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- 2019年10月05日 08:23
日韓対立の本質は20世紀型急進的左翼の断末魔
1/3あらゆる党派性がグチャグチャに混濁しはじめた
日本での報道はあまり多くないようですが、韓国において巨大な反文在寅政権デモがあったそうです。”主催者発表”によると三百万〜五百万人の参加者だとか(さすがに大きすぎると思うので、実数はもっとかなり低いと思いますが)。なんにせよかなり大きなデモだったことは間違いない。私は結構、色んな立場の「日本語できる韓国人や在日の人」のツイッターをフォローしてるんですが、親文在寅派(韓国の分類でいうと左派)の人は、親文在寅派のデモがあった時にはそれがいかに大きくて、韓国検察という悪の組織がいかに横暴を振るっているか・・・について力説する傾向にあるんですが、逆に今回の反文在寅派のデモは、そういう人のツイッターを見ているだけでは存在していないかのようなスルーのされかたをしている事が多くて面白かったです。
一方で、今回の「反文在寅デモ」についてツイートしている日本語できる韓国人や在日の人のうち、必ずしも「日本のナショナリズム」と仲が良くない層にまで日本の保守ネットユーザーが突撃しにいって、これはこれで幸薄い罵り合いに発展している状況をチラホラ見ました。
もちろん、日本側のナショナリズムと近い位置から韓国の政権を批判している韓国人・在日の人は大きく取り上げていたことは言うまでもありません。
また、「韓国のあり方こそが理想の民主主義を体現している先進国家であり、今の日本の政権はもう人間性を失っているから地獄に堕ちるしかない」的なことを考えている日本の急進的な左翼人士が、韓国左派と同じ「韓国検察がいかに悪辣無道な権力を握っているか」について話しているのも予想通りという感じでしょう。
ただ総体的に見れば、日本に住んでいる日本語できる韓国人や、在日の人で、かなり原理主義的に反”アベ”の人でも、最近は必ずしも文在寅支持ではないことを匂わせる発言がチラホラ増えてきているような感じもします。
さらに最近チラホラ見るのが、「文在寅のあり方は韓国の国益になってない」という判断から、「文在寅流のノーブレーキ走法でもっと破滅してほしいからまだ潰れないでくれ」とか言って文在寅支持を表明する日本のネット右翼さんがいたりして、もう色んな党派性がグチャグチャに入れ混じってわけがわかりません。
しかし、私はかねてから、こういう形で「党派性」が解体に向かって、同じ党派の間での”内輪モメ”が増えることでしか最終的な解決は見えてこないと思っており、昨今のこの「混乱状態」は、理想的な「歴史の運命」的な審判への欠かせないステップであると考えています。
歴史問題の鏡映対称性を超えて
なぜそういう風に考えるかというと、私が「歴史問題の鏡映対称性(鏡に映ったように”対称的”な問題)」と呼んでいる構造があるんですね。20世紀の歴史を冷静に眺めると、「右の暴走」の結果として生まれたファシズム的全体主義国家の暴走と同じぐらい、時には死亡者数で見ればそれ以上の不幸が「左の暴走」の結果としての虐殺や飢餓で引き起こされたことは明らかですよね。
だから20世紀の歴史を冷静に考えれば、「右の暴走」も当然抑止しなくちゃいけないけれども、同じぐらい「左の暴走」も抑止しないと大変な不幸が生まれてしまう・・・ということが言えます。
私はこれを「歴史問題の鏡映対称性」と呼んでいるんですが、今の時代、右も左も「相手が立っている側」の巻き起こす不幸だけを果てしなく言挙げして追求する一方、「自分の側」が引き起こすであろう不幸については知らんぷりを決め込む態度が蔓延しています。
特に、今の時代国際的な気分として「右の暴走」が生み出した不幸に対して、ナチス・ドイツとかヒトラーのイメージの援用で攻撃する戦略が有効すぎるので、「左の暴走」がそれを「隠れ蓑」とすることで、自分の側が受けるべき当然の社会からのフィードバックを拒否するネタにしていることがよくあります。
これは結局、単に「自分の側の政治的野心を世の中に押し付けることだけが目的で、その過去の不幸の結果苦しんだ人びとのことなんかは本質的には単なる話のネタにしか扱ってないのではないか」と批判されても仕方がない態度なのではないでしょうか。
「右の暴走」を抑止することも必要だが「左の暴走」も抑止しなくてはならない。
両者がゴリ押ししあうことで、日本においては「本来必要な以上に右」な政権が、韓国においては「本来必要な以上に左」な政権が出来上がり、一切の妥協ができない「20世紀の亡霊的な罵り合い」に発展しているのだ、とまずこの問題を巨視的な視点から見直してみましょう。
内輪モメの激化による党派性の解体が生み出すアジア的中庸精神
この問題は、単に「マアマア仲良くしましょう」みたいなことを言うだけでは解決しません。それどころか余計に参加者の憎悪に火を注ぐことになりかねない。単に色んな戦前の問題を持ち出してアベ政権を批判するだけではこのバランスが崩れるので、むしろ感情的対立は激化するだけで終わります。しかし逆に、アベ政権側が押し込み続けるだけでも、韓国側に引き下がれない”理由”があることもまた事実でしょう。
結論としては、「右の暴走を抑止する」ことと「左の暴走を抑止する」ことがちゃんと同等的に行われる新しい政治状況を生み出すしかない。
前回のブログ→「アベ叩きで盛り上がるよりリベラルが本来やるべきこと」で扱った2つの図で考えてみましょう。
縦軸が「その位置にある意見の合意形成のされやすさ」、そして横軸が、左に行けばいくほど「改革派な方向に過激」、右に行けば行くほど「保守派な方向に過激」であることを現しています。
まず、今の日本の合意形成グラフは以下のようになっています(というか中国のような政治体制の国以外、民主主義社会なら世界中どこの国でもほぼそうなってしまっているんですが)。

右でも左でもあまりに過激すぎるような意見は、合意される度合いが少なくなるので、グラフの両側はどんどん小さくなっていく形になっている。そこはいい。
しかし、右でも左でも、この「敵側を全否定できて、ある程度まともっぽく聞こえる意見」のところにやたら人々の合意を引きつけやすいポイントができてしまって、それが「敵側を完全に否定すること」自体を目的としてしまっているので「本当のリアリティからの要請」に応えられておらず、単に罵り合いに巨大なエネルギーが浪費されるだけで何も実効的な対策は打てないままになってしまうことになる。
左の方向に過激・・・だけど敵側を罵ってるだけで実効性が全然ない点を「原爆解」、右の方向で過激・・・だけど敵側を罵ってるだけで実効性が全然ない点を「ホロコースト解」と、私はそれぞれ呼んでいます。
大事なのはこの「対立すること自体が自己目的化」しちゃったような混乱を超えて、今は「合意形成のデスバレー(死の谷)」みたいになっているところに、人々の注意を引きつけていくことです。
そのためには、この「M字分断されたグラフ」が、以下のように「凸型化」するように持っていかなくてはならないわけです。

そういうプロセスは、あらゆる「党派性」が解体し、果てしなく人々が「個人」に目覚めていくプロセスの中で、ひとつめのM字分断されたグラフの「原爆解」も「ホロコースト解」も内部崩壊することで移行していくことになるでしょう。そのプロセスについての理論的な話は前回のブログ記事をお読みください。
ここでは、特殊事例としての日韓関係において、深く考えてみる必要性についていくつか追記します。



