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「国際芸術祭」は観光イベントよりもエラいのか

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「ベビーカーは外に置く決まりになっている」

さらに、「四間道・円頓寺会場」では、無料ゾーンと有料ゾーンがパンフレットからも建物の外観からも全くわからない。チケットを出すと「不要です」と言われ、ドアが開いていたので入ろうとするとチケットの提示を求められる。中には建物と展示室がほぼ一直線であるのに2回チケット提示を求められるケースもあった。チケットチェックのオペレーションが顧客の立場で考えられていないのだ。「これではチケットをなくす人が出るのではないか」と懸念していたところ、知人がやはり紛失してしまい、泣く泣く買い直すことになった。

古民家の「伊藤家住宅」を使った会場では、何人かのボランティアに「ここはいつできたんですか?」と聞いたが、全員が「知りません」という答えだった。容易に想定される質問にすぐ答えられないのは、客としては不安になるし、また「イベントに思い入れはあるのか」という気持ちにもなる。


あいちトリエンナーレ2019の展示風景。津田道子《あなたは、その後彼らに会いに向こうに行っていたでしょう。》2019。江戸時代に建てられた伊藤家住宅内の二間続く座敷に展示されている。 - Photo: Takeshi Hirabayashi

さらに残念なシーンもあった。ベビーカーで来ていた若夫婦が「子どもがベビーカーで寝ているので交代で見学したい」と申し出たところ、スタッフが「ベビーカーは外に置く決まりになっているので、外で親御さんと一緒に待ってほしい」と対応していたのだ。結局、エントランスが空いていたので、他のスタッフが気を利かせて屋内に誘導していた。商店街でのイベントであるのに、ファミリーフレンドリーでない点は残念だった。

美術館長「ただの観光イベントでは、表現も緩くなる」

観光の専門家を入れないで芸術イベントを作るとこうなるのだなと思う他に、通常の(特に関西の)観光イベントなら怒号が飛び交ってもおかしくないような話なので、美術ファンというのは我慢強いなと感心もする。

このようなことをつらつらと考えていたら、朝日新聞の大西若人編集委員の「芸術祭、観光イベント超えて 愛知と宮城、二つの問いかけ」という記事(2019年9月19日朝刊文化文芸欄)を見かけた。ここでは、ワタリウム美術館の和多利恵津子館長の「ただの観光イベントでは、表現も緩くなる」という発言が紹介されている。こうした発言をみると、観光イベントをアートフェスティバルより格下に見ているのではないかという懸念を持つ。

当初、あいちトリエンナーレの企画アドバイザーだった東浩紀は、著書『ゲンロン0 観光客の哲学』で、人間の知的営為における観光の持つ意味を示している。美術鑑賞と観光は重なり合う部分も多い上に、矛盾する活動でもない。


博物館網走監獄(北海道網走市) - 写真=時事通信フォト

観光と芸術は車軸の両輪として地域を支えられるはず

私はダークツーリズムの成功例として「網走監獄」(北海道網走市)をよく紹介する。ここは「家族でコスプレと監獄食を楽しみに行ったら、北海道開拓時の強制労働と明治の行刑システムが分かった」という誘導が作られている。

娯楽と本質的理解は背反ではなく、シームレスに結合できる。このノウハウを高度に蓄積させた学問分野が観光学であり、今後の芸術祭においてはより広い国民の支持と芸術への理解を両立させるために、観光と芸術の協働はより重要になってくる。

折しも、演出家の平田オリザ氏を学長候補とする国際観光芸術専門職大学(仮称、兵庫県豊岡市)の構想が発表されたばかりであるが、観光と芸術は車軸の両輪として地域を支える存在になっていくのであろう。

観光という観点から見ると、オペレーションが未熟な上、ボランティアの訓練も不十分なので、おそらく企画が決定してから現場で実務を策定するまでの時間が足りなかったのではないかと拝察される。

国際芸術祭の「接客」はどうあるべきなのか

通常、地域イベントのオペレーションは、現場で起こった問題が、すぐ運営側に伝わり、統一的な対策が練られて現場に情報が戻ってくるのだが、そういった情報の流通経路が通っていないのかもしれない。初めの一週間だと、予期しない顧客対応で混乱するケースも多いのだが、開始1カ月を過ぎてこの状況だとすれば、ノウハウの蓄積がなされていないように感じられる。

「表現の不自由展・その後」が展示中止に追い込まれたとき、運営側は「抗議に対する準備はしていたのだが、想定を超える量が来た」と述べた。さらなる推定にはなるが、上記の通り地域イベントとしての完成度が低いため、「不自由展」に抗議が来た際にも十分な対応が取れなかったのではないだろうか。

9月26日に本稿のため、ベビーカーの貸し出しの仕組みなどを事務局に直接聞こうと思い架電したところ、自動音声で「会話はすべて録音されます」「あらゆる会話は10分に制限されます」という乾いた声を耳にすることになった。

これが訪問を検討していた潜在的顧客だったとすれば、関西弁でいうところの「けったくそ悪いわ」と電話を切ってしまう人もいるだろう。国際芸術祭の接客はどうあるべきなのか。観光学者としては、あらためて運営側に問いかけてみたいのである。(続く)

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井出 明(いで・あきら)
観光学者
金沢大学国際基幹教育院准教授。近畿大学助教授、首都大学東京准教授、追手門学院大学教授などを経て現職。1968年長野県生まれ。京都大学経済学部卒、同大学院法学研究科修士課程修了、同大学院情報学研究科博士後期課程指導認定退学。博士(情報学)。社会情報学とダークツーリズムの手法を用いて、東日本大震災後の観光の現状と復興に関する研究を行う。著書に『ダークツーリズム拡張 近代の再構築』(美術出版社)などがある。
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(観光学者 井出 明)

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