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証拠保全請求却下命令に対する準抗告申立て

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2 「証拠を使用することが困難な事情」があることは明白である
 東京地方検察庁は、これまで、日産と一体となり、強い協力関係の下で捜査及び訴追を進めてきた。本件は、日産が東京地検に持ち込んだ事件である。日産の従業員のうち少なくとも2名――大沼敏明とヘマント クマール ナダナサバパシー(ハリ・ナダ)――は、検察官との間で、不起訴処分と引き換えに、自らが保管する一切の資料の提出や供述調書の作成、法廷での証言をはじめとする協力行為をすることを合意したことが明らかとなっている。

加えて、日産の代表取締役であった西川廣人は、検察官の主張を前提とすれば、問題となっている過少記載された有価証券報告書の提出者であり、刑事責任を負うべき立場にあることが明白である。にもかかわらず、検察官は、西川氏について不起訴処分としている。

弁護人は、検察官が西川氏との間で刑訴法350条の2の合意をした事実の有無を明らかにするよう釈明を求めた(2019年6月11日付け求釈明申立書)。これに対して検察官は、合意をした事実はないとも表明せず、「釈明の必要はない」として、回答自体を拒んでいる(第1回公判前整理手続調書)。

 検察庁が日産と一体となり、捜査、訴追を進めていることは疑問の余地がない。今回、検察官が、一法人にすぎない日産の申入れに基づき、事前に弁護人に知らせることもなく、弁護人に開示する電磁的記録媒体から大量のデータを削除しようとしていること、日産から申し入れたあったことの確認すら拒絶しているのも、その表れである。

 紙媒体の墨塗り(マスキング)と異なり、弁護人に開示される電磁的記録媒体からデータが削除された場合、開示を受けた弁護人は、どのようなデータが削除されたか、全く知ることができない。防御上重要なデータが削除されたとしても、そのようなデータが削除されたこと自体が隠蔽されてしまうのである。その害悪はきわめて深刻である。検察官は島田裁判官に対して「書面で回答する方向」だと説明しながら、検察官の「書面」はどの部分を開示しないのか一切不明な内容である。

検察官が還付したという「明らかに無関係と判断したもの」とはどのようなものなのか、検察官はどのような基準でどのような理由でその証拠を「明らかに無関係」と判断して還付したのかも全く不明である。同様に、検察官がどのような場合に「判断に迷う」ものであり複写物を残しているのかも明らかではない。

 検察官のこうした不誠実な対応からすれば、このままでは本件と関連がある電磁的録媒体が失われ、しかも失われたことすら気付かれないという事態が起こりうることは目に見えている。

したがって、本件電磁的記録媒体について、あらかじめ証拠を保全しておかなければ、その証拠を使用することが困難な事情(刑訴法179条1項)があることは明らかである。

 最高裁判所第2小法廷平成17年11月25日決定は、「捜査機関が収集し保管している証拠については、特段の事情が存しない限り、刑訴法179条の証拠保全手続の対象にならないものと解するべきである」とした(最2小決平17・11・25刑集59-9-1831)。

これは、夫に無理やり覚せい剤を注射されたと言って警察に出頭した被疑者の両手首や両肘内側を警察が撮影した写真とそのネガフィルムの証拠保全が問題になった事案である。

被疑者側はもちろんそうした写真撮影がなされたことや写真の存在を知っている。原決定は次のように述べて証拠保全の必要性を否定した――「被疑者側は、本件に係る公訴提起がなされた後に、検察官からそれらの証拠開示を受けたり、検察官の手持ち証拠として証拠請求するなどして、公判廷に証拠として提出すれば足りるのであって、通常は、証拠保全手続によって証拠を保全する必要性はないというべきである」(刑集59-9、1841頁)[1] 。

本件においては、検察官は弁護人に証拠開示することを拒んでいるだけではなく、そもそもどの部分を開示しないのかも明らかにしない。弁護側が証拠開示や証拠請求手続を通じてその内容を公判廷に提出することは不可能なのである。本件は最高裁が言う「特段の事情」が存する場合なのである [2]。

3 原裁判は公正な審理を受ける権利を否定する
 結局原裁判は、検察官が削除したり還付したりして消失の危険があるのは、検察官が「明らかに無関係」と判断したものであり、それがどの部分かわからないとしても、検察官がそのように述べているのだから、検察官に任せておけば良い、と言っているだけである。

検察官の発言を担保するものが何一つないにもかかわらず、われわれに「検察を信じよ」と言っているだけである。このような態度はおよそ公正中立な裁判官の姿勢ではない。検察官の言動を信じよというのであれば、検察官の主張は常に正しいというのと同じである。これは刑事裁判の否定にほかならない。

検察官の主張するところが、証拠と論理と法に照らして正しいのかどうかを公正中立な立場から判断し、その判断の正当性を公的に明らかにすることが裁判官に託された使命である。原裁判はこの司法の中核的な職責を放棄したものという他ない。原裁判はゴーン氏の公平な裁判所による公正な公開審理を受ける権利(市民的及び政治的権利に関する国際規約14条1項、憲法37条1項)を奪うものである。

 「公正な審理」(fair trial)の保障を実現するもっとも重要な基準は「武器対等の原理」(the principle of equality of arms)である。裁判所は刑事訴訟の当事者である検察官と被告人とを対等に扱い、訴訟当事者として対等の機会を保障しなければならないのである[3]。

原裁判は、検察官が日産から押収し確保した膨大な電子データを自由に閲覧し利用し複製を作成し削除する権限を与える一方で、被告人やその弁護人に対しては、謄写する権限どころか、閲覧の機会すら与えないのである。

検察官がもうひとりの被告人である日産の要望に基づいてデータの一部を削除した残りを閲覧する機会しかゴーン氏とその弁護人には与えられない。しかも、どの部分を削除したのかを知る機会すら与えないのである。このような原裁判の判断が武器対等原則に反することは明らかである。

そして、このような権利の制限に合理的な理由はどこにもない。検察官は日産が「企業秘密と従業員のプライバシー」に関する情報であるとして削除をもとめる6000点の情報を削除するというのであるが、これらの情報は裁判官の令状審査によって事件と関連性を有すると判断されたもの、あるいは、日産やその従業員が自発的に検察庁に提供した情報なのである。

公的な検証の対象とすることについて司法的な判断がすでになされているのである。この段階で日産やその従業員に企業機密やプライバシーに基づく情報のコントロールを認めるのは背理である。

 検察官が証拠開示に関する法にしたがって被告人や弁護人に開示した証拠を被告人や弁護人が公判審理等の準備以外の目的で第三者に交付することは禁止されており(刑訴法281条の4)、これに違反した場合は懲役刑を含む刑事罰が課されるのである(281条の5)。

入手した証拠を公開の法廷で取り調べることを当事者が請求したとしても、それが事件に関連しないものであれば、証拠として採用されることはなく、公開されないのである。したがって、仮に本件電磁的記録の中に日産の企業秘密やその従業員のプライバシーとして法的保護に値する情報が含まれているしても、弁護人にその閲覧謄写の機会を与えることによって権利侵害が発生することにはならないのである。

それよりも、検察官が強制的に確保した証拠物を被告人が検討する機会を根こそぎ奪い、審理の公正さに対する深刻な疑念をもたらすことの弊害の方が遥かに大きいであろう。

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