- 2019年10月06日 09:42
ラグビーにはびこるフーリガン――なぜ「紳士のスポーツ」が暴力を招くか
1/2・レフェリーの判定をめぐる暴力事件などを引き起こす過激なファン、フーリガンはサッカーだけでなくラグビーでも増殖している
・その背景には「社会的に自分の存在を誇示したい若者」が増え、しかもその一部がサッカーから締め出されてきたことがある
・「紳士のスポーツ」ラグビーの健全な発展のためには、紳士であることなど気にもしない人間をどう扱うかが新たな課題となる
サモアも撃破して3連勝した日本チームの快進撃もあって、日本で初めて開催されたラグビーW杯への関心は高い。その影で、日本ではラグビーの暗い側面に触れられることはあまりない。
ラグビー・フーリガンの増殖
ラグビーの本場ヨーロッパでは近年、フィールドに花火などを投げ込む、フィールドに乱入する、相手チームのファンと乱闘を演じる、相手チームの選手やレフェリーに差別的なアピールをするといった過激なファン、フーリガンが問題視されている。
最近では、8月3日に開催されたカタラン・ドラゴンズ(フランス)とウォリントン・ウルブズ(イングランド)の試合で、レフェリーの判定をめぐって両チームの選手が入り乱れての大乱闘が発生。この際、カタランのファンの一部が柵を乗り越え、ウォリントンの観客席に押し寄せて、観客同士の間でも乱闘に発展した。
この事件に関して、イングランドを代表するラグビー選手の一人だったデイビッド・ランゴ氏は「私はこの数年、こういったことが我々のスポーツに浸透してきたと言ってきた…我々は…これに取り組まなければならない」と嘆いた。
この感慨はランゴ氏一人のものではない。
ラグビー・フーリガンの問題行動はスタジアムだけでなく、鉄道など公共の場でも目立つ。イギリス鉄道警察のアンドリュー・モーガン警視はメディアのインタビューに対して、「サッカーのファンはバリケードを押すだろうが、それでもこっちの言うことを聞く。ラグビーのファンはそうではない…彼らは悪夢になる」。
サッカーとラグビー 似て非なるもの
フーリガンが目立つことは、往年のラグビーファンにとってはまさに悪夢だろう。これまでフーリガンはサッカーに目立っていたが、ラグビーはサッカーより「品のいいスポーツ」とみられてきたからだ。
サッカーとラグビーはどちらもイギリスで生まれた集団球技で、似た部分も多い。しかし、両者は社会的には全く異なる。
いまやイギリスの国民的スポーツであるサッカーはもともと「大衆のスポーツ」として発展し、これと対照的にラグビーは「紳士のスポーツ」であることを誇りとしてきた。
今の多くの日本人にはピンときにくいかもしれないが、ここでいう大衆や紳士とは階級を意味する。
サッカーは19世紀のイギリスで低所得の労働者階級の間で広まったため、早くから賭けの対象となり、金銭が絡みやすいことでプロ化も早かった。ビッグビジネスとなったサッカーでは、選手だけでなく観客の間でも勝ち負けに執着する風潮が強まり、判定をめぐるトラブルも増加。その結果、イギリスでは1989年のサッカー観客法(Football Spectators Act)で悪質な観客の個人情報登録とスタジアム観戦の規制が定められるなど、フーリガンに対する法的措置も強化されてきたのだ。
これに対して、ラグビーはやはり19世紀のイギリスで、名門パブリック・スクール(中産階級以上の子弟が通う全寮制学校)の一つラグビー校で生まれたことに、その名の由来がある。その出自通り、ラグビーはそれなりの社会的立場のある人々が、教育の一環として愛好してきた。最近でこそプロ化が進んできたが、アマチュアリズムの時代が長く、試合終了の合図が敵味方なく健闘をたたえ合う意味の「ノーサイド」と呼ばれたことが、これを象徴する。
この違いを反映して、サッカーと比べてラグビーではフーリガンが生まれにくかった。実際、2010年に南アフリカで行われた調査によると、「レフェリーに暴力をふるうことは絶対に認められない」と回答したラグビーファンの割合(約84%)はサッカーファン(約62%)を上回っている。
- 六辻彰二/MUTSUJI Shoji
- 国際政治学者



