- 2019年10月03日 09:57
「史上最強の笑いはシモネタ」テレビに出られずとも芸風を貫き通す地下芸人の生き様
1/2「芸人とは何か?」――、そんな問いが何かの折にふと浮かぶことがある。答えはいつもその時々に変わりFIXすることはない。ある時は創造性、ある時はナンセンス、ある時は人間性、ある時はラディカルさ、ある時は引き潮のような達観・・・。何のことはない、その時々に気になっている誰かを通して答えを探っているようなものだ。
そして最近、「芸人とは何か?」という問いが降ってくるトリガーとなったのが、映画「東京アディオス」(10月11日 シネ・リーブル池袋にて公開)だった。
エグくてグロいハードなシモネタひと筋の芸人・横須賀歌麻呂

主人公はアラフォーのオッサン芸人、横須賀歌麻呂(よこすかうたまろ)だ。その芸風はシモネタオンリー。徹頭徹尾のシモネタ芸人だ。劇中、横須賀はこう吠える。
< 映画「東京アディオス」 本編より >
横須賀「シモネタは最強なんだよ。子どももジジイもババアも笑う、アラブ人だって北朝鮮人だって笑う。史上最強の笑いはシモネタなんだよ」
横須賀はエグくてグロいハードなシモネタひと筋の芸風ゆえ、テレビ地上波などのマスメディアとはまったく無縁。先日「キングオブコント2019」で優勝し、「♪おおっきなイチモツをく・だ・さ・い~」という放送対応なシモネタフレーズを世間に拡散させたどぶろっくが、シモネタというアウトロージャンルにありながら、ゴールデンタイムのテレビ地上波で目にまぶしい称賛を浴びたのに対し、横須賀歌麻呂は光及ばぬ地下にうごめく「地下芸人」と括られる存在だ。
映画「東京アディオス」は、そんな横須賀歌麻呂のどうにもこうにも救いようのない生き様を描く。
< 映画「東京アディオス」 STORY/公式資料より >
舞台は東京、全く売れない芸人たちだけが生息する「お笑いアンダーグラウンド」。そこで、「地下芸人の帝王」と呼ばれる横須賀歌麻呂は、日夜過酷なバイトと全く金にならないライブでの新ネタ作りに追われていた。彼の創作の原動力は、とにかく客を笑わせたいという本能と、絶好調のライブに必ず現れる一人の女性客。彼女の励ましによって、横須賀は単独ライブの大成功を強く決意する。しかし、彼を取り巻く現実はあまりにも過酷だった。やがて横須賀は肉体的にも精神的にもボロボロの状態に追い詰められる。
現実と幻想、愛と暴力、破滅と救済、あらゆる矛盾を脳内に抱え込む横須賀、その創作活動は狂気と妄想に取り憑かれていく、、、果たして、彼を救うものは現れるのか・・・!?
ストーリーの根幹を成すのは、主人公であるこのシモネタ芸人のアイデンティティだ。彼は世間一般には理解しがたいアイデンティティにしがみつくがゆえ、多くの人々から罵られる。AVソフトの購入を優先してアパートの家賃を滞納するだらしなさを罵られ、老いた母の介護という家族の責務を放棄して罵られ、バイト先での迂闊なしくじりを罵られ、社会の底辺でぶざまな姿をさらそうとも、自らの存在理由を解き放つ年に一度の「単独ライブ」開催の為にすべてを犠牲にしていく・・・。
「シモネタの爆裂都市」

この映画を最初に推薦してくれた放送作家B氏は、作品を評して「シモネタの爆裂都市」「オナニーのマッドマックス」という見立てを添えてくれた。観て納得。作中、主人公は何度も何度も何度も自慰にふける・・・G、G、G・・・4Gから5Gなんて通信速度をすっ飛ばし、辟易するほどGに手を伸ばし、チンコをしごく。横須賀はGに取り憑かれている。
(ちょっと思い出した――、90年代前半、ロボコップ演芸で人気を博したピン芸人時代の吹越満が、朝から晩までオナニーし続ける男というネタをライブで披露していたことを。朝目覚めて身支度をして通勤して会社で働くヤングサラリーマン。そんな一日の営みの間、右手はずっと股間をしごいている。右手を別用で使う時は左手が股間をしごく。そんなシモネタだったが、ルックスがイケメンの吹越だったのでネタがヨゴレには見えなかったっけ)
話戻って「東京アディオス」――、何しろGざんまい。G指定である。R指定よりも観客を選ぶ厄介さに貫かれる。観ながらふと我に返れば、オッサンな地下芸人がGにふけるシーンを、オッサンである自分が凝視しているという息苦しい合わせ鏡プレイになってたりする。まあ厄介だ。
とはいえ、この連綿と続くGダンジョンに呆れつつも、主人公の横須賀にとってGがもたらすエクスタシーは、芸がもたらすエクスタシ―につながる通過儀礼であることにじんわりと導かれる。そして終盤、物語を狂暴に押し進める危ういアイテム「G」も手伝って、そのエネルギーはビッグバンへと向かい、映画史上には残らないが観たら一生忘れない、「天気の子」よりも忘れない、アンダーグラウンドなラストを迎える。
このラストに釘付けとなったあと、放心しつつ、賢者モードに入りつつ、「芸人とは何か?」という問いを抱いた。
「東京アディオス」の横須賀歌麻呂はシモネタに取り憑かれている。シモネタに共感する観客と濃厚に時間を共有できる単独ライブに取り憑かれている。その舞台で、新ネタで、笑いを支配し、愛しきミューズの喝采を得ることに取り憑かれている。
「芸人とは何か?」――、「東京アディオス」の観賞後に至った答えは、「自己承認というエクスタシーに取り憑かれた存在」だ。
- 松田健次
- 放送作家。落語会の企画制作も手がける。
らくご@座:http://rakugo-atto-za.jp/



