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「東京に栄転」NHKアナがドラッグに走った動機

2016年、危険ドラッグを製造・所持したことから罰金50万円の略式命令を受け、NHKをクビになった元アナウンサーの塚本堅一氏。彼は、「念願の東京アナウンス室に異動でき、プレッシャーを感じていた。そこに“心の隙間”があったのかもしれない」という――。(第2回、全3回)

※本稿は、塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』(KKベストセラーズ)の一部を再編集したものです。


※写真はイメージです - 写真=iStock.com/microgen

何も知らずに勝沼ひとり旅を満喫

山梨県の「勝沼ぶどう郷駅」に一人で降りたったのは、2016年の1月9日のことでした。

この日から4連休だった私は、前日に同僚のカメラマンから、一回分残った青春18切符を買い取っていたので、それを使って日帰り温泉を楽しもうとやってきたのです。

古い駅舎から外に出ると、すぐにブドウ畑が広がります。冬なので乾燥した葉の無い枝ばかりのブドウ畑を抜け、丘を上ると温泉がありました。よく晴れた日で、露天風呂からは甲府盆地と南アルプスを見渡すことができます。

風呂に入ったあと、同じ施設内にあるレストランで遅い昼食をとり、地下のワイン貯蔵庫でワインの試飲をしてすっかりほろ酔いになりました。勝沼の一人旅を十分満喫した私は、のんびり二時間半かけて各駅停車で東京に戻ります。

「来年同じ番組をやれるなら、次はもっと頑張ります」

帰りの電車内で、アナウンサーの先輩からメールが来ているのに気がつきました。

この年の正月、私は念願だった歌舞伎の初芝居の舞台中継を担当したのですが、私の役目は、渋谷のスタジオ内パートで、解説者の方に演目についてお話を伺うことでした。

実は歌舞伎の舞台中継というのは、学生時代から古典芸能を学んでいた私にとってNHKのアナウンサーを志したきっかけの番組です。足掛け13年でようやく掴んだ夢の番組でもありました。

その番組を見た先輩が、感想やアドバイスをメールで送ってくれたのです。番組の中で残り時間に焦るあまり、解説者の会話を下手にまとめようとした自分の反省や、今後の課題などを書いたあと「来年同じ番組をやれるとしたら、次はもっと上手にやれるよう頑張ります」と書いて、中央線の車内から返信しました。

家に帰る頃には、すっかり日が暮れています。翌日以降も休みだったので、豚汁でも作って休みの間じゅう食べようと、食材を買って部屋に戻りました。鍋いっぱいの豚汁を作り、夜は大阪に住む知り合いと電話で長話をして、日付がかわる頃に眠りにつきます。

平凡な休日から一変、突然の逮捕

あるスポーツ新聞によると、この日の夜の私は、新宿2丁目で謎の大暴れをしていたそうです。それを偶然目にした、麻薬取締官が薬物使用を疑って尾行し、翌朝私の自宅に踏み込んで逮捕する。本当のところは、ただの独身サラリーマンのほのぼの休日でした。

とはいえ、翌朝に麻薬取締官が家宅捜索にやってきて、逮捕されたことは正確です。ほのぼの休日と全く関連がないように思える「麻薬取締官」や「逮捕」というワードが、この翌日から人ごとではなくなりました。

私は、指定薬物である亜硝酸イソブチルが含まれた液体を持っていた罪で逮捕されました。

亜硝酸イソブチルは、「ラッシュ」と呼ばれる危険ドラッグに含まれているものです。1990年代からアダルトショップなどで、セックスドラッグとして販売されていました。

アロマオイルと同じような大きさの小瓶に入った液体で、マジックインキのような揮発性の匂いがします。その匂いを嗅いでしばらくすると、心臓がバクバクし始め、強いアルコールを飲んだ時のようにトロンとした軽い酩酊状態になる。持続時間は短くほんの数分です。効果がなくなった時点で再び嗅ぐ。セックスドラッグなので、果てれば終わります。俗に言う賢者タイムの間に、効き目はなくなるものでした。

ゲイ間で流行していた「ラッシュ」を学生時代から使用

特に男性同性愛者の間で流行していましたが、男女問わず愛好者はいて、それなりに使われていたそうです。

私自身のセクシャリティはゲイで、学生時代からラッシュはよく使っていたものです。主な販売場所は、アダルトショップと言われていますが、街中にある本屋や雑貨店などでも1000円くらいで売られているほど流通していたため、当時はドラッグとしての認識すらありませんでした。

ところが2006年頃から販売の規制が始まり、2014年には、所持や使用が禁止されてしまいます。

規制に至った理由は諸説あって、他のドラッグへの入り口(ゲートウェイドラッグ)になるとして取り締まった、販売元を押さえたかったなど様々ありますが、当時社会問題になっていた「危険ドラッグ」を取り締まるため、ラッシュもまとめて包括指定したというのが、大きな理由として考えられています。

偶然見つけた「製造キット」のサイト

私にとっては、あればちょっと楽しめるご褒美みたいなものでしたが、手に入らなくても、特に困るほどのものではありませんでした。そんな中、「懐かしいラッシュに似た効果を出せる液体を作り出すことに成功した!」というサイトを偶然見かけます。

興味本位でサイトを見てみると、使っている材料は全部合法だといいます。希望する人には、作るための製造キットを分けてくれるとも書いてありました。当時の私は沖縄局に勤務していて、付き合っていたパートナーと一緒に住んでいたのですが、作り方を見ると「冷蔵庫で一晩寝かす」など、ちょっと面倒くさい工程があります。

そもそも、謎の液体を冷蔵庫に入れていたら、パートナーに絶対怪しまれるでしょう。「一人用」で使いたかった私は、購入することなく、そのうちサイトの存在自体も忘れていました。

例のサイトに再会、「軽い気持ち」で購入した

それから半年ほど経つと、私は東京に転勤することになります。

京都→金沢→沖縄と十年以上の地方局勤務を経て、目標の一つだった東京アナウンス室の勤務です。担当は、新しく始まったニュース番組のリポーターでした。憧れていた東京勤務は思うようにできないことが多く、毎日自分の実力不足を痛感していました。

日常のストレスから薬に手を出したのか? というストーリーを作るのは簡単かもしれませんが、ストレスはそれなりにあったものの、先輩や同僚にも恵まれ、それなりに楽しくやっていたのも事実です。

ところが、夏が終わる頃に、偶然例のサイトに出会ってしまいました。自分で探したわけでもないのですが、前回サイトを見た時とは環境が変わっていて、今は一人暮らしです。ちょっと買ってみようかな。心の隙間に入るとは、こういうことかもしれません。

メールで問い合わせをすると、海外経由でキットを送りますとすぐに返事がありました。振込先は日本の口座で、料金は3000円くらい。当時、闇でラッシュを手に入れるとすると1本1万円くらいすると聞いたことがあったので、それに比べると破格です。

まぁこの価格だし、合法だって書いてある。ちょっとくらいは、本物の感覚が楽しめるかな? 違法なものだったらサイトまで作って販売しないでしょう。私は軽い気持ちでした。

そのサイトは逮捕の半年前から泳がされていた

海外から送るとありましたが、なぜかレターパックで製造キットが送られてきます。粉状のものが2種類と、プラスチック容器に入ったアルコールっぽい液体が一本同封されています。

簡単にいうと、AとBを混ぜ合わせ、一晩冷蔵庫で寝かせる。それにCと精製水を混ぜると、黄色い透明な上澄が出て来るのです。それが「ラッシュ」に近い何かでした。特に自分で計量するでもなく、言われた通りに混ぜるだけという簡単さ。サイトを参考に作ってみました。

効果としては、まぁラッシュに近いような遠いような感じです。点数をつけるとしたら60~70点くらいのものだったと覚えています。ギリギリ合格点。人によっては、満足いかないかもしれません。それから時間をあけて2、3度買ったものの、ほとんど効果がない時もありました。とはいえ、値段も安いし、合法なものであれば、たまの楽しみに良いのではないか。

後から聞くと、私が逮捕される半年前からすでにこのサイトは捜査機関に目をつけられていたそうです。

私は本名で購入していたため、捜査する中でサイトの購入者にどうやらNHKのアナウンサーがいると判明したといいます。

最後に注文した製造キットが届いたのは、逮捕の数日前です。出来上がったのが金曜の夜くらいで、一度使用しました。そして残っていたのが、5.1㎖。小瓶で1本ちょっとです。この5.1㎖の液体が私の人生を大きく揺るがすものになります。(続く)


塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』(KKベストセラーズ)

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塚本 堅一(つかもと・けんいち)
元NHKアナウンサー
1978年生まれ。明治大学文学部卒業。2003年、NHK入局。京都や金沢、沖縄勤務を経て2015年に東京アナウンス室に配属。2016年に危険ドラッグ「ラッシュ」の製造・所持で逮捕され、NHKを懲戒免職となった。現在は依存症の自助グループに参加しつつ、依存症予防教育アドバイザーとして、依存症関連イベントにて司会や講演活動を行っている。
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(元NHKアナウンサー 塚本 堅一)

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