は出演料のほかに興行収入と関連商品の売上からも一定額を受け取る契約も交わしており、自身が出演していないシリーズ他作でも莫大な利益を得ることになった。そんな抜け目のなさも、ジョーカーを演じるに相応しかった。

とことん観る者を震撼させたヒース・レジャー

 アメコミ・ムービーのヴィランに扮しても渾身の演技を見せたニコルソンとバットマンに倒されても彼よりも観客たちの心に残るジョーカーの存在は、俳優たちの概念を大きく変えると同時にひとつの指標にもなった。それから19年後、『ダークナイト』(08)でジョーカーに挑んだのがヒース・レジャーだ。演じるからにはニコルソン版とは違ったものにしなければならないと、彼はモーテルに2カ月(ホテルに1カ月説もあり)も籠もって役作りを敢行。そうしてスクリーンに現れたのは、狂気のみならず生理的な嫌悪感や不快感を抱かずにいられないジョーカーだった。

行動原理は“純粋悪”としか呼びようがないもの

 白くて“いつでも笑い顔”のメイクだが禿げかかってまだらのようになっており、口の両端にある上に向かって裂けた大きな傷が笑顔を作っている。なにかと下唇をチロチロと舐めては、ネチャネチャと音を立てる喋り方が、ひどくイラつかせると同時にいいようのない不安や恐怖も煽る。

 そして、その行動原理は劇中でバットマンことブルース・ウェインの執事アルフレッドが「世の中には金など目じゃない悪党もいる。脅しも理屈も通じず、交渉も成り立たない。世界が燃えるのを見て喜ぶ連中です」と語る“純粋悪”としか呼びようがないもの。バットマンが正体を明かすまで市民を毎日1人ずつ殺すことを宣告してヒーローに憎悪を向けさせる扇動者ぶり、市民と囚人を乗せたフェリーそれぞれに爆弾を仕掛けてどちらかが制限時間内に起爆スイッチを押さなければ2隻とも爆破するという人の倫理観を揺るがすゲームに興じる愉快犯ぶりが、レジャー渾身の演技も相俟って観る者の胸を刳(えぐ)りまくった。だが、彼は本作公開中に睡眠薬をはじめとする処方薬の過剰摂取で逝去。加えてアカデミー賞助演男優賞を受賞したことで、彼のジョーカーが至高となり、越えられない伝説にもなった。

なにかと残念だったジャレッド・レト

 それから8年後、『スーサイド・スクワッド』(16)でジョーカーを演じたのがジャレッド・レト。『チャプター27』(07)で約30キロの体重増量を経てジョン・レノン射殺犯デヴィッド・チャップマン役に臨み、『ダラス・バイヤーズクラブ』(13)では13キロ減量してHIV患者のトランスジェンダーを熱演してアカデミー賞助演男優賞に輝いた演技派である。ストイックな役作りで知られる彼だけに、どんなジョーカー像を見せるのか?

 期待を膨らましたが、さすがにヒース・レジャーの後では分が悪かった。蛍光掛かった緑色の髪、総銀歯、タトゥーが彫られた引き締まった肉体、ギャングスタ的ラグジュアリーな意匠をあしらった小道具には魅せられたし、精神病棟の入院患者たちと対面したり、どんな笑い声が人々を不快にさせるか街なかで大笑いしたりと役作りにも打ち込んだとも聞かされたが、どうしても想定外のジョーカーだったとは言えなかった。これには出演シーンも大幅にカットされた背景もあったが、彼よりもマーゴット・ロビー演じたイカれた恋人ハーレイ・クインのほうが目立ってしまったのがとにかく痛かった。レト版ジョーカーのスピンオフも企画されたが頓挫し、ハーレイ・クインを主人公にした『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 Birds of Prey』(日本では2020年3月20日に公開予定)が製作されたのが、その“評価”となっていると考えていいだろう。

我々と重ね合わせてしまう、ホアキン・フェニックス

 そして、ホアキン・フェニックス。これまでの3人にはなかった、彼のジョーカーにしかない“あるもの”とはなにか。それは“共感”である。

 歴代ジョーカーは絶対に理解できない狂気と悪意を宿していたが、今回のジョーカーことアーサーはあくまで市井の人でもある。誰かに認めてもらいたい、愛されたいと頑張っているのに、そんな彼の願いに“共感”しない冷たい社会によってことごとく無に帰す。たとえ心の病や脳の障害に“共通項”は見出だせなくても、器用に生きられない、常になにかに阻まれている姿には自分との“共感項”を見出して重ねてしまう。そこが刺さってくるし、悪へとひた走る彼を咎める気がまったく起きない自分にドキリと恐怖してしまうのだ。観客の心情と同期させてしまうこれまでにないジョーカー像を打ち立てることは、演技派としての大きな挑戦だったはずだ。

 ロサンゼルス市警と陸軍が銃乱射事件などを引き起こす原因になるのではないかと作品を警戒したが、こんなニュースを生んだのもホアキンの熱演があったからこそ。アカデミー賞助演男優賞に1度、主演男優賞に2度ノミネートされているものの無冠だったホアキン。だが、来年の授賞式ではオスカー像を手に耳をつんざくような笑い声を挙げているに違いない。

(平田 裕介)

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